2007年06月30日

「健康」という病・1

米山公啓という医師の方の本は、結構好きで何冊も読んではいるのだが、あまりこのブログで取り上げてはイナイと思う。こういうと褒めているのか、貶しているのかと言われそうで怖いのだが、やはりこういう医学的考察をノンフィクションで書いて頂くのが、一番、読者として有難いという気がする。何と言うか、やはり作家の前に、医師なのだと思う方である。小説も、その形態だから書けるという問題提起をされていて、それはそれで楽しませては下さるのだが。
「健康」という病
本日のブログのタイトルと一緒の本である。

今までの健康常識を覆す、目からウロコ情報が満載なのだが、中でも一番明快なのは、タバコの害に関する記述。簡単に言えば、「がん検診」などをするよりも、禁煙を徹底させた方が、ズッと価値があるというコトだ。抜粋すると、

タバコとがんの関係を証明するには長い歴史があった。しかし、現在ではタバコが虚血性心疾患(心筋梗塞)、肺がんの危険因子であるということは確立された。

いまだに喫煙=肺がん説をおかしいと唱える人までいる。タバコを吸わない人が肺がんになり、ものすごいヘビースモーカーが八十歳になっても元気で生きているではないか、こんな例をあげて反論する。しかし、これは感情論でしかなく科学的な話ではない。例外が本筋のような言い方をすればいくらでも同じ論理が成り立ってしまう。

喫煙者にボケが少ないという。

しかし、タバコが脳卒中や心筋梗塞の危険因子であることを考えれば、ぼけ予防に喫煙することは、むしろ他の病気で死亡する危険をおかさなくてはいけなくなる。心筋梗塞や脳卒中では死なないで、生き残った人たちの統計であるから、毒性に耐性のある人たちのデータであると反論もされている。最近ではタバコのような毒物で遺伝子異常が起きにくい人がいることがわかってきている。

ニコチンによる記憶力の改善などは研究がなされ、確かにぼけの治療薬として、ニコチンは使用できる可能性がある。だからといって、リスク・ファクターとしての喫煙を考えれば、それが喫煙を推奨する理由にはならない。

喫煙擁護をする人たちは必ずこういう論法で迫るが、喫煙と健康の問題を論じようとしているのは、国民全体の健康にはどう対処した方がいいかであって、個々の特性を言っているのではない。


この問題はまだ先があるのですが、かなりはしょって書いても、これだけなので、午後の仕事の前にお昼も食べないとイケナイので、申し訳ありませんが、続きは明日に。ちなみに、ココにも国の政策の問題点があったのです。  

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2007年06月29日

10万ヒットありがとうございます!!

夏で丸二年になるので、出来ればそれまでに達成出来たらイイなと思っていた、10万ヒットを本日達成するコトが出来ました。皆様、本当にありがとうございました!!!

本日、忙しがっていて、やっとブログを書けると思い、流れがあるので昨日のを読み返そうとして、ハッと気付きました。『もうスグだ、もうスグだ』とそれまで思っていたのに、達成していたのを見ると何だかあっけなくて、でも、とても嬉しかったです。

というコトで、本日は「荒唐無稽な話」を聞いたので、せっかくですから、記念に書き込んでみたいと思います。信憑性は御自分で考えてくださいね。話の出所は明かせナイので‥‥

今回の「ミートホープ」の件で、18社ほど大口の取引先があるらしいのに、何故「加ト吉」ばかり名前が挙がるのかという件についての推論だそうです。

「不二家」の件をおさらいすれば、理解出来るハズだと話して下さったのですが、昨年の年末に株式投資の売買差益を少なくしようと、手持ちの幾つかの低位株を売ろうとして証券会社に電話して幾つかの銘柄の現在値を確かめた中に、「不二家」もあったそうです。

その時に、「不二家」は今、大口の買いが入っているから手放さない方がイイのではというアドバイスを貰ったらしいのですが、「それでも売りたい」と値段を聞いたら、買値よりも上回っていて、売買差益を少なくしようという思惑とは違うので、しばらく様子を見ようとしたそうです。

で、翌年、色々なコトが明るみに出て、「やっぱり、あの時売るべきだったんだ」と思ったそうですが、何となくココで損して売るのも悔しいし、加えて不思議なコトに、不二家が筆頭株主の「サーティワン・アイス」の株は、下がらず堅調なので思い直して、そのまま様子を見ていたそうです。

結局、今もそのままになっているらしいのですが、「あれだけ大騒ぎして、結局、大会社に救われたワケだよね。もし、普通に不二家を買い占めたいと思った場合に、あそこは同族会社だったから、簡単に子会社に出来たのだろうか?」と聞かれました。「多分、無理だったでしょうね」とワタシは答えたのですが、「今回の加ト吉の件、何となく類似してないかと思うんだ」と言われました。

確かに、どちらも消費者に対してヒドイことをしていたのは事実ですが、今回の「ミートホープ」に関しては、他の納入会社の名前が全然出ないのも不気味。

「加ト吉は色々問題があると前にも叩かれていたから、叩きやすいのかもしれないが、それにしても叩くべしという、何かが在るのかもしれないね」という話でした。

変なモノを食べずに済む様になったのはイイことなんでしょうが、何か、裏が無ければ、問題は決して発覚しないのだとしたら、そっちの方が怖い様な。ワタシには、何とも言えない問題ですが、「正義」はドコに在るのでしょうか?  
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2007年06月28日

謝罪は謝罪らしく

アメリカで従軍慰安婦問題について、もっと謝罪をという決議がされたけれど、「既に謝っているじゃないか」とか、「アメリカだって原爆を落としたじゃないか」的な報道をするコト自体がとても不愉快。

殺人鬼が他に居た場合にだって、「一人しか殺してない」という場合は殺人罪を適用されないだろうか?

少なくとも、そんなコトは何処にもあるまい。(ちなみに戦争は沢山殺した方が英雄視されるという異次元の世界になりやすいので、世界が平和であるコトを切望するのだが)

沖縄の集団自決についても、厳密に言えば100%、軍が主導したのではないかもしれない。でも、例え僅かでも、そうした事例が確認されたのであれば、軍の関与を認めて二度と同じ過ちを犯さない様にするしかナイと思う。

「官房長官談話を踏襲する」という表現じゃなく、「その件については申し訳なく思っている」と述べればイイはずだし、つまらない意見広告などを打てば、感情を逆撫でされたと思うのは当然のコトだ。

「ミートホープ」の原料偽装に関する「お詫びとご報告」なる文書がコープから届いた。
その中に、こんな一文がある。
加ト吉としては、製造工場である北海道加ト吉での毎日の商品出荷時に品質検査を実施し、製造時の品質管理をおこなっていました。また、コープネットでは、この1年間、該当商品のご利用者様からの食味に関するお申し出はありませんでした。
ちょっと待ってくれと言いたい。品質管理をパーフェクトに行っていたのなら、こんな問題は既に発見されたハズだし、前にも書いたが、「牛肉コロッケ」はとってもマズかったが、じゃあ、そんなコトを一々クレーム付けるべきなのか? 一般的には、『こんな不味い商品は二度と購入しないぞ』と思って終わりだろう。

生協の冷凍食品は、製造元がホトンド明記されないけれど、美味しいのと不味いのが、玉石混交なので、パッケージで選別して、美味しかったものしか二度と注文しないという人だって居るハズだ。現にワタシはそうしているのだから。

最後に、共同購入の場合は返金もありえますと書かれているのを読んで、何故か全く別の心配をした。それは選挙を電子投票にするコトへの危惧だ。

選挙を電子投票にしたら、「誰が誰に投票したか判ってしまう可能性があるんじゃないか?」という疑念と、それを判らなくしたとしても逆に、「コンピューターを操作したら、開票時に不正が可能になるんじゃないか?」という疑惑だ。

世の中がフェアであれば、そんな心配はナイのだが、こんな世の中では何でもありだ。

そして、問題が発覚しても、なるべく自分に責任はナイと言わんばかりの謝罪ばかり。他人事だ。謝罪の仕方はとても大事なのだが、世の中にはそうした方法を知らない人々が大勢いるみたいだ。  
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2007年06月27日

目くらましされないタメに

とはいえ、あまり昨日の本の宣伝とかでも、センセーショナルには取り上げられないだろうコトの中で、大事な話を二つだけ引用しておきます。

もう忘れているかもしれないのですが、2005年の選挙に対するPR会社に郵政民営化の宣伝企画を依頼して出来たプランを共産党の佐々木憲昭議員が暴露した資料の内容。

まず国民をA、B、Cの3つの階層に分ける。A層は、エコノミストや財界勝ち組企業、大学教授といったエリート層。郵政民営化の必要性自体は感じているが、道路公団民営化の結末などからその成果に悲観的な感想を持ち、結果として郵政改革に批判的な立場をとっている層。C層は「構造改革抵抗守旧派」。このPR戦略によれば、この2つの層は相手にしない。確信的に郵政民営化に批判的なので、呼びかけるのは時間の無駄だと考えたのだろう。ターゲットはB層に絞られる。

B層とは、主婦層、子供、シルバー層を中心とした階層で、難しいことはよくわからないが、ムードで小泉さんを支持している層である。ここに郵政民営化の必要性を浸透させれば強行突破できると考えた。

この資料の最大の問題は、A層とC層がIQの高い層に分類させられているのに対し、はっきりとB層を「IQの低い層」ときていしていることだ。こういう層に民営化の必要性を爛蕁璽縫鵐悪瓠奮惱)させることが必要だが、彼らはIQが低いから難しいことや複雑な問題は何もわからない。だから、テレビ、ラジオ、フライヤーなどを活用し、わかりやすい言葉で、複雑な問題には触れず、ひたすらカッコいいイメージを流布すればよい。要はそういうことだ。
それは、日本人を奴隷化しようとした戦後教育と類似している様だ。

かつて日本の教育改革を担当したGHQの役人はこう豪語したそうだ。
「日本の教育を変えて、今後天才が出ないようにします」
戦後、彼らが押しつけてきた教育プログラムの要点は、次のようなものである。

第一に、白人に対する徹底的な劣等感を植え付けること。
第二に、アメリカは素晴らしい国だと信じ込ませること。
第三に、自分独自の意見を作らせないこと。
第四に、討論や議論を学ばないこと。
第五に、受け身のパーソナリティを作ること。
第六に、一生懸命勤勉に仕事させること。
第七に、目立つ人の足を引っ張ること。


これらは、イギリスの植民地だったインドで実践された教育方針そのままだ。要するに、上からの命令に疑問を持たず、与えられた課題だけ勤勉にこなす爐靴發扠瓩鮑遒覿軌蕕任△襦
今回の「ゆとり教育」の廃止は第六の「勤勉さ」を身に付けるには役立つかもしれないが、それ以上の変革は期待出来ない。というか、第三以後にとても役立つ教育になるだけで、主体的な人間を創造するとは、到底思えない。

でも、「ゆとり教育」は失敗だと、大した根拠もナク思わせたりしている。下手をすると同じ手法が、今回の参議院選でも使用される可能性があるというコトを、しっかりと胸に刻んでおかないと、とてつもない不幸な国に日本がなってしまうかもしれないという、強い危機感をどうしても抱かずにはいられない。  
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2007年06月26日

これでスッキリ、でも怖い

さて、待ち望んでいた本を読むコトが出来ました。(待たないで買えばと思うでしょうが、最近は本の置き場が大変になるし、買うとついつい読むのが後回しになりやすいので、専ら図書館利用を心掛けております。ちなみに、大事なポイントは書いても、あまり深く本について書き込まないのは、著者の方に悪いからです)

それは前にも書いた様に、ブログをお気に入り登録しているベンジャミン・フルフォードさんの新しい本。ブログで書かれたコトが、詳しく判ります。
暴かれた[闇の支配者]の正体
こういう勢力があるというコトは、前から色々な情報で何となく知ってはいましたが、こんなにはっきりと形付けられて書かれたのは、初めてかもしれません。

ともあれ本になるというコトは、ネット環境にナイ人とか、マスマス盛んになった有害サイト排除の動きの中で、良質なサイトへのアクセスが出来にくくなる可能性もあるので、世の中に真実を知らしめる上ではとても有効だと思われます。(ちなみに、図書館の本を借りて、その紹介が8割以上だと自分で思っているワタシのブログは、長野の県立図書館のパソコンからはアクセス出来ません。不思議な話だと思いませんか? ともあれ世の中なんて、そんなモノです)

9・11をアメリカが捏造したのではないかという情報は、他からも入手してますが、それ以外の過去の捏造事件については、ホトンド知らなかったので、とても驚きました。

それと植草一秀氏の事件や、日本のジャーナリストがロシア並みに粛清され始めている可能性、そして、田中・鈴木両氏が外務省絡みで追い落とされた背景などなどについても、簡単に理解しやすく書かれています。

「鳥インフルエンザは生物兵器なのか?」、そして「タミフル」とラムズフェルド前国防長官の関係や、電子投票システムへの疑惑など、とても書ききれるものではありません。正に、目からウロコの本です。

日本人の奥さんを持って、日本を愛してくれる外国人の方々に感謝したいというのは、本来は変な話で、自分の国は自分で良くしなければならないハズなのだけれど、外国人だから書けると御自分でも前に言ってらしたので、日本人で書くには、とても危険なのかもしれません。

真実を知ってスッキリ、でもこんな現実じゃ怖いというのが、最大の感想です。  
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2007年06月25日

黄金の島? ジパング

ミートポープの偽装問題は、『安いモノを求める消費者にも問題がある』とはワタシも思っているし、コメント返しにそう書いたコトもありますが、御当人が『それを言っちゃあ御終いよ』という感じで、詐欺師が捕まると必ず「ダマされた奴が悪い」と開き直るのに、とても類似していると思う、デタラメばかりの日本ですが、生きるコトに必死でナクても生きられるのは、とっても有難いコトだと、小説に再認識させて貰いました。
黄金の島
娯楽小説としても読めるのですが、考えてみると、我々は話でしか「戦争を知らない世代」で、明日の命も知れないというコトはホトンドなく、余程のコトが無ければ必ず明日は来ると思って、寝るコトが出来ますが、「世の中には貧困に怯え、戦火に追われしている人々も沢山いるんだよな」というコトが、しみじみと胸に伝わってくる小説です。

ちなみに、この作家の「連鎖」の方が、食の安全を考えるのなら読みたい一冊かもしれないけど。(ちなみにタマに書いてますが、ブログを全くの趣味にしてますので、別に本を買って頂いてもワタシの懐には全く関係ありませんので、どうぞ図書館か、出来れば商売が大変そうだと思ってはいるものの何も出来ませんから、皆様のお近くの本屋さんで)

日本人も戦争中やその前後は「生きるか死ぬか」という人生を送る人々が多かったのにと、様々な感慨を抱きます。

あらすじを書いたら面白く読めないので割愛する変わりに、ホトンド全滅した地域から奇跡的に生き延びた、今は亡き主人の父親の戦争中の話を。

ジャングルで敵に襲われて、崖に迫られ伸びていたツルを握って、何とか急斜面を登っていたら、後ろから「待ってくれ! 助けてくれ!」という声が聞こえて来たのだけれど、斜面を自分独りでも登るのが大変で、逃げ延びれるかどうかも判らない状況では、とにかく『前へ前へ』という気持ちしか無かった。誰が助けを求めたのかと振り返る間も無かったし、逃げ戦のドサクサで助けを求めた人物が助かったのかどうかすら判らずに、命からがら逃げて、南方からの本当に僅かの生き残りになったというのですが、戦争の末期は食べるモノもホトンド無い中で過ごしたタメに、歯は全部ボロボロになって、日本に帰ってから、かなり早い段階で総入れ歯になったそうです。ちなみに、そんなに命を賭して働いても、恩給欠格者という扱いですから、全くのタダ働きだったのですが、命が有っただけ儲けモノかもしれません。

日本に帰って来ても、大変な中を自分の身体を犠牲にして働いて、70歳で癌になって亡くなりましたが、そういう方々の奮闘があって今の日本があったというコトだけは覚えておかないとダメだと思います。今の様な状態では、父方の伯父が祀られていようとも、決して、靖国神社を参拝しようとは思わないけれども。

そして、嘘ばかり並べて善良な一般市民をダマす人々が横行して、今を戦前にして欲しくナイと思いはするけれど、それでも、地道に働くしかナイよなと、至極当たり前の気持ちに素直になれてしまった本でした。  
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2007年06月24日

あまりに馬鹿げている‥‥

昨日とは違う意味であまりに馬鹿げていると思ったのが、沖縄の集団自決に対する首相の発言。ある意味、茶番の裁判判決みたいだ。

「検定委員は学術的な意見を述べた」なんて、生き証人の話す「真実の証言」の前で、学者の意見など何の意味もナイはず。

これが、何百年前の歴史ならば(こういう論拠で日本の歴史は昔から歪められていて、ちっとも日本の真実の歴史に日が当たらないのは充分承知しているが)、何時ものコトだと我慢も出来、何時か必ず真実の歴史の証拠が欲しいと我慢もするが、証拠が在っても見向きもしないのだから、最早、何をかいわんやである。

前にも書いたが、従軍看護婦を外地に捨て去った日本軍なのだから、当然、民間人の命など全く虫けら同然だと思っていたに違いない。作戦に邪魔だと思えば排除しただろうし、民間人を人間の盾にしたトコロで、アメリカ軍も抹殺したであろう。だからといって、日本軍がやったコトを正当化するコトは出来ない。

アメリカが日本を占領した時に、日本各地にRAAという「従軍慰安婦」と同種の「特殊慰安施設協会」を作ったからと言って、日本の「従軍慰安婦」問題がチャラにならない様に。

猜疑心と不安によって、人々の連帯感を壊し、貧富の差を拡大するコトによって、志願兵を増やす様な、アメリカの政策の追従ばかりしている日本にも、類似した傾向がドンドン出て来ている。

政治家にとって、利権を確保するには戦争が一番確実だ。「戦争は多くの人々が富を失い、その富を一部の者が手中にする」、そうした戦争批判が内に籠められているからこそ、「風と共に去りぬ」は人種差別的な部分もあると言われながら、名作として世の中に存在しているのである。

戦争の勝利者はプロパガンダによっても決まる。アメリカが今の首相の祖父を「戦犯」から外したのも、何も見返りを求めない行為では無かったハズだ。

我々は歴史の真実に目を開かなくてはイケナイ。そうでなければ、再び戦争の災いが襲うかもしれず、戦前の様な格差社会が到来するかもしれない。

格差は何故減らすべきなのか。答えは簡単。資本主義は拡大が必要で、それには拡大する能力のある人間の数がより多い方がベターであり、人間は他者と違うコトで優越感もコンプレックスも抱きやすいからである。そう志向したトコロで、多少の格差は出来るに違いない。しかし、政策の段階から、格差を歓迎するのは間違いだと思う。

ワタシ達が健康的な毎日を手にするタメには、今の日本の行き先を変更するのが、一番の健康法なのかもしれない。  
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2007年06月23日

娘を恋人に差し出す馬鹿親

今までの話を読んで誤解されても困るので、別にワタシは反米主義ではナイというコトを最初に断っておきたい。タダ、反面教師として、アメリカの現状を直視するべきだし、盲従すべきではナイと思っているだけだ。

日本でも、「有責配偶者」からの離婚が認められる様になり、離婚も増えているが、当然子供に対する虐待もそうした絡みで増えているコトだってありえる。「恋愛感情が冷めているのに、別れないのはおかしい」といった考え方は、大人のみの関係ならばそれもイイだろう。しかし、親と子の絆は、夫婦関係を解消しても消えないし、再婚したらスグに親子関係が芽生えるとも限らない。アメリカのニュースであまりにバカバカしいものがあった。

こんな記事を読むと、「人間には何もかも自由にする権利がある」とは言い難いと感じる。ともあれ、何らかの宗教をあえて選択しないつもりで「無宗教」を通しているワタシだが、「宗教心」に付随する「道徳心」はそれなりに備えているつもりだ。

日本では、宗教書を読むというコトが、特定の宗教に入信している場合のみ行われかねないので、下手をすると宗教に全く無縁で「モラル」が全く欠落している人間が生まれかねないし、逆に特定の宗教が「宗教の鎧」を装着しているだけで、詐欺師が自分の欲望を満たすタメだけに布教している可能性すら存在している。故に、「詐欺師」に洗脳された宗教の信徒は、逆に世間の「モラル」に反逆する行為をしかねない(かつてのオウム真理教がイイ例だが)ワケで。

無論、多くの宗教家が最初から「詐欺師」を目指していたとまで、世の中を悲観するつもりはナイのだが、人間は「権力」や「富」を手にすると変貌してしまう人が多く、より「権力」や「富」を求める亡者になってみたり、他人を「抑圧」したり「搾取」するコトに、抵抗を感じなくなって、「良心が麻痺する」場合もあるのだというコトだけは、常に念頭に置くべきだ。

退職金の運用も今までは「安全で確実なもの」の限られていたが、運用の「自由化」によって、リスクも負っているというコトを自覚するべきなのである。

綺麗な言葉や、上辺だけの言葉に惑わされると本質的なコトが見えなくなる。

自由であるというコトは、ある意味で何もかも自分で責任を取るしかナイ。だが、誰しもラッキーな時ばかりではナイし、困っている時ホド、他人からの助けが必要になる。これから高齢化する社会に向かって「自由化」を唱えるコトは、場合によっては「姥捨て山」を覚悟する時代が来るというコトも、念頭に置かなければならなくなるだろうと思う。  
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2007年06月22日

腐敗が摘発されにくい時代

「実力主義」と言えば聞こえはイイものの、結局、変な社会になるだろうという昨日までのビル・トッテンさんのおっしゃる通り、日本の世界はデタラメが横行しています。

「ミートホープ」の肉が入った生協の牛肉コロッケは、かなり前に一度だけ注文したけれど、ちっとも美味しくなかったので、二度と注文しないでおこうと思った覚えがありますが、そういうカラクリだったのだと判りました。しかし、安全性を強調している生協の商品でも、偽装出来るのですから、「食の安全」などと言っても、何を信じればイイのか‥‥

昨日付けの「信濃毎日新聞」に佐高信氏が寄稿していて、その中に「グッドウィル」グループという名前自体、自ら「善意」と臆面もなく社名をつけるコトに対する嫌悪感を述べてあったのだが、正にその通りだと思う。ちなみに、タイミング良く偽装がバレた会社も肉に「希望」を与えるハズが、全く「皮肉」だと思ったのだが‥‥

佐高信氏は「規制緩和」は「安全緩和」、「民営化」は「会社化」だと述べていて、ビル・トッテン氏と認識が類似していると思った。「コムスン」を見逃した厚生労働省や「ヒューザー」を見逃そうとした国土交通省(触れられてはいないが、「アパ」を見逃そうとしているコトを忘れてはイケナイと思う)の無責任な官僚批判をしているが、結局、それは政界や法曹界もグルになっているからだ。
ニューヨーク地下共和国(上)
という上下二巻の本を一気に読んだ。アメリカがこんなに人権が抑圧されている国になってしまっているならば、日本がその二の舞になるのも、もうまもなくかもしれない。「共謀罪」を作りたかったのは、アメリカの「愛国者法」の様に為政者に反対する者をすべて敵とみなすタメだったのかもしれないと思った。

そして、前から様々な形で噂されている「9・11」が米国の自作自演だったという可能性も、ワタシの中では、より否定し難くなっている。小説なので、あまり詳しくは書けないが、「史上最大のインサイダー取引」だったとしたら、本当に我々は何を信じればイイのかと、途方にくれてしまうのだが‥‥  
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2007年06月21日

凶悪犯罪は社会が作る

さて、次はアメリカの少年犯罪についてです。

アメリカが「ニュー・エコノミー」と称する人件費削減を始め、貧富の差が拡大し始めた頃から少年犯罪は急増しているそうです。

1988年から1992年までの五年間に、アメリカでは十代の凶悪犯罪が多発するようになった。この五年間で、暴行は八〇%増の一一万八七〇〇件。殺人は五五%増で二五〇〇件。以下、窃盗が五二%増の三万二九〇〇件、強姦が二七%増の五四〇〇件……。

ニュー・エコノミーとは、要するに労働者からの新たな略奪システムだと著者はいう。

ニュー・エコノミーとは、どんな企業活動においても、経費の大半を占める人件費を思い切り削ったところに成り立っている。人件費を削る。つまり労働者の賃金を抑える。その結果、著しい貧富の差が生まれた

一方、大儲けした富裕層は、金融市場でバクチに明け暮れる。これがニュー・エコノミーだと言っていい。

こういう社会ではカネが唯一の価値観になる。富裕層は富裕層で、貧困層は貧困層で、お金があればあったで、なければなかったで、欲望丸出し恥も外聞もなくカネに狂う。そんな大人の姿を見せておいて、子供に「お金よりも大切なものがある」と教えたところで、信じろというほうに無理がある。


航空業界の自由化について書かれた結果が、今の日本のバス行政などの先行きにリンクして見えてしまう。

‐都市での運行打ち切り
採算の合わない路線を放棄してしまった。そのために、自由化の恩恵を受けるはずだった小都市は交通手段を失った。

会社間の競争の激化
各会社は利益が出ないところまで値段を下げ、破壊的な価格競争に突入してしまった。

新規会社の淘汰
小規模な新規参入会社は倒産が相次いだ。多くの会社が「ニューフロンティアビジネス」を信じて参入し、そして挫折した

げ廟蠅凌聞
新規会社が淘汰されたために、寡占が進んだ。

理解して貰うタメに、航空と限定している部分を消去した。何故なら、航空業界に限らず、どの業種にもあてはまると述べているからだ。(流通関係もそうだと思うし、他にも当てはまりそうだと思う)

航空自由法をつくった米国の教授は、

「要するに、規制緩和というのは、ほんの一握りの非情でしかも貪欲な人間に、とてつもなく金持ちになるすばらしい機会を与えることになるのだ。そして、一般の労働者にとっては、生活の安定、仕事の安定といったものすべてを窓の外に投げ捨ててしまうことになるのだ」

と、述べているらしいが、正に、今の日本の恐るべき未来が、見えてきそうではないか。  
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2007年06月20日

日本の将来はこうなるの?

引き続き、日本に住んで日本を心配してくださっている外国人の方の本の話をします。こちらはカナダ人ではなく、前にも紹介したコトのある米国人(今は帰化して日本人)だった方の本です。

ちなみに、最初にお断りしておきますが、著者の推奨する儒教的な教育だけは、トップがお馬鹿でも許されやすくなりやすいので、あまり感心出来ません。老子が述べたみたいに、「トップがまともならば、おのずと下々もまともになる」という考えの方が断然正しいと思うので。下手に日本に儒教を入れようとすると、今の「教育三法改悪」みたいになりかねないと思います‥‥

日本はアメリカの属国ではない―あなたは、アメリカが日本の納税者から六兆円もの金を搾取している事実を知っているか
という本と
アメリカ型社会は日本人を不幸にする―「実力主義」は日本に合わない
という本を立て続けに二冊読んでみました。

古い本なのですが、二冊に書かれている十年前のアメリカ社会の状況は、これからの日本の未来を暗示している感じがしました。日本はアメリカの後を10〜20年遅れで追いかけていると言われているのが、正にそうなのだと実感しました。

1996年のワシントンポストに掲載された一般労働者の生活の調査結果

・将来のために貯蓄をする余裕がない……五八パーセント
・収入が足りず、家族が働きに出たり、仕事を掛け持ちするようになった……三九パーセント
・家賃や住宅ローンが払えない……二一パーセント
・医療サービスを受けるのが遅れたり、支障があった……二三パーセント
・経済的な理由で大学進学や高等教育を受けることをあきらめた……二三パーセント
・請求書の支払いが滞っている……二三パーセント
・家の購入を延期した……二三パーセント
・金銭的な困難が、結婚などの諸問題に波及した……二二パーセント

今の日本が直面しているワーキング・プアが向かう現実がソコにありました。そして、今のアメリカの様に、今後、一握りの上流階級が全国の富の大半を握って、マスコミも政治家もコントロールして、より寡占化を進めていくのかどうかは、我々がこのままの政治を続けて行くのかどうかの選択に掛かっているのだろうと痛切に思いました。  
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2007年06月19日

右翼の街宣車が一番信用出来るのか?

さて、昨日の本の話にいきます。残念なコトに、長野あたりの地方都市では、滅多に右翼の街宣車を見るコトは出来ませんし、見たとしても静かに駐車場に止まっている方が多いので、何とも論評が出来ないのですが、五月蠅いのが大嫌いなワタシは、今まで例えホントに珍しく出会ったとしても、「心頭滅却して聞けども聞かず」を通してたのを改めてみようかとは思いました。

ワタシの考え方としては、全ての言論は信じられる部分もあるけれど、信じられない部分があると思っているので、あまりあの会社なら信じられるとか、あの人なら信じられるというのは、個人的にヨク知っていればありえるとは思いますが、通常、どんなにヨイ会社にも信じられない人は存在すると思うし、どんな人にも悪の部分は眠っていると思うので、「信じる」というコトはナカナカ哲学的問題にまで発展しそうな問題になるので割愛します。

ちなみに、昔からこのブログを読んでいる方は御存知だと思いますが、前にも書きましたが、TVのサスペンスドラマで華奢な殺人犯でも、屈強な男性を高いトコから突き落として殺すのが多いのは、車をいじるのは自動車メーカー、薬で殺すのは薬品会社という巨大スポンサー様の印象を悪くしないタメに、製作側で自主規制しているのを何十年も前から知っていますから、たかだかドラマですら許されないコト(しかも、悪意を持った人間がやるダケに過ぎない)なのですから、当然、その他のマジな話だったら、当然もっとシビアに規制が掛かっていると思うので、マスコミになればなるホド、深い話は聞けないと思います。ともあれ、事件の概略だけは理解出来るという程度で。

逆に、多分、国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」というブログが元ネタ(ドコから知った情報かは、幾つものブログで取り上げられていたと思うのでヨク判らないのですが多分ココ)だと思われる多くの政治評論家は政府から御金を貰って、宣伝マンになっているという話は、昨夜も「TVタックル」で三宅さんが一生懸命自民党を擁護しようとしてたのを主人が見ているのを離れた部屋でネットを読みつつ聞いていた(その情報の前から、最近特に茶番に近付いていると思ったので、滅多に見なくなってる)けれど、それはブログの方を信じるでしょうみたいな感じ。

ちなみに、本の話に戻ると武富士の話とかは、確かにサラ金業界は問題が大ありだけど、銀行のほうがヤクザとつきあいは深いとか、日本のサラ金や銀行、そして保険業界が今まで問題があるとおそらく多くの人々が知っていたのに、今、懸命に叩いているのは、日本人の御金を外資に流したいという、大きな潮流が世の中を飲み込もうとしているのではないかと思わずにはいられない。

良く考えてみると、外国人の方が知りえた情報の多くは、かなりの日本人が知ってはいるが、本などで発表するのはハバかれるというコトがホトンドみたいだ。テレビが今のままでいられるハズはナイという指摘は、現在進行形で進んでいると思う。

今のTV番組はつまらないという話を多くの方々から耳にする。ワタシはネットの世界に傾斜して見なくなったが、ネットをしない多くの高齢の方々は、知的好奇心を満たしてくれるほんの少しの教養番組とニュース以外見ないとおっしゃる方も増えている。

現在の日本は破産が近い。

危機を察知しているのに盲目を演じ続ければ


という指摘をしつつも、日本を愛してくれ、日本で情報を発してくれる貴重な人物だとベンジャミンさんを思うのだ。  
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2007年06月18日

なぜ真実が書けないのか

さて、昨日の本の話の前に、タイトルについて説明させて頂くと、これは、
増補・改訂 日本マスコミ『臆病』の構造
という本を読んでいるのでタイトルを借りたというコトもあるのですが、昨日のブログに似た様な質問が来ましたが、単に一市民であるワタシには、ネットや本で聞いた話の裏付けを取っている余裕がナク、加えてHPとリンクしているし、サーバーを幾つも跨がせて匿名で何か爆弾情報を書くよりも、前に佐藤氏の本を読んだ中に、「真実の80%くらいのコトは、オープンになっている情報を丹念に分析さえすれば、理解するコトは可能である」という文章があり、インテリジェンス(情報)に通じた方がそう感じているならば、今の出来事を追わずとも、過去の出来事を追うだけで、真実のホトンドをカバー出来ると思います。しかし、20%は手に入れられないのですから、あまり断定的なコトは書けずにいます。

日本のマスコミの多くが真実を書けないのは、日本の名誉毀損という法律は、社会的に影響がある人々のプライバシーは多少制限されても仕方がナイという社会的なコンセンサスが日本にはナク、それでなくても政府よりな裁判所の今までを考えれば、「例え真実であっても、名誉は毀損してはナラナイ」という杓子定規な裁定を下す可能性が高いので、仕方ナイのだろうと、ある種アキラメの境地にいますが、無論、それに風穴を開けようというベンジャミン・フルフォードさんのブログはお気に入り登録して欠かさずチョックしています。

で、昨日の佐藤氏の本に戻ると

現下、日本のエリートは、自らがエリートである、つまり国家、社会に対して特別の責任を負っているという自覚を欠いて、その権力を行使しているところに危険があります。

という部分に官僚もマスコミも相通じるトコがあると思います。

そして、ハイエク型新自由主義モデルで国民全体が潤うという考えが成功するには、「がんばって勝ち組になるぞ」という人の数が増えれば、日本全体の活力が増すのだが、「競争、競争と追われてもなかなか勝ち組には入れないので、どうせ食べていけないほどの貧困はないのだから、そこそこ生きていけばよい、むしろ自分の時間を大切にしたい」という人々の数を増やし、日本の活力が低下するだろうと見通した見識は正しいと思っています。

タダ、そうしてジャーナリストが真実を報道しないでいる内に、再チャレンジしたいけれどもそれすら出来ない人々が、世の中に増大し始めているコトも事実で、中高年になってリストラされたら、坂道を転がる如く、大変になってしまっている人が居るトコまで来たのも事実です。

ともあれ、明日は、上記の本に書かれていた今まで知らなかった話を少ししてみたいと思います。休み明けで忙しく、少々疲れているので、本日はこれで。  
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2007年06月17日

重大な日本の岐路

「徒然草」の時代から「先達は欲しきものかな」と言われて久しいのだが、良い本のアドバイスを受けるのは、とても有難いコトでブログ仲間のくになかさんから薦められていた本をやっと手にした。
獄中記
これまでに何冊かの佐藤氏の本を読んでいるが、それらが獄中での経験の後で書かれたコトを思うと、佐藤氏の一年半余りの獄中体験は本人にはお気の毒だが、もしかしたら日本の読書好きにとっては大変有難い出来事だったのではないかとすら思う。

今の日本の混迷ぶりを冷静に分析し、「国家の罠」に陥れる立場すら理解した上で書かれたモノを読んでいると、政治的に失脚させたい時は、出来れば経済絡みではナク、性犯罪により人格を貶めるコトで、再起不能に出来やすいというコトなど、言われてみれば当然のコトだが、コロンブスの卵で、他人を嵌めたいと思わない人間には思いもつかない出来事だったりする。

現在の不自然な動きも、競争に耐えられない地域への政治による格差是正により、平等社会日本を担保していた、「従来の国策」から、日本の基礎体力低下(少子化、学力低下、経済不況等)を何とかしようというあせりから、強者をより強くして、機関車の役割を担わせたいという「新しい国策」に乗り換えようとしているのだと解説されれば、スッキリ理解しやすくなります。

ゆえに、機関車というものは、例え古くとも石炭という化石燃料がなくなれれば、微動だにしなくなるという単純なコトが、今の政府には理解されてないのだなぁというのがワタシの感想だったりします。

まだ、全部読み終わったわけでもないのですが、一刻も速く、つまらない経済事犯で失脚する人や、不自然な性犯罪で逮捕され続ける最近の傾向は「国策逮捕」という「前近代的な手法」の再来なのだと、少しでも多くの人々にお伝えするコトこそが大事だと考えて、本日の日記となりました。  
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2007年06月16日

ユートピアへの道

昨日は忙しかったので、ホトンド作品には触れなかったママで終わってしまいましたが、近未来的発想で、ネットの可能性について結構マジに語っている小説です。

昔、大手出版社の編集長をなさっていて、定年後は大学でも教えている(いたになったかも?)方が、こう話してくださったコトがあります。[昔、聞いた話なので、こういうニュアンスといった引用ですが]

小説家というモノは、それで食えるかどうか判らないけど、書き続けるコトが大事で、ある意味、貧乏に強い人がなれる。そして、他の道で食える様になると辞めてしまう人がとても多い。それでも、書き続けたいと思った人だけが生き残る。

その話をお聞きした時に、心に残ったから今も覚えているのですが、今になると本当にそうだななんて思ったりしているワケで、ある種「小説家」としての矜持に感心したというのが、一番の感想だったりして、「本人が『あとがき』で自画自賛なさっているホド面白いか?」と聞かれると、何とも答えようがナイのではありますが、本人が思い描く「ユートピア」の片鱗を読者に示したという意味では画期的な小説だと思います。

福永武彦や井上やすしという名だたる作家の方々が、実現可能とは限らないけれども、自分達の理想郷を描き、そしてそういうコトを示して見せるコトで、その理想郷の問題点などなどが発見され、それに対して様々なコトを考えるコトで、現実社会をどうするべきかという答えを見つけ出そうとしやすくなったりした様に、現実社会を実験台にする前に、様々なシュミレーションを考えてみるというコトはとても大事で、無責任に自分の考えを法制化しようとするよりも、とても意味のあるコトだと考えます。

そして、こういう能力があると思えば、今、現在の行政が規制に走りだしているのも判りますが、改めてインターネットの潜在力を喚起してくれているのだと思います。

世の中には、ネットの気軽さから、わざわざ他人を中傷したりして喜ぶ輩も大勢存在しているコトは、実害にもあったコトもあるので、重々承知はしてますが、何事もイイ面もあれば、悪い面も存在します。

しかし、良い面を伸ばせばイイという考え方が、日本の教育に長く欠落していて、悪い面の矯正にばかり比重が傾いている限り、日本には「希望がない」と若者が思うのも無理はありませんが、ともあれ、青少年や乳幼児を見ていると、輝くばかりの希望が我々みたいな大人には、イッパイあります。

「若さの特権」というものは、その中に居る時には、ちっとも当たり前過ぎて、ありがたくも何ともナイのだけれど、過ぎてしまうと本当にもう二度と手に入れられないモノなんだと思います。だから、その大切な日々を大事に生きて欲しいと、人生の後半に差し掛かっている人間としては、何時も思っています。  
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2007年06月15日

本当に世の中は変だ

かなり前に「黒い家」について書いたけど、実際にそんなコトは現実にあるのを実感させる保険金殺人はあるし、政治家は政治家で問題は絶えないし、「なんだかなぁ」という毎日が延々と続いているかの日々に、梅雨の時期が重なって、何となく晴れ晴れしない日が続いておりますが、考えてみれば「黒い家」もホラー大賞を受賞したんだった。現実の方がリアルに怖ろしいのだと思い返してもみる毎日だったりします。

ちなみに、天邪鬼なワタシは「ナントカ賞」とか「ベストセラー」と聞くと、読みたくなるのではナク、逆にほとぼりが冷めたコロ読もうと思ってしまうタチなので、新作をあまり追い掛けないのですが、そうさせた原因の御一人の小説を本当に何十年振りかで読んでみました。(週刊誌や月刊誌に連載されている時には、時間がある時にその回だけ読んだというコトはあるんだけれど、頭から読んでみようという気にはなれなかったホド、初回のインパクトが強かったのでしょうね)
希望の国のエクソダス
話題になっていたコトは知ってましたが、ネットをほんの少しだけは理解した今になって読んだから良かったのかもなんて思います。

ともあれ、全共闘世代の世渡り上手な人達の多くが、完璧な右へと傾斜し、過去を忘れてはしゃいでいる人々の多い中で(警察から逃げ回って、何軒もの家に匿われていた人が今や副都知事になろうという時代でもありますし)、ある意味作家を続けているコトに敬意の念があり、しかもテーマに「連帯」というキーワードを持って来たコトに、少々驚いたり、ある種の感動があったりします。

小説の中で素性を暴露された人々の中で、「どの人選が一番よかったか?」と聞かれた時の答えの中で、

中年の作家の名前を言った。ほとんど作品らしい作品など書いていないくせに、ことさらにエイズ患者へのボランティア活動や環境破壊に抗議する市民運動を続けている奴だった。おれはそいつが嫌いだった。作家ならまず作品で訴えるべきだし、ぼくは社会的に立派なことをしてるんです、というその顔が我慢できなかった。

と書いてますから、作家であろうとする覚悟のホドを知りましたが、ともあれ、作家というのは厳しいモノで、歌手なら一発屋でも、ナントカしのいでいけるかもしれませんが、話題作が何作も続く作家はそんなにイナイですからね。その後をどうシノグか。

ともあれ、市民活動してる位ならカワイイものだと思いますが、少々モノを知ってるというダケで、本当に世の中を知っているかどうかも不明なのに、平気で世の中を動かそうとする輩がとっても多く、政策立案などに顔を出すモノの、大したコトはナクて、肩書きはイイから、そこらで世の中の辛酸を舐めている人々を何人か連れて来て、その人を反面教師としてでも、世の中を良くする提言をして貰った方が大変有益ではないかとすら思うコトがママあり、そういう意味でもネットの可能性は存在意義があるのだろうと思ったりします。  
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2007年06月14日

職務モラルは崩壊の一途

朝鮮総連の土地と建物を元公安のトップが「北朝鮮」を助けようとしたなんて、あり得ない話だと思うのに、本人は平然としている。

ついに、モラル崩壊もココまで来たかという感じ。言い分には、多少はもっともらしいコトを述べているが、間違えてはイケナイ。全ての外国の国が、日本に大使館を所有しているワケではナイのだから、北朝鮮だけを特別扱いする必要は全くナイに決まっている。

それだけでナク、日本国に対する負債のカタを横取りしようなんて、正しくそういう考え方をする人間こそが、「非国民」なのに、その人の前歴が政府が考える「非国民」の調査をする仕事のトップだったなんて、お笑い草だ。

しかし、そんな当たり前のコトも、本人やその周囲の人々は全く思わないというコトは、当然ながら、この話には裏があるのだろう。

職務モラルというコトになると、戦争中のコトを考えればヨク判る。精神科医の箒木蓬生著の「逃亡」(新潮社刊)という小説の中に、憲兵としての職業モラルを忠実に守った男が、終戦になって、それがゆえに殺される可能性があり、必死で殺されまいとする様子を書いてあるのだが、その中にこんな文章がある。

国からも天皇からも見捨てられたと、熊谷曹長は言い、大前は本間中将の例を上げて、軍部と天皇から見捨てられたと言った。

事実はそうではなく、国も軍部も天皇も、こちらを眼中に入れてはいなかったというのが正確なのではないか。ひとりひとりの民、兵など、叢の虫けらの如く初めから無視されていたのだ。国の民、天皇の赤子と喧伝され、信じこまされていたが、実体のない掛け声に過ぎなかったのではないか。

おそらく、この考えは現在も生き続けているのだろうと思う。

特攻隊ですら、誰かが作戦に全責任を負っていたなら、誰ひとり思いつかず、口にしなかったに違いない。責任を取らなくていいので、軍上層部が誰からともなく言い出し、旗振りしたのだ。旗を振るときの掛け声は、例の決まり文句、皇国のため、つまり皇と国のためだった。

今の年金問題の一番の原因も、ココにあるのだとワタシは思う。  
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2007年06月13日

人の絆のモロさ

新潟の高校生の学校での出産ほど、現在の人と人の絆が薄くなっているのだなぁと実感させてくれたコトはありません。

周りの人々の無関心さにとても驚くばかりです。そして、友人と言っても、今の子供達は上辺だけの付き合いをしていると言われて久しいのですが、「本当にそうなんだなぁ〜」と改めて思いました。

死産ではナク、水洗トイレの水で窒息死させたというコトで逮捕されたというコトですが、監督不行き届きで問題視されるのは、親とか学校だったりするのでは?

今、小学校の低学年の子供の問題行動を親の責任と非難するばかりの先生とかも居るみたいですが、兄弟が居たら、一方と他方が全然違うというコトは、二人以上の子供を育てたコトがある方や、兄弟がいた人なら経験済みでしょう。

一年生の時に、「友達と遊べずに、教師(話している当人)にまとわり付いているのは、親が構ってあげなくて淋しいから」と言った教師が、二年生になったら、「隣の子供と授業中におしゃべりし続けるのは、親が子供の話を聞いてあげなくて淋しいから」と言ったそうです。

『うーん、そうかな?』というのが、ワタシの感想。下の息子は、一年生の時に先生にベタベタでしたが、それを何もおっしゃらずに受け入れてくれた先生の御蔭で、今はさしたる問題もナク中学校で生活してますが‥‥

子供を批判ばかりして、寄り添ってあげようとは思わない先生も多いのだろうと思います。あげくに、「似た様なお子さんが居たけれど、不登校になったので、御宅も気を付けた方がイイですよ」とまで言ったそうです。

『ウーン、そんなコト言って親を不安にさせるかな?』というか、『そういう先生に教わったら、不登校になるかも‥‥』と思いました。

その子のお兄ちゃんも知ってますが、その子は全くそんな感じじゃないし、何もかも「勝手に親のせい」にするのは、何か違うんじゃないでしょうかね。

確かに、問題がありそうな子供の親を見てると、『さもありなん』という親も居ますけど、問題がありそうな子供の教師の方に『問題があるんじゃないの?』という場合もあり‥‥

親子、教師と生徒にも相性があるから仕方ナイのかもしれませんが、それにしても問題はイッパイありますよね。そういうコトを少しでも防ぎたいと思ったら、先生の数を増やしたり、先生が画一的な性格にならないコトも必要ではないかと思います。

個性的な先生というのが、昔は結構居たと思いますが、今は、強烈な個性のある先生は少なくなってませんか?

平均的な先生の下で、平均的な生徒ばかり求めて、個性的な子供を無くし、表面的にイイ子ばかり求めた結果が、高校での出産という前代未聞の出来事だとしたら、何だかとても残念です。もっと色々な葛藤が在っても、もっと深い人間関係が在った時代の方が、良かったんじゃないかと思わずにはいられません。  
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2007年06月12日

そして幼児虐待は続く

四歳児が、数え切れないホド殴られて殺されるという事件が起きました。その時だけは、話題になるものの必ず一定期間に一人、マタ一人と虐待で殺されていく現在、「赤ちゃんポスト」などの是非を含めて、もう一度考えるべきだと思いますけどね。

ともあれ、ワタシは虐待する様な親の元からは、一日でも早く子供を切り離して、善意の人々に育てられるコトの方が、ずっと社会にとっても、子供にとっても幸せだと思う現実主義者ですから‥‥

「赤ちゃんポスト」をあってはならないコトなどと理想論で切り捨てるよりも、実際に「こうのとりのゆりかご」を設置して子供を救う方が、確実に世の中のタメになっているだろうと思います。三歳児が入れられていたとはいえ、親子心中されるよりも、ズッとイイと思います。一時的に傷付いても、生きてさえいれば、傷は修復されますが、死んでしまえばそれまでです。
子どもたちの声がきこえますか―子どもが犠牲になる社会
この本のおわりに、〈二一世紀最初の年、日本では「子どもの受難の年」として語り伝えられることになった。〉とありますが、果たしてこの本が書かれて五年、確かに「池田小学校」みたいな学校内での大量殺人は、その後日本ではマダありませんが、いじめ自殺も増える一方だし、虐待死する子供は減らないし、その年のみを「子ども受難の年」として語り伝えられていくとは思えません。

この本の最初に、養子縁組した夫婦の基で幸せに暮らしていた子供が、裁判で「実母と暮らすように」と言われて、泣く泣く別れたコトが書かれていますが、血の繋がりだけを「第一」に考えている限り、世の中は変わらないだろうと思います。

子供が好きな人ならば、実の親よりも親身になって育ててくれるだろうし、実の親でも、子供の嫌いな人には、それなりの教育を施さない限り、子供を上手く育てるのは難しいだろうと思います。教育と言っても、それはタダ教えるだけでナク、身をもって体験しなければ無理な部分が多いので、「早寝、早起き、朝御飯」と念仏みたいに唱えていれば済む問題ではナイでしょう。

そうやっていたら、父親の起きている顔を見ない子供が増える可能性もある位、世の中は忙しく働かされている人も居る時代なのに‥‥庶民の暮らしを知らない人々の戯言を聞いても仕方ナイですね。

本当に子供の数を増やしたかったら、何歳以下の子供の両親には残業をさせないけれども、ちゃんと雇用関係は確保し、出世もそのコトでマイナスにしてはイケナイという罰則規定付きの法令を出すとかしない限り、絶対に無理な話だろうと思うのに、やっぱり理想論ばっかりで、理詰めで子供が育つなら、どの親も苦労しないと思います。  
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2007年06月11日

統計にダマされないタメに

毎日、毎日、やるせないニュースが続いています。今日も、「仕事がナイので、猟銃自殺」とかね‥‥

そういう原因はドコにあるんでしょうね? 結局、「汗をかいた人が報われる社会に」というスローガンは、「上手く世の中を世渡りした人が報われる社会」になっただけだし、「実際に汗をかいてる人々の収入は減るばかり」の人が多いのだけれど‥‥
統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門
昨日、ちょっとした待ち時間に、パパッと読んだのですが、妙に印象に残った本です。

ダマされやすい日本人には、うってつけの本かもしれません。

では、第一問、「米国では毎年15万人の女性が拒食症で死んでいる」という文を読んで、何を思うのか?

『そんなに死ねるだろうか?』と思った皆さん、大正解です。これは、拒食症の人の数と死亡者がごっちゃになったミスから出た誤りだと思われます。

第二問、「米国の聖職者の6パーセントは、少年を愛したコト(具体的に書きづらいですが、実行したコトがあるという意味)がある」という数字は、「未成年に対して欲望を抱いたコト(空想だけ)がある」という数字が、未成年がもっと若い年代を指し、単なる空想だったものが、実行したコトにすり返られてしまったのです。

それから「銃で殺される人の数は倍増している」というのと、「銃で殺される人の数は年ごとに倍になっている」というのは、似ている様で全く違う。前のは、「あるスパンで倍になっている」のだし、後のは「本当に毎年、倍になっていたら、何十年もすれば天文学的数字になってしまう」ハズのコトを述べてます。(後のは、前の統計を誤って理解して誤記しただけでしょう)

統計を信じ過ぎると怖いですよね。ともあれ、「一年で5000万件を処理」などというのも、似たたぐいでしょう。大言壮語するのはイイのですが、希望と現実に出来そうなのとがゴチャマゼになっていると思います。

ともあれ、こうやって庶民はダマされていきます。日本の失業率は「職探し」をしない人は含まないですし、パートをしていて正社員の職を探している人の数も換算されませんからね。薄給でギリギリで暮らしている人も、過労死で死にそうになりながら働いている人の数も、全然、表面には出て来ない数字だったりするワケで‥‥

全世帯のの貯蓄額が増えたと言っても、金持ちがさらに金持ちになって金額を押し上げたかもしれないし、将来が不安で食べるものも食べず、着るものも買わずで爪に火をともすようにして、貯めている人がいるのかもしれないし、本当のトコは全然見えて来ないのが現状です。

著者は、統計の数字にも必ず「本当に実態を伝えようとしている正確な統計なのか」、「実態をゴマかそうとして使っている統計か」を見抜くコトが大事だと述べていました。一般に、間違ったインパクトのある数字の方が一人歩きしやすいものだそうです。

結局、ダマされて泣くのは、アナタ自身なのですから‥‥  
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2007年06月10日

人間の未来の可能性は?

昨日までの本を小説化したみたいな感じです。そういう方面に知識があればとても面白く、娯楽的なつもりでのみ読もうとすると、ちょっと難しいかもしれない近未来小説です。
ジーンリッチの復讐
2020年、本当にこんな社会になってたらと少し怖くなる小説です。この本が書かれてから約6年、もう2倍の年月で2020年になります。少し近付きつつある様な、そんな感じがします。

ネット社会にしても、その他もろもろのコトにしても。

例えば、コンピューターのOSの中には、その情報が製作会社に筒抜けになっているかもしれないという可能性は常にあると思います。

北朝鮮が世の中の閉鎖社会の代名詞になって久しいですが、情報化社会というのは、当然より人間を管理しやすくなる社会だと言っても過言ではないからです。

例えば、電話という存在が無かった時代には、誰と誰が話してしたかを突き止めるには、その人を尾行しなければ、絶対に無理だったと思います。しかし、現在は通話記録も残りますし、それはメールなど、あらゆる通信手段を使う限りかなりの部分は相手の特定が可能になりますし、電話ならば盗聴でもしない限りどんな会話をしたか判らないでしょうが、メールなどの場合、パソコンに詳しい人ならば、コンピューターに残る履歴などから、どんなやりとりをしたのかを突き止めるのは、さほど難しいコトではナイかもしれません。

結局、バカバカしいかもしれませんが、大事なコトを秘密裏に行いたければ、誰も居ない場所で直接会って話すとか、手紙を書いて手渡しして、スグに焼却するという昔ながらの手段の方が秘密は守れる可能性が高いというコトで、人間の進化というものは、必ずしも「良い成果」だけを残すとは限らないというコトです。

科学の進歩は、人間の未来を明るくすると昔は考えられていました。でも、当たり前ですが、科学の進歩は人間の未来を明るくもし、暗くもするのです。何故なら、進歩と未来の目指すコトは必ずしも一致するワケではありませんから。

つまり、「選択」というコトが常に我々に課せられているのです。どう進歩するべきなのかという未来予想図の基で、排除すべきモノと増進させるモノを選り分けなければならない。ただ野放図に「神の見えざる手」を信頼していたのでは、世の中は間違った方向に進むコトもありえるという話です。

進化の話とかをノンフィクションで読むよりは、面白く理解しやすいので良かったら読んでみてください。(図書館などにあると思います。ちなみに、この本の1ページ少し千切られていて、ストーリー的に理解出来たから良かったですが、公共の物はお互い大事に扱いたいものです。損傷したら、ちゃんと謝罪するコトも大事だと思います。マナーがなってないのを時々、実感します)  
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2007年06月09日

信頼こそが美徳をつくる

さて、昨日の続きです。マズ、判りやすいように、簡単に年金問題を使って話すとするならば、「腐った権力を排除した上で、公平な社会秩序を持つ人々による公平な分配に基づいた年金制度を維持するコトが、最良であろう」というのが、結論になります。

人間の選択を考える「囚人のジレンマ」という課題があります。二人の相手が居て、二人が協力すれば3点、二人とも裏切れば1点、一人が裏切り一人が協力すると「お人好し」に協力した人が0点で、裏切った方は5点というコトになると、相手が裏切るならば、自分も裏切った方が互いに1点で同点、しかも、もし相手が協力したら5点になるので、互いに協力して3点だとしても引き分けだから、相手がどういう行動にでようと、裏切るほうが得という結論になるのですが、しかし、このプレーを一回限りとする場合はそうでも、何回も繰り返す場合、しかも、二人だけでナク、より大勢でやる場合は、「裏切り者」が得とはナラナイのです。

何故なら、信頼出来ない裏切り者はやがて協力を得られ難くなるからです。つまり、「裏切り者」を排除して、「協力的」な社会を築いた方が、逆に勝利者になれる可能性が高いというコトなのです。(とっても簡単に本の考えを要約すると)

しかし、何時の世でも、「協力者」のフリをしつつ、「裏切る人間」は存在し続けるので、それを見分ける技術も必要になるし、「裏切り者」には、それなりの処遇をしなければ、「裏切り続ける」だろうというコトです。

上の理論も、グリーンピアで損をした3000億円は、社会保険庁だけの問題ではナク、交通の不便な場所でさほどアクセスも良くなく、しかも日本人は熱しやすく冷めやすい人種だというのに、親方日の丸的なあしらいしか出来ない人が運営して、上手く行くハズもナイのに、自分の選挙の票にしようと画策した議員の方々の影がチラついていたコトなど、全く棚に上げて、全ての責任を社保庁の責任にすり変えて、参議院選挙を戦おうとしている人々が大勢いるコトからも、裏付けられますね。

ちなみに、この難しい理論の本を読んだとしても、どうブログに反映させられるだろうかと思って、ナカナカ難解な本ゆえに、読み進むのもママならず、何冊もの小説などなどを挟み込みながら読んでいたら、正に、この説を証明すべき「年金問題」が過熱し出したので、ココに書き込むコトが可能になりました。

人間は、仲間の助けをほとんどいつも必要としている。だが、その助けを仲間の博愛心にのみ期待してもむだである。自分に有利となるように仲間の自愛心を刺激することができ、そして彼が仲間に求めていることを仲間が彼のためにすることが自分自身の利益にもなるのだということを仲間に示すことができるなら、そのほうがずっと目的を達しやすい

というアダム・スミスの説もかなり説得力があり、自己利益の追求は、利他主義の追求と同様に、人に対して悪意を示すこととは違うのである。

我々は信頼を構築し、その信頼を基に美徳をつくりあげるべきだという著者の主張が、この様な形で日本で紹介されようとは、おそらく著者もビックリでしょう。  
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2007年06月08日

利己的が得? 利他的が得?

昨日書いたみたいに、年金をホトンド信頼してないワタシですが、一応国民年金は納めています。(何度、バンフレットを送られても、国民年金基金だけは絶対に入りたくありませんが)

何故かといえば、「年金」や「保険」は「宝くじ」と似た考え方が基になっているので、損する人と得をする人がいると思うし、事務費等を考えれば、多分、損をする人の方が多いだろうと思うからです。

でも、「年金」や「保険」のナイ世界がイイとは思えないので、払っているのですが、損をしきれないので「年金基金」までは払いたくない(祖母2人、母親が70歳前後で死んでますので、損する確率は一般の人より高いと思われます)のです。
徳の起源―他人をおもいやる遺伝子
という本は、人間が生きるのは、利己的なのが得なのか、利他的なのが得なのかについて、遺伝子や動物と絡めて研究した本です。

利己的な個人と公益のあいだには常に衝突が起こります。

1960年代、ジェームズ・ブキャナンとゴードン・タロックが唱えた公衆の選択説の主旨は、政治家や官僚もやはり私利を追求する。自分の出世や報酬よりも公務を優先する義務を負っているが、やはりどうしても、そしてどんなときも、役所を訪れる人々や国を支える納税者の利益よりも、自分自身や自分の所属機関の利益を追求してしまうというのだ。彼らは国民に利他主義を吹きこんでそれを利用する。協力を要請し、そして裏切るのである。

これは、丁度、今の社保庁あたりの行動を説明するのにピッタリかもしれない。だとしたら、ワタシが年金を払っているのはバカバカしいコトなのであろうか?

物事は、そう簡単に割り切れるものではナイというのが、著者の主張です。ちなみに、そんなに簡単に説明は出来ないのですが、なるべく判りやすく説明してみたいと思います。(今日はココまでで‥‥)  
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2007年06月07日

再びあずみの観光らしき悲劇が

前に「あずみの観光バス」の続報として書いた記事で取り上げた会社のトラックが、昨日の朝、長野県内で見通しのよい場所で、信号待ちしていた車にブレーキ痕もナク突っ込み、最後尾で追突された車のお二人が死亡、他に負傷者も出た玉突き事故になり、計六台の多重事故、二台の乗用車は水田に落ち、トラック二台も連鎖でぶつかりました。かなりのスピードでぶつかったみたいです。(昨日からの県内TVと本日の新聞からの情報によると)

今回の事故は、全国的に報道されていないので、下手をすると運転手だけが悪かったで終わる可能性が強いと思います。残念ながら、こうやって綿々と、無関係の人々まで巻き込んでいくのだろうと思います。

しかし、こういうコトを書いていると多分、自衛隊の情報保全部あたりが、戦前の特高警察みたいに思想調査しているみたいですから、ワタシも危ないかもしれませんね。(笑・そんな大物じゃないか‥‥)

ともあれ、年金問題が大騒ぎになっているから、書いておきますが、母親は従軍看護婦として中国にも行き、国内に戻って病院に勤めていた時は東京大空襲に遭い、病人を避難させるのに尽力し、戦後は捕虜の扱いについてGHQに調べられ、実家に戻っては学校の保健室に勤務して、父と結婚してからは、国民年金を納め続け、65歳からの国民年金を遅らせて受給しようとして、70歳になって請求したら、「繰り下げ」の手続きの書類がナイので、65歳からの五年分をまとめて(500万円以上)一括で払うから、それで良しとしてくださいと言うので、それでイイですと話が付いたのですが、70歳になった翌年の一月に突然死したら、その後「繰り下げた額をたった一回(20万円にも満たなかったハズ)振り込んで」、それで終わりでした。

結局、母は国のタメになって生きたというのに、生きている内に、一銭も年金を手にするコトは出来ませんでした。

国に対して、過大な期待をしていても、国はそんなモノです。あまり期待しないで丁度イイと思いますが、それでもマダ期待したいならどうぞという感じです。

といって、そんな国のママでイイのかというコトを考えないと、世の中はドンドン悪くなってしまうと思います。

その答えは、一人一人が選挙などを通じて答えを出すしかありません。コムスンなどの「保険」と「水増し」の関係も、過去からズッと続いていたコトです。ジッと目を凝らして見続けていくしかありません。  
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2007年06月06日

権力犯罪

本日は、かつての国家犯罪の歴史を整理した本の話です。読んで思った最大のコトは、日本人というのは、熱しやすく冷めやすいのだなと思いました。忘れやすいから、こんなに続々と権力者の犯罪が継続しているのに、その犯罪者が首相になり、その子孫もマタ首相になるのだなぁ〜というのが感想です。やはり、我々国民のレベルが低いのでしょうか?
権力犯罪
歴史は好きですが、昭和史はホトンド学校では習いませんでしたし(教師も下手に政治的な問題に触るコトはしたくなかったのだろうと今では思いますが)、若いコロは政治的なコトにホトンド関心がありませんでしたから。

現在、気骨のあったジャーナリストは消えつつあり、その上、NHKのディレクターが逮捕されたのは冤罪かもしれないという疑惑すらある時代です。(「憲法が押し付けではナイ」という番組を作ったからだとか‥‥「反戦な家づくり」というブログによると)

しかし、戦後の大きな犯罪だけでも、「隠退蔵物資事件(旧日本軍の貯蔵物資を山分けした事件)」、「昭和電工疑獄事件(ワイロという認識なく金をもらったから無罪という奇妙な判決の出た事件)」、「造船疑獄事件(会社の損失を国家に補償させた今と変わらぬ汚職事件)」、「吹原産業事件(法相が「指揮権発動」で現職幹事長の逮捕を阻止した事件)」、「日本通運事件(金をもらった政治家47人、起訴がたった2人の事件)」、「ロッキード事件(謀略説すらある総理大臣が犯罪者して裁かれた最初の事件)」、「KDD事件(貴金属密輸品を政治家190人にばらまいた事件)」、「リクルート事件(未公開株譲渡汚職)」、「佐川急便事件(右翼やヤクザが表に出た事件)」、「イトマン事件(地上げ屋などによる商社を食いつぶした事件)」、「野村證券損失補てん事件(日本を代表する企業や暴力団への株取引便宜供与)」、「金丸信脱税・ゼネコン汚職事件(公共事業をめぐる闇献金と談合事件)」、「東京協和・安全信組事件(金融機関破綻の引き金となり、それに群がった政治家や官僚の事件)」、「岡光厚生次官特養ホーム事件(福祉を食い物にする官僚トップの絡んだ事件)」、「大蔵・日銀接待事件(第一勧銀への総会屋へのあまい融資に始まった、度が過ぎた接待事件)」、「神奈川県警事件(京都、新潟へと相次ぐ警察の不祥事)」などなど、ファイルされた事件だけで36件もあります。

そして、現在に至るまで、そうした犯罪は脈々と続いているのです。それでも、選挙直前になると、「口あたりのイイ、でも決して実現する気のナイ夢のような公約」、「謀略的に進められる野党議員あたりへの工作」、「劇的出来事による世論の転換」などによって、国民は目くらましされては、何事もなかったかの様に、同じ腐敗した政党を選び続けて来たのだと感じました。

衆議院で三分の二を与党が占めている現在、同じ様なコトが参議院で起こると日本はどうなるのでしょうか? 過去よりも、現在の方がより恐ろしい時代かもしれないと思います。  
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2007年06月05日

自己責任に注意を

さて、昨日の続きです。仕事の合間なので、ちゃんと書き込めるかどうかビミョ〜ですが。

昨日の本では、財務官僚などについても、

大手銀行は公的資金、つまり税金の注入を受けて生き延び、大手百貨店やゼネコンは数千億円いや、それ以上の債務放棄を受けて営業をつづけている。先権放棄も結局は税金の投入で決済されるのだ。

自己責任の時代だといっても、犠牲になるのは中小企業だけだ。この一〇年の不況を招いた自進党(本文ママ・一応小説というコトなので)、財界といわれる大手企業群、それに官僚はまったく責任をとっていない。

官僚も政治家も懸命に生きている市民など眼中にない


と書いてますし、農水省も問題にしています。告発小説といった体裁ですが、五年前に書かれた小説の一番最後に書かれた殺人が、緑資源公団(こちらも本文ママ)の理事だとは、あまりに今のタイミングで読むには、絶好の小説かもしれません。

米国の真の権力者は、「民主党でも共和党でも、自分達の都合さえ聞いて貰えれば構わない」し、その実態は「軍事産業複合体をはじめとした政治家とビッグ・ビジネスの複合体」と述べられています。

そして、日本も北朝鮮と同じで、戦後同一政党が長期支配しているから、「政官財という権力者は不動で、日本を占拠し、税金を私物化して湯水のように使っている官僚の権力はますます膨れている」という様な感想がエンディグにあります。

ともあれ、「選挙に行って、日本を変えよう!」と思わせてくれる、ナカナカ面白い小説でした。

ちなみに、小説読んでいる暇がナイという方々は、最近、天木直人さんのブログで紹介されたので、お気に入り登録している「灰色のベンチから」というブログなどを御存知でなかったら、読んでみてください。  
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2007年06月04日

厚労省が日本最大のテロ集団?

いきなり物騒なタイトルですが、これはフィクションに名を借りて、内部告発的なコトをしている小説の中の言葉からの引用です。
日本錯乱
以前書いた「日本崩壊」の続編です。

年金が危なくなったと話題になっている今の時期に読むと、実にタメになります。ちなみに、略したタイトルを、その前の言葉から前面引用すると、こんな感じです。

健康保険制度も保険料が上がる一方で、国民の健康な生活は崩壊の一歩手前です。高齢者介護は、本来なら健康保険や公費で面倒をみるべくなのに、保険制度にして国民からカネをむしり取っている。健康保険児童手当、生活保護なども削減される一方です。だから、日本人の生活の安定を支えてきた終身雇用制時や年功序列制度をこの二、三年で一気に破壊した第一の責任は財界ですが、その共犯者は厚生労働省です。労働基準法を改悪して働く人々の権利を縮小し、奪い、おまけにサービス残業を野放しにしている。厚生労働省は、国民の生命と生活を標的にした日本最大のテロリスト集団です

ほとんど宣伝されない名著「黄泉の犬」の話の中にもありましたが、「水俣病」に対する対応がココでも問題にされ、1953年の末に発見、1959年7月に熊本大学の研究班がチッソ水俣工場の「有機水銀」と発表。しかし、政府が公害病と認定したのは九年後で、その九年の間に多数の患者が発生し、多数の方々が亡くなった。しかも、1965年には、新潟水俣病まで発生。なおかつ未認定患者の救済は1995年になって、多くの患者がさらに亡くなってから、一人当たり260万円の紛争解決金を「訴訟の放棄と水俣病と認定しないコト」を条件にしたのです。

ゆえに、役人による大量虐殺事件であるとまで、書かれているのですが、昨今の「狂牛病」のアメリカ産牛肉に対する対応を念頭に置くと、今もその体質は何ら変わってない危険性があります。

薬害エイズなど、そうした事柄を挙げれば、数限りなくあると言っても過言ではないかもしれませんね。お昼の時間になりましたので、尻切れトンボみたいですが、本日はココまで。  
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2007年06月03日

犯罪抑止に必要なモノは

昨日の記事の最後、ちょっと疲れで間違ってました。訂正しておきました。スミマセン。

さて、「ボーダーライン(境界性人格障害)」です。非常に感情の起伏が激しく不安定で、時には暴力的になったり、自殺を図ったりするので、周囲は大変です。自らの感情の不安定さゆえに対人関係を壊しがちなのに、孤独に弱く、「見捨てないでほしい」と相手を追いかけたり、幼児のように、相手の愛情を際限なく要求したりします。強い愛情欲求の裏には、「自分が見捨てられるのではないか」という、強い不安があるのです。

表面化しやすいのは、進学や就職の失敗、失恋など、何らかの挫折が引き金になりやすく、今まで親のいうことを聞く「いい子」が、突然変貌してしまうそうです。次の基準の五つ以上なら当てはまるそうです。

一、愛情欲求が強いために、相手が自分を見捨てようとすると、それを避けようとして、尋常でない努力をしたり、激しい怒りを示す。

二、相手を理想化したと思うと、すぐにこき下ろすというように、人に対する評価が極端に揺れ動くので、対人関係が非常に不安定で激しいものになってしまう。

三、アイデンティティが混乱して、一貫した自分のイメージが持てない。

四、非常に衝動的で、衝動買いや衝動的なセックス、薬物乱用、過食、無謀な運転などが見られる。

五、自殺行為、自傷行為や自殺を思わせる脅しや素振りなどをしばしば繰り返す。

六、感情がきわめて不安定で、普通は二・三時間で気分が変わり、二・三日以上持続することはまれ。具体的には、うつ的ないらいらが強かったり、不安・不快が強かったりする。

七、絶えず虚無感に悩まされる。

八、不適切なほど激しい怒りを抱いており、それをコントロールすることができず、ものを壊したり、人を殴ったりしてしまう。

九、ストレスがあると妄想的な考えを抱いたり、強い解離性障害(心因性健忘、多重人格など)が生じることがある。


ボーダーラインの人の親は、過保護・過干渉で思春期になっても自立できません。

ともあれ、過度な場合が問題なのであって、大半の人は、今までの様々なタイプの問いに全く無関係というコトはありえないと思います。つまり、我々が正常と思っているのは、単に運が良くて、問題化してないだけかもしれません。だからこそ、必要な社会的バックアップ体制があれば、凶悪な犯罪は未然に防げる可能性があるのです。何か、大きな出来事があるとスグ大騒ぎしますが、問題は事前にあるのです。本当に、突然だったり、いきなりではナク、そうした予兆は必ずあります。それを見つけて善処すれば、未然に防げるコトばかりです。

話は逸れますが、昨日付けの「信濃毎日新聞」によると、「ツアーバスの8割は違反」しているそうです。死亡事故の時だけ問題視されますが、「ノド元過ぎれば‥‥」で今は、ホトンド忘れられかけています。犯罪もそれと同じです。起きてしまってから、犯人を懲らしめるよりも、未然に防ぐコトが大切です。社会全体でそう思わない限り、深刻な犯罪は延々と繰り返されるのだろうと思います。  
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2007年06月02日

現代日本の典型的な病理

現代問題になっている「閉じこもり(一般にはひきこもり)」の中で、犯罪に結び付きやすいのは、おとといの「自己愛性人格障害」もそうですが、今日の「回避性人格障害」。

幼いときから人との間でもまれる体験がないタメに、ちょっとしたことで傷つきやすいのです。こちらも次の基準の四つ以上当てはまると問題です。

一、人から批判、拒絶、否認されることを恐れて、仕事などで重要な人と会わなければならないような機会を避ける。

二、自分が好かれているという確信が持てなければ、人とつき合おうとしない。

三、恥をかかされたり馬鹿にされたりすることを恐れて、親密な関係であっても遠慮してしまう。

四、人が集まるような社会的な状況で、自分が批判されたり、拒絶されたりしないかとばかり考えてしまう。

五、自分がうまく人とつき合えないと思っているので、新しい対人関係がつくれない。

六、自分は人間として長所がない、人より劣っている、社会的にもうまくやっていけないと思い込んでいる。

七、恥をかくことを恐れて、新しいことをしたり、リスクを冒すようなことをするのを尻込みする。


空想的な自己愛にしがみつき、内にこもった自尊心を抱いていて、その自尊心の傷つきを異常なまでに恐れるがゆえに、社会に出て自尊心が傷つくのを極端に恐れるのです。

外に出て、自分が何か変なことを言って笑われたり馬鹿にされるのではないかと、いつもおどおどしてるので、実際に自尊心が傷つきそうになると、不登校や出社拒否になりやすいのです。

自己愛人格障害だと、挫折したら怒りを爆発させますが、回避性人格障害の場合は、「自己卑下」してしまいます。

そして、一方、限界地点まで達した時に、バッと発散してしまう、いわゆる「イイ子だと思っていたのに突然切れる」というのが、この次の「ボーダーライン」です。  
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2007年06月01日

他人に関心がナイ人々

親子の関係というモノは複雑ですし、他人が簡単に口出し出来るものではありません。

ちなみに、我が子の知っている子の中には(プライバシー保護のタメどちらの子供なのか、どういう関係かは伏せておきます)、「門限を破ったからと言って殴られ」、「ゲームで遊んだと言っては殴られる」という子が居るそうです。親は正しく「しつけ」てるつもりでしょうが、ワタシから見ると完全に虐待です。といって、一々他人の家庭に口出しするのもハバかれますので、どうしようもありません。『気の毒に』と思うだけです。

ちなみに、それを親が愛情を持ってやっているコトだと、子供が感じている様なら、何も問題にはならないでしょうが、「殴った人は痛みをホトンド感じませんが、殴られた人は殴られたコトに対する痛みと心への傷は簡単には忘れられない」でしょうから‥‥

さて、「ひきこもり(今回の著者は閉じこもりと呼んでいますが)」の場合、分裂病質人格障害と挫折型に分けられ、挫折型は自己愛人格障害と回避性人格障害そしてボーダーライン(境界性人格障害)に分けられるというのです。

ともあれ、分裂病質人格障害は素質から来るものなので、いつの時代も一定割合で生まれてくるそうです。自閉的で、人からは感情があるのかないのかわかりにくいタイプらしく、次の七つの基準のうち、四つ以上に当てはまったらそうだと思ってください。

一、家族を含めて親密な関係を持ちたいとも思わないし、それを楽しいとも感じない。

二、いつも孤立した行動をとる。

三、人と性的なつながりを持とうという興味がない。

四、趣味のようなよろこびを感じられるような活動にはほとんど関心がない。

五、親きょうだい以外には親しい友人がいない。

六、他人の賞賛や批判に対して無関心に見える。

七、感情的によそよそしく冷たい。


つまり、他人には関心がなく、人のことに親身になれず、対人関係があまりなく、趣味などにも興味を抱いて打ち込めない。他人が自分をどう思っているか、どう見られているかなどに鈍感なので、対人関係でストレスを感じることもほとんどないという人です。

生来性格的に対人関係が営めず、かなり遺伝性が高いので、残念ですが、もともと一人でいるしかないタイプで、それが重症化すると、人と接触できないので、社会に出られず、閉じこもるのだそうです。(再び明日に続きます)  
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