2007年08月31日

非行を防止するタメに

何時から日本は真面目に汗をかいて働く人よりも、中間マージンを横から掠め取る人が、一番儲かる社会になってしまったのだろうかと、厚生労働省の「賄賂疑惑問題」の続報を聞きつつ思います。

ともあれ、奈良の妊婦さんが流産した件については、「そんな時期まで、妊娠と気付かなかったのだろうか?」と、お見えになる方々が不思議がりますが、過去に知り合いの近所の人の話として聞いた話の中には、夫婦の年も違うのだけれど、もう二人とも歳だから、子供など出来ないと思っていたので、三人目の子供が出来たコトに全く気付かず、臨月に近付いて初めて妊娠しているコトが判り、母子手帳を取る間もなく出産したという話があります。確か、旦那さんは六十歳位だったと思いますが。妊娠しても「つわり」も無かったなんて、スゴイと思って聞いた覚えがありますけど、それだけ個人差が大きいんでしょうね。

ともあれ、生まれた子供がスクスクと育つためには、こんなコトが必要らしいです。
まずは子どもを抱きしめて―親子を虐待から救うネットワークの力 (朝日選書)
という本によると、非行を防止するために重要なのは、
(1)妊娠中から家庭訪問する。
(2)親教育を推進する。
(3)愛着関係に障害があれば、早期に介入し援助する。
(4)幼児教育。
(5)行為障害を早く発見する。
(6)学校や地域での暴力の防止。
(7)人格教育。
(8)ピアグループ(仲間集団)を活用する
といったコトがあげられるそうです。やはり、ココにも「地域」という言葉が登場しますが、「子供達は社会の宝だから、社会全体で育てよう」という気持ちが必要なんでしょうね。

そして、一番の教育への欠点は、しょっちゅう政治家などの社会のトップ集団のスキャンダル。全ての見本であるべき人々が、勝手し放題していて、一般人にだけ正しく勤勉に働けと言われてもな〜というのが本音ではないでしょうか。それがナカナカ出来ないコトだから、『老子』の時代から何千年と説かれてきているのだとは思いますがね‥‥  

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2007年08月30日

貧困なる医療と福祉

本日、バラバラとお客様がお見えになっていたので、休み時間が長い様で短かかったため、更新が遅くなりました。書きたいコトは、朝から繰り返し報道されているので、朝から不変だったんですけどね‥‥

何と言っても、あまりに呆れてしまったのが、妊婦が病院をタライ回しにされたあげく、流産したという話。要するに、少子化をなんとかしたいというのは、掛け声だけであり、全て自助努力で御願いねというコトなんでしょう。

ともあれ、深夜は変な人に絡まれたり、事故に遭遇する可能性もあるので、なるべく外出しない方が無難というコトですね。

それで思い出したのが、この前の日曜日に、二車線の道路が混雑している時、救急車が後から来たので、バックミラーで見たら、右車線の車は右に、左車線の車は右に寄せて、中央を空けようとしていたから、主人も右に寄って停まったのですが、後の車は全然気付かないので道が開かず、信号は青だったので、こんなコトなら前に進んだ方がイイと判断して発車しましたが、何だか釈然としませんでした。

最近の救急車の中には、マイクで「交差点を通過します!!」と言って通過する車もあり、交差点で救急車がどちらから来るかが判りにくい時には、役立っていると思います。中には、それでも停止しない様な車もタマに見かけますが、見通しの悪い交差点などでは、全ての救急車が「○○の交差点を東(当然、東西南北全ての場合があるでしょうが)から通過します」といったコトを助手席の人が、拡声器とかでアナウンスしたら、イイのにとは思いますね。

ともあれ、これは事故に遭われたコトだけを問題にしてますが、最大の問題はスグに受け入れる病院が見つからなかったコトが、最大の原因です。まだ見てはいませんが、マイケル・ムーア監督の『シッコ』(日本で「ホトンド、病気〜」という意味の「ビョウキ〜」という意味だとか)の新聞評などを読んで、アメリカの医療事情に驚いたのですが、日本もヒドイという意味で似ているかもしれません。

重病の時は、知り合いの医師とか、医師に顔の効く政治家から、担当医に一言掛けて頂くのがベターなのは、大っぴらにはされない世間の常識ではありますが、それにしてもココまでとは思いもよりませんでした。

そして、弱者を切り捨てて、残した御金が補助金になり、そして、キックバックされる構図になっていたとは、本当に驚きました。そうだろうとは思ってましたが、高級外車をタダで貰う役人の無神経さと図太さに。

ちなみに、無神経といえば、本日聞いた話ですが、「痛みで眠れないので睡眠薬を出して欲しい」と神経内科だか、心療内科だかの医師に診察時に話したら、手が震えているという症状に目を留め、「手の震えを止める薬を出してあげましょう」と述べて、「別にその薬は頂かなくても‥‥」と答えたにも関わらず、次の予約まで25日先だというのに出された薬は、手の震えを止める薬が25日分と睡眠薬が5日分だったとか、『問題があるのは、そんな薬の出し方をするドクターの神経の方じゃないの?』と思ってしまいましたが‥‥少なくとも、本人の望む薬を出ししぶるなら、その説明をすべきだし、イラナイという薬を出されても、手の震えは止まらないらしいし、世の中、未だにこういうドクターも存在しているのだと、改めて驚くばかりの一日でしたね。  
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2007年08月29日

「子供は宝」、皆で守ろう

そもそも、人間なんてどんなに頑張って子供を産めたとしても、数十人。現在の日本では、大半が一人や二人の時代ですから、自分の子供だけ何とかなんて、チャチな考え方をしていても、下手すれば、行きずりの見知らぬ他人に殺されたりする時代なんです。飲酒運転事故に巻き込まれたり、というコトもあるかもしれませんが‥‥

だから、もっと大きく考えて、自分の子供だろうが、他人の子供だろうが、チャンと育って素晴らしい未来を作って貰えば、老後も安泰になるのですから、全ての子供達に幸福になって貰うコトは、最終的には自分の幸福にも繫がるのだと思います。

昨日の本には実の親に長年、性的に虐待され続けた少女や、全身裸にされて首だけ出した状態で雪の中に埋められて、その側で母親がピースしているのを内縁の義理の父親がカメラに撮ったという幼児がやがて殺されたなんて話が、イッパイ書かれています。

しかし、財政赤字の今、福祉に充てられる予算は削減されるばかり。心ある職員が精一杯やっても無理な場合も多く、専門の知識がナイから、虐待を見逃す職員もかなり存在する様です。

警察と役所の連携の悪さが、それに拍車を掛けているみたいですし。ともあれ、児童虐待防止法を読んで、語尾がとても気になりました。国及び地方公共団体の責務等の第四条を読むと、4つある全ての条文の末尾が、「‥‥関係機関及び民間団体の提携の強化その他児童虐待の防止等のために必要な体制の整備に努めるものとする。」、「‥‥児童相談所職員の人材の確保及び資質の向上を図るため、研修等必要な措置を講ずるものとする。」、「‥‥必要な広報その他の啓発活動に勤めるものとする。」、「‥‥近隣社会の連帯が求められていることに留意しなければならない。」といった感じで、努力目標の域を出ない様に感じます。

第五条の「学校の教職員、児童福祉施設の職員、医師、保健師、弁護士その他児童の福祉に職務上関係のある者は、児童虐待を発見しやすい立場にあることを自覚し、児童虐待の早期発見に努めなければならない。」と比べると、かなり弱い表現になっています。それでも、アメリカの「児童虐待通告法」などで医師や教師ら専門職が対応を怠ると資格を剥奪されたり罰金が科せられることがあるのに比べると、全く弱いのですが‥‥

何も、「ミスをビシビシ責め、恐怖で縛り上げて、児童虐待を発見しろ!!」と強圧的になるコトを望んでいるのではありませんが、日本の社会は、特に公務員が冒した失敗に対して、ホトンド責任を求めない傾向が強過ぎると思います。

ミスをしたら、多少のペナルティがあってしかるべきで、そうでなければ仕事に緊張感など、全く生まれません。精一杯やって、ダメだったのと、やるべきコトすらやらなくて、ミスを犯したのとは、分けて考えるべきです。この点が、正に社会保険庁の対応と類似していると思うのです。

過失は許すが、故意は許さないというコトをもっとハッキリ、条文に書き込むべきだったのではナイでしょうか? 
虐待された子供は、少年犯罪を起こしやすいというコトもあり、非難されるべきは、問題を起こした子供にもありますが、それを防ぐタメの努力を大してしていない行政にこそあると思います。
厚生省(現 厚生労働省)は九八年度、初めて児童虐待対策費として二億七八〇〇万円を計上した。しかし、これは岩手県の児童相談所三か所の一年分の予算(人件費込み)の半分に過ぎない額なのである。
一方、児童虐待を所管する同省児童家庭局では少子化対策に大きな予算を投入している。たとえば、タレントの安室奈美恵とSAMの長男を登用した「育児をしない男を父とは呼ばない」というキャンペーンのためのポスターとテレビCMには五億円が投じられたのである。
と書かれているのを読むと、「おっとっと‥‥」と思ってしまうのは、ワタシだけでしょうか?  
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2007年08月28日

殺さないで!!

昨日の本に引き続き、子供に関する話題の本を読んでます。
殺さないで―児童虐待という犯罪
こちらは、毎日新聞に連載した記事を集約した本なのですが、この本の中に、「世論を動かしたから、児童虐待防止法が成立した」という一文を読んで、なのであれば、昨日の本にあった問題も世論として、認識して貰うコトを考えないとマズイのではないかと思いました。

故に、本日の本の話は後回しにして、出来るコトをすべきではないかと思います。なので、各政党への意見を送るアドレスをまとめてみました。

自民党
http://meyasu.jimin.or.jp/cgi-bin/jimin/meyasu-entry.cgi

民主党
http://www.dpj.or.jp/header/form/index.html

公明党
https://www.komei.or.jp/contact/index.html

共産党
http://www.jcp.or.jp/service/mail.html

社民党
http://www5.sdp.or.jp/central/inq/inq.html

新党日本
http://www.love-nippon.com/goiken.htm

強制ではありませんが、もし御協力願えるのでしたら、「養子斡旋をする場合は一歩間違えば子どもは商品化してしまうので、法律で何等かの基準を設ける必要があると思います。臓器移植が進む現在、臓器だけを目的とした人間の存在も疑われます。故に、国際養子縁組は国境を越えて養子縁組をするのですから、子どもを養親に引き渡したらそれで終わりではなく、その後も養親の国で適応できるかどうか、さらにその国の法律に則った手続きが完了したかどうかの確認も必要だと思います。世界各国とのネットワークを持ち、子どもの身分事項を記録したファイルを作り、実母探しなどへの対応のため、半永久的に保管されるコトを望みます。国際養子縁組が、人身売買の隠れ蓑にならないように、一日も早い国際養子縁組法制定及び、ハーグ条約1993年国際養子縁組に関する子の保護及び国際協力に関する条約の批准を願っています」といった感じのメールを各党に送って頂けたら幸いです。

個人でやるコトですから、広がりは簡単には望めないと思います。なので、この話題を他の人にもお知らせ頂けたら、とても嬉しいです。日本で生まれた赤ん坊が、現代において、消息不明になってしまうなんて、問題だと思います。

拉致問題も発生した時に、スグ話題にしたり、手を打っていたならば、被害者は少なくて済んだコトでしょう。何十年も経って、大騒ぎしてもホトンドの人々は帰って来れるとは決まりません。まして、赤ん坊で何の記憶も無ければ、祖国との繋がりを求めるコトも出来ず、下手すれば臓器売買の犠牲者になってしまうかもしれないなどと、知らなければ仕方ないのですが、知った以上黙っているワケにはいきません。

無視されるだけかもしれませんが、先進国だとうぬぼれている国がこんなに人権問題について、貧弱な国だったとは‥‥

厚生労働省などにメールしても、完全に無視されるだけだと思いますが、選挙に少しだけ真剣になっている感じの、今の政党ならば、もしかしたら、どこかの政党が耳を傾けてくれるかもしれません。どうか、御協力を御願いします。

さて、本日の本ですが、自分の実子や継子を殺してしまう人々の話です。少なくとも、こんなに惨い仕打ちをする様な親と暮らすくらいなら、ちゃんと子供を可愛がろうとする養父母に育てて貰った方が幸せに決まってます。でも、それにはマズ、条件を整えなければならないのです。

どんな親の元に生まれても、その子には何の罪もありません。罪無き子供が、暴力的な親に育てられ、成長して暴力的な人間になるコトは、社会にとっても有害だと思います。なので、やっぱり上記の問題をクリアしなければならないと思います。そして、児童相談所の問題も、厚生労働省の対応を考えるべきだと思うのですが、読んでいて、年金問題の社保庁に類似しているかもという気分になりました。個々で、一生懸命な人々は存在するのでしょうが‥‥ともあれ、その詳しい話については明日。  
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2007年08月27日

人生には思わぬコトがイッパイ

本日も更新遅くなってます。本当なら、もう少し早く書く予定でしたが、今朝、駐車場に止めようとした車が、オートマ車ゆえ暴走したらしく、主人の母の部屋を直撃、壁が砕けて部屋がボロボロになってしまいました。幸い、誰も巻き込まれなかったので、それは良かったのですが、自動車工場の人を呼んだり、保険会社の人と話したりと、とても忙しい一日でした。

ちなみに、そういう日というのは、不調な人が多いのか、当日予約の電話も何本か入り、少しハードでした。主人が、今、仕事場に行きましたが、昨日、精神的な疲れがサッパリしたのに、体力的な疲れとダブルになって、少しバテ気味です。ともあれ、田舎ですので、他に寝る部屋もありますから、しばらくは、その部屋は使用不可というコトになりそうです。

ニュースで、タマにブレーキとアクセルを踏み間違えたみたいな事故がありますが、その衝撃たるやスゴイものがありますね。皆様も、くれぐれもハンドルを握ったら、安全運転を肝に銘じてくださいね。物損事故ならば、保険とかで代わりのモノを用意するコトは可能ですが、万が一、人身事故にでもなると、取り返しが付かなくなりますから‥‥飲酒運転などというのは、言語道断です。保険金も支払われないので、運転手の人生も、被害者の人生も、特に生命に関わる場合は、何もかも全てを一瞬の内に失ってしまうのですから。

思いもよらないのは、こちらの本の内容も同じ。
赤ちゃんの値段
読売新聞の読者ではナイので、まさかココまで日本の赤ちゃんが、海外に養子に出されているとは知りませんでした。この前の本と合わせて読むと、人身売買の可能性すら頭に浮かび、日本の政治の貧弱さに呆れ果ててしまいました。

ハーグ条約すらナカナカ批准せずに、よくも日本は先進国だなどと思いあがっていたものですね。人権に対する配慮は後進国並みです。ともあれ、こうした情報は、あまりルポされにくくなっていると思います。公務員の方々の御機嫌を損ねない様にして、ニュースを頂戴しようという記者達が増えているからかもしれませんが、少なくとも一般人の我々は、余程、全てのニュースを読み落とすコトなく、ギラギラと目を皿の様にしていなければ、こんな大事な話を知らずに過ごしてしまいます。

「こうのとりのゆりかご」のニュースよりも、もっと大問題だったりします。たった一人の外国人横綱の話題であんなに盛り上がるヒマがあるならば、日本人の赤ん坊の何人もが、外国で現在どんな目に遭っているかもしれない問題の方が、余程ニュースとしての価値があると思うのですが‥‥

本日は、色々と立て込んでましたので、詳しくは書けませんが、本当に世の中には、思いもよらないコトが、沢山あるものだと痛感した日になりました。  
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2007年08月26日

遅い遅い夏休み〜

子供達は、既に夏休みを終えて学校に行ってはいるのだけれど、来春が高校受験ともなると、夏休みは夏季講習に忙しく、仕事が休みの日曜日は子供達が午前中、空手を習っているので、今年の夏休みは、ナカナカ休みらしい夏休みが取れませんでした。

お盆は、実家に戻って日頃の疲れを取ろうと、ゴロゴロさせて貰いましたが、とても夏休みという感じはゼロ。

今週の日曜日は、上級者の方々の試合かなんかがあるので、空手は休みというコトなので、一日だけの夏休みを楽しんで来ました。と、言っても昨日も遅くまで、こっちは仕事、娘は習字だったので、日帰りでしたが‥‥(今の子供は、本当に良く勉強しますね。我々の世代は勉強は二の次で家の手伝いをさせられていたので、ちょっと信じられない位です。昔は、みんなそうだったから、大して勉強する必要も無かったので楽だったなぁ〜今の子供に生まれて来なくて良かったなどと、何時も思ってますが‥‥子供もそれなりの思いがある様で、バリバリ勉強しているので驚きです。ちなみに、弟の方は昔のワタシよりも、ホトンド手伝いもしないだけ楽やってる感じですが)

観光地の長野県ですから、それなりにドコに行っても楽しめます。ドコという当てもナク、佐久市には行こうとだけ思って出掛けたのですが、八千穂高原というトコの自然園を歩いて来ました。大人は200円、中学生以下は100円というリーズナブルなお値段で、自然を満喫して来ました。(実家の周りなら、タダで幾らも山歩きできますが、それでは出掛けた気分になりませんからね)

子供達が先頭で、主人、ワタシがドンビリから付いて行ったのですが、昔みたいに俊敏に歩けなくて子供達に心配されましたが、それでも、昔は一時間ほど整備されてナイ山道を登り、山菜を山ほどリュックに背負って、歩いて降りて来たのですから、のんびり歩けば全然平気でした。

途中で、トイレに行きたくなって、三人と別れて元に戻ろうとしたら、道を間違えて、結局、最後の辺で、三人と合流しました。一周、約80分という最長のコースを子供達と主人は一時間ほどで回ったので、ハイペースだったからでしょう。

ともあれ、佐久市でお寿司を食べたり、買い物をチラッとして、帰りには千古温泉に十六年ぶりに入ってきました。硫黄泉で肌がツルツルして気持ち良くなりました。歩いた疲れも、かなり取れたみたいです。早目の夕食も外で済ませて来たので、後は早寝して明日の仕事に備えるだけです。

タマには、休みらしい休みもイイものだと思った一日でした!!  
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2007年08月25日

臓器売買とGPSの埋め込み

さて、恐ろしい話は続き、本日は臓器売買の話。臓器ビジネスは、リスクもあるものの金を稼ぐ手段となっているという話。
悲惨なことに、国際的な臓器売買は、人身売買と密接に関連している。法的な保護を受けられず、恐怖と空腹に震える貧しい不法移民たちは、ほとんど無限といえる臓器の需要を満たさなければならない国際ネットワークにとって、きわめて魅力的な獲物なのである。

臓器を強制的に狡鷆´瓩気擦蕕譴襪箸いΧ欧蹐靴は辰盪海曚匹△襦インドやブラジルというのは、ちょっとした体調不良で受診した患者が騙されて手術を受け、麻酔から目覚めたら、体内から腎臓が一つ消えていた、などというエピソードがごろごろ転がっている国であるが、こういう話は都市伝説でもなんでもなくて、臓器略奪がビジネスとなっていることを示している(ある女性は、手術を受けたあとに、大きな卵巣腫瘍が腎臓を包みこんでいたので、いっしょに摘出してた、と説明を受けたそうだ)

海外の仕事を紹介するという言葉に誘われて、臓器提供者にさせられるケースもある。いったん海外に連れていかれ、もはや逃げる方法がなくなったところで、初めてブローカーから真意を知らされるのだ。また、対象が瀕死の状態か、すでに死んでいる場合、臓器は取り放題であり、なんとも陰惨なシナリオが展開する。

独裁政権時代のアルゼンチンやブラジル、台湾では、刑務所の受刑者が臓器供給に利用されていた。現在、臓器市場において中心的役割を担っているのが中国の刑務所で、国内、国外を問わず、多くの移植用臓器を供給している。

受刑者からの臓器採取で得られる利益は、当局の収入になる。死刑を適用する重大犯罪の範囲が拡大された理由の一つに、ひじょうに魅力的な臓器市場の存在があるのではないかと考えている研究者もいる。死刑が増えれば収入も増えるというわけだ。
というわけで、世の中は犯罪に巻き込まれない様に、犯罪に巻き込まれても大事にならない様にという方向に動き始めている。
GPS機能つき携帯電話は、世界各国の十代の子を持つ親のあいだでは大人気で、子供がちゃんと本人のいったとおりの場所にいるか、あるいはたんに無事かどうかを確認するのに利用されている。この種のシステムは、誘拐ビジネスが横行している国々でも威力を発揮する。ブラジルのサンパウロでは、億万長者のビジネスマンたちは、拉致されてもすぐに位置がわかるように、皮膚の下にマイクロチップを埋め込んでいる。これはかなり極端な例のように見えるが、何年かのちには、常識になっているかもしれない
何時の間にか、我々はSFと見紛うばかりの世界の中に暮らしているらしい。グローバル化というコトは、そういうリスクも持っているというコトだ。「改革」が全て良い結果を生み出すとは限らない様に、日本がグーローバルになった時に、素晴らしいコトばかりが待ち受けていると考えるのは、あまりに考えが浅いというコトなのであろう。  
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2007年08月24日

現実が一番恐ろしい

蟻の一穴という言葉があるが、人々の金銭に対する強烈な執着には、世界を破壊するだけのパワーがあるのかもしれない。

金のタメなら、自分のしでかしたコトによって、世の中がどうなろうと構わないという人々は年々増加の一途だし、武器も人身売買も、麻薬の取引も、何でものありの世界になっている。

そして、何より恐ろしいのは、生命を死に陥れる商品すらあるというコトだ。少なくとも、偽者のバッグを手にしていたからといって、死ぬコトはナイだろうが、食品や薬品、部品などに粗悪品が混入されると、生命にまで危険が及ぶ。
WHO(世界保健機関)の推計では、全世界に流通する医薬品の八パーセント、約三百二十億ドル相当が偽者だという(実際にはもっと多いだろう。ニセ薬は飲めば消えてしまうので証拠として残らず、報告されないことも多いからだ)。ある調査によれば、市場に出回っているニセ薬のおよそ半数は、有効成分が入っていないか、でなければ間違ったものが入っている。その間違ったもののうち一〇パーセントは有害物質だという。
日本では、少なくとも、ちゃんとした薬局なら問題はナイだろうが、出来ればオリジナルな薬を飲む方がイイと思う。(私見ではあるが、ジェネリック医薬品は、値段は安いかもしれないが、もし効き目が少しでも少なくて、長く服用を余儀なくされるのであれば、作用があるモノには必ず副作用があるのだから、その辺を考慮に入れてなるべく短時間に薬の服用を抑える方が身体にイイと考える)インターネットなどで、薬などは購入するのは、かなり危険だと考えた方がイイ。無論、命の危険すらも買うというのであれば、決して止めはしないが‥‥

それにしても、偽造品の横行はものスゴイものがある。
二〇〇四年十二月、中国でソニーのゲーム機、プレイステーション2の偽者が囚人の手で製造されている証拠をソニーがつかんだ、という情報が流れた。「フィナンシャル・タイムズ」紙によれば、十の海賊版ネットワークがそれぞれ毎日最大で五万台の偽プレステ2を製造していることをソニーがつきとめたという。
偽者でもチャンと動くならイイではないかと思う人に、
航空機の部品にも、この種の偽者が増えているというから、なんとも恐ろしい話である。たとえば、ユナイテッド航空の優秀な整備士が発見したコピー部品の場合、パッケージから添付文書まで本物そっくりだったが、本物の寿命が二万時間なのに対し、偽者は六百時間でダメになったそうだ。
それでも、偽者の氾濫は心配ナイと言い切れますか?ワタシはかなり怖い話だと思います。  
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2007年08月23日

本当に報道されるべきコトは

昨日のブログにも書きましたが、本来マスコミは天下の公器なんですから、報道すべきはこんな話題だと思います。
犯罪商社.Com ネットと金融システムを駆使する、新しい“密売業者”
無論、こんな話題をマスコミでして、無法者に命を狙われるのはゴメンだという腰抜けの方々とか、そうはいっても裏で関係する人々から資金提供して貰っているからなんて人も存在しているかもしれませんが‥‥
違法取引はすでに大きく様変わりしているが、事実上、野放し状態であるために、その変化はとどまるところを知らない。テロリストを含む犯罪者たちにとって違法取引が、生き残りの手段となり、送金や決済に利用されていることを示す多くの証拠がある。

地政学的な面では、さらに大きな影響がある。開発途上国や、資本主義への移行のさなかにある旧共産圏諸国では、しばしば犯罪者ネットワークが、政府に勝るとも劣らぬ莫大な権益を保有している。国によっては、政府をしのぐ資源と軍事力を持つネットワークもある。その強力な軍事力を背景に、政治的影響力を行使するのである。

違法取引業者やその共謀者が政党を支配したり、大手メディアを所有したりする場合もあれば、非政府組織を支援している場合もある。正規の経済活動の規模も、生み出す利益も、違法取引のそれには及ばないような国、つまり国一番の大企業が違法業者であるような国では、それも当然であろう。

いったんビジネスが拡大して安定すれば、どこの大企業もすることだが、有力者となった違法業者たちもまた業態の多角化を推し進め、政治に投資する。大規模なビジネスを展開するには、政府とつながりを保ち、その影響力を駆使して、国家の庇護を受けることがひじょうに重要なのだ。

そういった理由で、違法取引ネットワークは、合法の民間企業の活動と絡み合っているだけでなく、国営企業や政治システムの内部にまで食い込んでいる。企業、政党、議会、地方自治体、メディア・グループ、裁判所、軍、非営利組織に広がるネットワークは、きわめて強力な存在であり、国政に対して多大な影響力を行使している場合もある。
こうした、現状が今やグローバルにあるというコトを知らないと、我々はとんでもナイ目に遭わされる可能性があるのだ。

ともあれ、今日だけで書き終われるホド、簡単な問題ではないので、明日以降、徐々に書き込んで行きます。  
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2007年08月22日

ナカナカの佳作

一昨日あたりから、今日まで二冊の小説を読みましたが、どちらも面白いかったです。
青い石
竹山洋さんは、昔から大好きなシナリオライターだったのですが、これが小説としては初めての作品だったとか。

今、横綱の問題で色々と世の中が騒がしくなってますが、こういう本を読むと、精神科の医師の方々が、様々な診断をするのも頷けるかも‥‥ともあれ、立場が違うから少し診断が違うだけで、そんなに皆が無茶苦茶なコトを言っているとも思いませんし、「水に落ちた犬を叩く」式の報道は止めて、少し静かにしたらと思いますけどね。

さしたるコトのナイ話題だから、安心して様々なコメント出来て楽、みたいな感じになってませんか?

DVとかもあるみたいですし、精神的に問題がある人だというのは、最早誰の目にも判りそうなモノですが‥‥

少なくとも、診断書を出してサッカーなどというのは、バレそうな嘘を付きたがるという意味でも、どこか精神的な問題があるんだと思いますけどね。

そして、もう一冊がこちら。
泥の家族
タレントの東野幸治さんの本だったのですが、粗忽なワタシは東野圭吾さんの本と勘違いして借りて来て、一瞬『エッ!!」とは思ったのですが、予想以上に人間の悲哀が書かれていて、面白かったですね。

ちなみに、両方とも小説なのでネタばらしを出来ないのがツライのですが、イイ本を読むと疲れが吹き飛びます。さて、ではもう一仕事頑張ってきますね。  
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2007年08月21日

悲惨な夏休み最終日

こんな時間に、日記を書くのは、1日2回だった時を除くと初めてかもしれません。何をしていたのかと言うと、モチロン仕事もバッチリありましたが、息子の夏休みの宿題のお手伝いをセコセコしておりました。

息子の学校は明日からなのですが、前から「宿題は大丈夫?」と何度も聞いていたのですが、その度に「大丈夫だから、心配しないで」と答えていたので、安心していたのですが、いよいよ最終日の今日になって、「間に合わないから、手伝って」と言われても、とっても困るのですが、それでも突き放すワケにもいかず、まだお付き合いしながら、ブログを更新しています。

ともあれ、今までこんなに沢山宿題が残っていたのは、初めてだったので、仕事の疲れで眠い目をこすりつつ、何とかやっています。なので、コメントを幾つも頂いてますが、コメント返しは明日にさせて下さい。

そして、あまりに眠いので、気の利いたコトが書けません。なので、今日は本当に申し訳ありませんが、これでオヤスミナサイ‥‥  
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2007年08月20日

しかし、暑い‥‥

いよいよ娘は夏休みも終わって、本日から登校。おまけに受験生は朝学習もあるので、早目の登校。仕方ナイので、六時半過ぎに学校の近くまで送り、帰ってから朝食の後、仕事の連続。

昼休みで、クーラーで涼しかった施術院から母屋までが暑い‥‥ほんの少しの距離なのにバテそう。長野県は涼しいから避暑にどうぞなんて、昔の話。水田が消失して、宅地になってしまった今、ヒートアイランド現象は地方都市にも押し寄せている。標高1000m以上の山の中へ行けば、日陰なら充分涼しいんだけどね。(ちなみにお盆の休みはその条件に当てはまる実家でのんびりして来たから、骨休みにはなったケド、ゆえに残暑が身に沁みる)

「何でこんなに夏休みが短いのか」と嘆いていた娘に朗報かもしれないが、北海道も今日から学校があるらしい。(お客様の札幌のお孫さんも今日からだとか)それでも、暑さにへばって娘は学校から帰って来た。お疲れ様。

北極の氷が、下手すると2040年に全部融けてしまうかもしれないとニュースで言っていた。ありえそうな話。しかし、そうなったら世の中はかなり変わるだろうと思う。ちなみに、昨日、甥が見たいと言ってたので、息子と共に連れて行った「トランスフォーマー」の映画の中の、北極海のシーンなどは、100年後には貴重な時代を証言する記録映画としての価値まで付与されそうでとても怖い。(映画自体は、さほど先入観もナク、お付き合いで見に行っただけなのだが、封切して二週間も経っているのに、満席に近い盛況。後で判ったが、スティーブン・スピルバーグ監督だけあって、「宇宙戦争」を上回る迫力とテンポの良さに驚いた。ちなみに、これを見て奮い立つアメリカの兵士志願者も多いのかも‥‥と思ったりして、少し政治的なニオイがしたけどね)

日本のTVドラマも、マンガが原作のが多いが、息子が昔喜んでいた「ロボット」が再び、こんな形で蘇えるとは思わなかったけど。ここ数日の読書は、これという本に巡り会わないのだから、それも仕方ナイのかも‥‥そういう本の著者の皆様も、一生懸命書かれたのでしょうが、ブログに書くのは、ある程度セレクトしたのしか書かないコトにしているので、ゴメンナサイ。

というコトで、最近「オオッ!!」と思う本が、読んでいる本の数の割りに増えないのがツライ‥‥書く本が目白押しといった状態が、続いた日々が懐かしい。一冊、ヒット作だと思う本があると、シリーズになったりするのは、こんな楽屋裏もあるからです。というコトで、本日はこんな感じで。  
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2007年08月19日

ニートと現代社会

昨日の本の流れで、ニートについて書いてある本を読んでみました。何というか、立ち止まったママ動けなくなってしまった人々が「ニート」なんだろうなというのが、一番の感想です。

自分が何者なのかを知りたいと思うならば、世の中で動いてみるコトで、自分の世の中での位置を知り、適性を知り、限界を知るのだと思うのですが、それを世の中と無関係な場所に居て、知ろうとしても無理がありそうな気がします。何故なら、現実の人間の動きは、こちらが類推した動きとは全く違ったりするものだから‥‥
ニート―フリーターでもなく失業者でもなく
ともあれ、日本はまだ余裕があるから、社会に無理やりでも押し出さなくても生きていけるだけのゆとりがあるんだという気がします。

というのも、昨日の「日本農業新聞」に、インドで学校に通うタメに自転車を所望した娘を、自殺にみせかれて殺害した母親が逮捕されたというニュースが載っていました。貧しくて遠い学校に通えない生徒のタメに、州政府も自転車を無償配布しているが、被害者の村には間に合わなかったというのだ。「学校へ行きたい」と懇願したタメに、登校に必要な自転車が買えないダケで、娘を殺さなければならないホドの貧しい社会から見たら、ある意味贅沢なコトなのだろう。

しかし、昨日の本にもあった様に、ニートになる人達のは、本当に自分の話を聞いてくれる人が回りに存在しないみたいだし、加えて、それを探すつもりも少ないみたいだ。

それに、他人との摩擦を無くすコトは社会で生きている限り、かなり難しいコトなので、通常は摩擦があっても、それに対応出来る様に自分をタフに改造するしかナイのだが、自分が引くコトで、摩擦を回避し続けようとするならば、確かに、社会の中に飛び込まずにいるという選択肢が出てくるのは当然かもしれない。

ちなみに主人の友人にも、ニートなのかフリーターなのか判らない人が居て、図書館に本を借りに行ったりする時に、時々顔を見るのだが、最近は向こうも敬遠している感じなので、こちらもなるべく気付かないフリをしているのだが‥‥いわゆる器用貧乏の行き着いた先みたいで、勿体無い感じもする。

ココにも、歪んだ親子関係のツケが出ている感じがするので、親が変わらないとニートは減らないのではないかと思ってしまう。

ともあれ、今の日本は金銭的には豊かになったかもしれないが、人間関係まで豊かになったかと聞かれると、やはり昔の方が、人間関係が煩わしいホドに親密だった時代だったと思うので、世の中から阻害されそうな人を、守るセーフティネットが自然と働いていたのだろうと思います。子供の周囲に存在する大人達が、さほど関係のナイ子供でも、もっと優しく厳しく見守っていた感じがするし‥‥  
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2007年08月18日

等価交換はありえるのか?

ニートになりそうなのは、どんな人なのかといった感じの本なのですが、根本的に「人生には等価交換なんてホトンド無いはずなのに、その幻想に捉えられた人がニートなのかな」という気がしました。
下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち
物々交換の時代から、人間は一応等価交換のフリをしてはいるけれど、本当は自分が得したいと思って交換しているのだと思う。

しかし、最近は買い手市場に変化してきているので、ナカナカ売り手が得をしたとは感じられなくなったし、「御客様は神様」などという思想が買い手を増長させ、そのツケが教育に回って来たといった感じの話なのだが。そして、そういうコトの原因として、
精神科のお医者さんに聞いたんですけれど、思春期で精神的に苦しんでいる子どもたちの場合、親に共通性があるそうです。子どもの発信するメッセージを聴き取る能力が低い親が多い。子どもが発信する「何かちょっと気持ちが悪い」とか「これは嫌だ」とかいう不快なメッセージがありますね。それを選択的に排除してしまう。

よく不祥事を起こした企業の経営者が「情報が上まで上がってこなかった」という言い訳をしますね。あれはほんとうだと思うんです。「経営がうまくいっていない」という情報は上に上がってこない。それは経営者の失敗を意味するからです。経営者はそんな情報は聴きたくない。だから下の人間は上げないし、仮に上がってきても経営者は聴き落とす。

それと同じことが育児でも起きていると思うんです。子どもが心身に不調を来して、危険信号を出している。でも、それを聴取してしまうと、自分の育児が失敗したことを認めなければいけない。それは認めたくない。だから、子どもの発信する「助けて」というシグナルに目を閉じ、耳を塞いでしまう。

そういう鈍感な親と暮らしている子どもは確実に心理的に壊れていく。
確かに、そうかもしれないと思いますね。多くのお子さんを育てる職業に就いてらっしゃる方々が、「自分の子供の非を認めず、逆に不満を述べる親が多くなって困る」とこぼされるので‥‥

ともあれ、「世の中は自分の思い通りにはならないモノである」という大前提を忘れ、「自分の都合に世の中が合わせてくれないとイヤだ」というある種のワガママが容認されやすい時代になったというコトでしょう。

幾ら金のタメでも、昔は理不尽な要求には「No!」と言う、気骨のある人も多かったですからね。でも、そういう骨のある人が居たから、「金で何でも買える」という幻想を抱かなくて済んだのだと思います。ともあれ、本当に大事なモノは、ナカナカ金では買えず、でも「赤貧洗うが如し」では、世の中は冷たいという実に複雑怪奇なのが、現実ですから。世の中をテキト〜に世渡りするという、「テキト〜」が難しい時代なんだとつくづく思います。  
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2007年08月17日

人間は進化し続けているのか?

アキバで双子の兄と妹が、恐喝したという事件を知って、先に紹介した本の前の本(他人の心を踏みにじる人々)の記述を思い出した。
反社会的パーソナリティ障害が形成される家庭では、親たちは養育を放棄し、ほとんど子どもの指導を行わない。「親が目の前で自分の行動を注視している」という心理的環境になく、放りだされて、自分で何とかやっていかなくてはならない子どもは、同時に「自分は誰の制約も受けずに独立している」という感覚でいるから、気楽でもあり、やりたいようにやることができる。

親の制約を受けないということは、試行錯誤する上で、子どもが参照できるモデルも存在しないということである。

子どもは優しさを体験することができず、「拒絶されている」「放っておかれている」という感覚をますます強め、「欲しいものは自力で手に入れるしかない」という信念を形成する。結果的に「愛され、与えられる」という可能性を放棄し、ものを得るためには、「奪い取り、所有する」ことのみが唯一の手段だと学習してしまうのである。

他人に気に入ってもらっても何も手に入らないのだから、「他人の欲求や感情に感心も持つべきでない」とも考えるようになる。彼らは、クールな無関心さを示すようになり、自分勝手に邁進し、タフで、周囲に対して略奪的なアプローチを行う傾向を現わすのである。
という感じなのかもしれない。そして、昨日紹介した本でも語られていた、ネオトニーという言葉(幼形成熟とか幼態成熟と訳され、どうぶつの成長が一定の段階で止まり、そのままおとなになって生殖をいとなむ状態をいう)なのですが、それが必ずしも未来をバラ色にするワケではナク、人類の終幕を暗示するような、不気味な灰色の世界を想像させると述べている本があります。
日本人の顔―小顔・美人顔は進化なのか
そう考えると、昨日の本の中で、ネオテニー化が進んだモンゴロイドは人類で一番「進化」しているとも即断出来ないなどと思うのです。

ゆえに、人生を良くする努力は、各々が自分に対して、マタ、周囲の人々に対してするべきであり、その結果として現れるのだろうと思うので、何があろうとたゆまぬ努力が大切なんだろうという、かなり当たり前の結論に辿り着くのであります。  
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2007年08月16日

HQを高めるには

このブログを読む人は、もうHQを伸ばす最適期と言われる幼少期を過ぎていると思われますが、脳を刺激すれば、ある程度はなんとかなるらしいので、ゼヒともチャレンジして頂きたいです。

○御飯を主食として、魚と豆などの伝統的日本食で、豊かな栄養を摂る

○常に目的や夢を持ち、未来志向に生きる

○知識や経験による記憶を増やし、それを活用する

○文章を速く読むトレーニングをする

○新聞の社説を読み、記憶をもとにそれを要約し、批判する

○豊かな社会関係を求めて、社会と積極的に関わる、「恋」をする

○右脳を使うために、芸術的な趣味を持つ

○旅をする

○新しいことへのチャレンジなど、ときに適度なストレスを求める

○股関節を柔軟にする

○エアロビクス、ウォーキングなど有酸素運動をなるべく毎日行う

○細かい手作業をする

○早寝早起きを心がける


だそうです。自分で自分に栄養を与える努力が大事なんだろうと思います。出来そうなコトから、やってみて下さいね。  
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2007年08月15日

幸福になる人、ならない人

対照的な二冊の本を読みました。
平気で他人の心を踏みにじる人々―反社会性人格障害とは何か
幸せになる成功知能HQ―日本人の脳の進化の秘密
最初の本は、犯罪者の幼少期を考えると、とても問題のある家庭が多い事を教えてくれましたし、後者は幼少期の大事さを教えてくれました。

HQと言う言葉は初耳に近かったのですが、「超知性(Hyper-intellect)」または、「人間性知性(Humanity intellect)」という意味だそうです。

脳科学的には、ワーキングメモリ過程を中心とした、「脳内・脳間操作系」であると言われ、行動や決断に必要な様々な情報・記憶を、一時的に保持しつつ組み合わせ、行動や決断を導く脳の働きが、HQで、他の人々の脳の活動も、言葉や表情、動作などを通して読み取り、その相手に適切に働きかけるのも、HQの機能だそうです。

HQの働きは、「自我」の働きと言うこともでき、基本的な目的は、「自然環境や社会の中で、うまく生きていくこと」、「人間として成功し、幸福になること」、つまり「社会の中でうまく生きて、最愛の配偶者を得て子供をつくり、きちんとした成人として育てること」が目的らしいのです。

詳しくは、明日書き込みますが、こういう話を読むと、生れ落ちた家の教育で、人生の大半が決まる様で、ツラクなります。

教育改革と言いますが、まずは「間違った親の教育を正す」、それも、こうした情報を多く流すコトで親に気付かせるべきだと思います。

犯罪者になった多くの人々は気の毒で、それに巻き込まれた人は、もっと気の毒です。

タダ、世の中の成功した人々にも、HQの欠落した人がかなり存在していて、世の中を疲弊させている感が無くも無いのですが‥‥  
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2007年08月14日

天と地と自分

昨日は概略も書けませんでしたが、御二人の会話を読んでいると、様々なコトを考えます。

誰しも、「気」の達人になれるとは思いませんが(商売柄、セミナーへの勧誘はスゴイです)、読んでいると気分が洗われる気がします。
ひとりで砂漠をトボトボ歩いていて、ふっと、なにげなく空を見上げると、巨大な青い目が、私を見つめているのです。巨大なドーム型の青い空が、突然、そんな迫りかたをするわけです。
こんな体験をしたコトはありませんが、子供の頃、山菜取りに山へ入ると、近くに親は居ても、互いに山菜を取っているので、声は届いても姿は見えない距離にまで離れる場合があります。そんな時に、手を止めて、大空を見上げると、この自然の中にただ一人の様な感覚に捉われ、人間の小ささを感じました。

反対側の山を、滅多に通らないバスが行くのを見ても、まるでミニカー並みの小ささで、大自然と比べたら、人間などとても豆粒みたいに思え、謙虚な気持ちになったものです。

ゴミゴミした、街中に住んで居ると、そんな気持ちが薄れ、傲慢な気持ちになるのも理解出来ますが‥‥

しかし、地球誕生からみれば、人間がこの世に生まれてごく僅か、大地と共にある自分というモノを感じるコトこそが、健康への第一歩ではないかと思います。

念ずる力とか、心に付いて考えるのも、「お盆」にはイイかもしれませんね。

ココでも、勧められているのが、腹式呼吸。手軽に出来る「健康法」なので、やってみて下さい。しっかり吐いてから、ゆっくり息を吸うのが効果的ですから。  
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2007年08月13日

「気」を考える

「気」と言われて何を想像するかは、人それぞれですが、科学の話の次に全く違う本を読んでみました。
気の発見
本日は、休み前で忙しく、加えてお盆の用意もあったので軽めに‥‥

明日、じっくり書きます。昨日の科学万能主義的なモノとは大違いで、心が癒されました。

人間が、世界に対して謙虚でなくてはならない。

親鸞聖人の絶対他力を思わすフレーズがイッパイです。

お盆にピッタリかも。色々な宗教の根源に、「気」の存在を感じます。

ともあれ、本日疲れていて、上手い言葉が見つからないので、明日ゆっくりと。

本日は、とても短いですが、オヤスミナサイ。  
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2007年08月12日

クローン技術を考える

最初に断っておくが、ワタシは自分のクローン人間を作りたいとも思わないし、何故クローンにこだわるのかが心情的に理解出来ない。

少なくとも、クローンに完璧を期すのが理解出来ないので、もし、死んだ子供を生き返らしたいとしても、卵子を初期化して全く同じ子供に固執する気持ちが判らないのだ。少なくとも、誰かの卵子の中に、死んだ人間の核を入れて、卵子の遺伝が多少入った、類似人間という考え方ならば、ある程度は理解出来なくもナイが‥‥全く違わない人間が、この世に複数存在するというコトを考えるのは、正直気味が悪いと感覚的にそう思ってしまうのだ。
クローン人間誕生以後―世界の経済と社会は超変化する
しかし、全く相手の考えを理解しようともせずに、批判してもイケナイので、クローン人間に肯定的だという本を読んでみた。

試験管ベビーが受け入れられたのだから、クローン人間もも受け入れられるだろうとの考えは、かなり飛躍し過ぎていると思う。少なくとも、試験管ベビーは、一般的な子供の誕生のメカニズムと大した違いはナイと思う。父がいて、母がいて、そして産んでくれる人がいる。子供は、父親とも、母親とも、産みの親(母親と同一の場合もあり、違うコトもあるだろうが)とも、遺伝的に同一ではナイ。

人間の尊厳というものは、他者とは違うというコトにこそ在ると思うので、多少なりとも違うのであれば、場合によっては容認するというコトもありえるが、無理やり同一にしたいという気持ちが理解出来ないのだ。

過去から未来に続く生命を考えると、進化しているかどうか、それが正なのかどうかも含めて、「一度きり」であるというコトにこそ、人間の貴重さがあったりするのであって、「ゲームオーバー」になったら、再び最初からという様な、ゲームみたいな人生では、「生きる」というコトの価値が希薄になってしまう。

「不可逆性」こそが、人生の妙味だと思うワタシには、こういう考え方もあるのだとは理解したが、決して受け入れ難い考え方だった。

明日から、「お盆」。先祖が存在して、現在の自分があり、そして子供へと続く人生の流れを考えるには、意味があるテキストだったのかもしれないが‥‥  
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2007年08月11日

よい依存

「依存」といわれると、「イケナイ事」と思いがちになりますが、そんなコトはありませんと言っている本があります。無論、『悪い依存』について、多くを語られているのですが、我々はどちらかというと、「コレはダメ」というコトは指摘したり、されたりしやすいですが、それよりも、良いコトを覚えて、それを実行する方が効率的だと思います。
よい依存、悪い依存
この本は、依存は、悪いと決め付けるのではナク、努力を重ねても困った事態が解決できなければ、他人や組織の手助けを求める様な依存は、恥ずかしい行為でも、禁止されるべき行為でもない。精神医学の立場から見ると、依存は人間が生まれつき持っている、こころの安心や肉体の満足を求める行為であり、我々は、組織や他人との関係に依存しなくては、生き延びることは不可能であるコトを素直に認めるコト。そして、自立とは、周囲の人びとに支えられながらも、自分の行動を支配されず、主体的に決められるコトだと述べている。
「人」という字は、人と人が支え合っていることを意味すると指摘されることがある。人は支配することなく、束縛されることなく、かかわりあいのなかで自分の生き方を示そうと試みる。
依存は否定されるべきではない。

私たちは、底知れぬさびしさに耐えられなくなった時、人にしがみつきたくなる。身内から安心を受けとれず、安心の乏しい人に、しがみつく依存は認められやすい。彼らの多くは、幼児期に母親との心理的な呼吸合わせがうまくいかず、自分を見守ってくれる母親のイメージをこころのなかにつくりそこなっていた。
この依存では、相手の立場を考えない。自分の安心のために、どのように相手を利用するかを密かに計算している。自分のことを誰よりも優先する。相手を思いやるような態度も、そうすることで見返りをたくらんでいる。
というコトで、我々が求めるべき依存はどういうモノなのかを端的に説明してくれています。

「和をもって貴しとする」という言葉は、広く知られていますが、この言葉は「和して同せず」とセットでなければならないと、何時も思っています。他人と別人格だから、支えられるのであって、まったく同化してしまったら、困難な時に支えられません。互いに支えたり、支えあったりしながら、互いに仲良く楽しく生きるコトが一番大事なんだろうと思います。  
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2007年08月10日

眠り改善プログラム

以前、書いた「第二のあずみの観光バス事故」ともいえる、運輸会社のトラックによる二人が死亡して、何人かの重軽傷者が出た事件は、長野県内で起きたタメか、ホトンド全国的には話題にならないママ、トラック会社は数台を百日足らず運行禁止といった程度の処分で終わる見込みです。

会社が長時間労働をさせていたというコトでの処分なのですが、とにかく他人を殺した場合に、何故か自動車だと罪が軽くなり過ぎている様な気がします。あまり厳しすぎると、確かに運転するのが怖くはなりますが、そうは言っても単なる過失とそうでナイものに、もっとチャンと線引きした方がイイのではないでしょうか?

自動車で殺されると、加害者は大した罪にならないのですから、被害者は本当にバカバカしいと思うハズです。クールな見方をすると、通り魔に殺されるよりは、保険金が出るだけマシなのかもしれませんが、そんなモノじゃないと思うので‥‥

しかし、アメリカでも国家安全運輸委員会が、運転手が死亡する事故の最大原因は疲労と認定し、睡眠時無呼吸症の可能性が指摘されても、改善は図られているとは言い難い様だ。一般的にトラック運転手の睡眠時間は、本来取るべき長さよりも二時間も少なく、午後の早い時間と早朝に事故が起きやすいというコトだけは知っておいた方がイイだろう。

さて、眠り改善プログラムだが、よく考えたら、ゆっくり書くには、本の返却日が近付き過ぎている。なので、手軽に出来るコトだけを、かなり抜粋して書き込むコトにしよう。詳しく知りたい方は、本を図書館に予約するか、購入希望を出して頂きたい。時間が許せば、再び借りて書いてもイイのだが、保証は出来ないので。

1・夜になったらテレビやパソコンと距離を置く
2・昼間はなるべく太陽を浴び、心身ともに活発に過ごす
3・午後の仮眠を積極的に、かつ夜の眠りに支障が出ない程度に取る
4・カフェインをチェックする。カフェイン断ちが出来るなら、その方が良い。
5・夜のマッサージは有効
6・睡眠時間や夢を把握し、気分や覚醒度に注意を払おう


以上を実行し、「睡眠」をなるべく優先する生活に転換すれば、人生は輝いて来るハズだ。そして、睡眠時無呼吸症などの可能性があり、睡眠に不安がある場合は、必ず専門医の診察を受けよう。人生をもっと良いものにするタメに。  
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2007年08月09日

必要な睡眠を取る

睡眠に入るまでの時間が判ったら、今度は自分に最も適した睡眠時間を知ろう。

その方法は、大体の睡眠時間を見積もるコトから始めるのだという。
たとえばそれを八時間としよう。次に、ベッドに入ったらすぐに眠れそうな時刻を就寝時間に決める。ここでは仮に午後十一時とする。寝つくまでに一五分かかるとして、目覚まし時計を午前七時一五分にセットしておく。
このパターンを何日か続けて、昼間の自分の様子を観察する。とくに仕事の能率が落ちるときや、昼食後、また車を運転中に、どれくらいの眠気を感じるだろう。

テレビを見たり、本を読んでいるときに、つい居眠りをすることはないか? さらに午後の時間帯に睡眠潜時も計ってみて、その数値が数日のうちに変化しないか調べる。

毎晩同じだけ睡眠を取っているのに、昼間にだるさを感じるようであれば、それは必要な睡眠時間に達していないことを意味するので、三〇分だけ眠る時間を増やしてふたたび観察を続けよう。反対に眠気が消えて、居眠りすることが減ったならば、それまでにかなりの睡眠負債を抱えていて、その返済が始まったことになる。とくに変わらなければ、だいたいそれが必要な睡眠時間だ。
そこまで行ったら、睡眠改善プログラムに入ろう。第三週に渡って睡眠を改善するのだ。それには、相応しい三週間を選ぶコトから始めなくてはならない。何故なら、眠りとほかの用事がぶつかるときは、かならず眠りを優先させる必要があるからだ。そうでなければ、プログラムは成功しない。

面倒な人は、とにかくひたすら眠るダケだ。睡眠時無呼吸症でなければ、それで大丈夫。しかし、寝ても寝ても眠い時は、睡眠時無呼吸症を疑おう。そういう場合は、自分で解決するのは難しい。

睡眠外来の門を叩こう。イビキが五月蠅い人は、特に要注意だ。乗り物を運転中に、居眠りなどしたら、怖ろしいコトが起きる。浅い眠りで、人生の大半を潰すのは、モッタイない話だ。良質な睡眠を効率的に取るのが一番なのだから。

明日からは手短に、睡眠改善プログラムを紹介しよう。  
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2007年08月08日

睡眠時間は人それぞれ

かなり睡眠不足の人が多いみたいですので、次に睡眠潜時反復テスト(MSLT)というのをやってみてください。ちゃんとしたのテストは専門のトコでやるのですが、簡易テストのやり方が書かれてます。
照明を落とし、カーテンを引いた暗い部屋で、いつもの寝巻きか、楽な服装でベッドに横たわる。どちらかの手で金属のスプーンを軽く持って、すぐ下の床に皿を置いておく。時刻を確認してから、リラックスして眠たくなるのを待つ。やがて眠りの段階に入り、筋肉が弛緩すると、持っていたスプーンが落ちて皿に当たる。かなり重い睡眠障害でない限り、その音で目がさめるはずだ。こうして最初に見た時刻と、起きたときの時刻から、睡眠潜時を割り出すことができる。このほかに、そばにいて気にならない人に観察してもらう方法もある。
クリニックや実験室でのMSLTは、午前一〇時から二時間おきに計って、午後六時で終了するのが普通だ。家庭で実施する場合は、午前一〇時、午後一二時三〇分、午後六時の三回できれば望ましいが、二回しかできない場合は午前一〇時と午後一時にする。夜にMSLTをやらないのは、この時間帯の睡眠潜時が、睡眠負債よりも年齢に大きく左右されるからだ。たとえば午後八時に若い人がすぐ眠ってしまうことはあまりないが、高齢者なら簡単に眠りに落ちるだろう。
できれば数日間にわたってMSLTを行ない、平均値を出してみよう。あなたの睡眠潜時は次のどれに当てはまるだろうか。

一〜五分
睡眠不足がはなはだしい状態。無呼吸や不眠症といった睡眠障害の可能性が高い。まったく治療を受けていないナルコレプシー患者もこの範囲に入る。

五〜一〇分
明らかに睡眠不足。体内時計による覚醒の働きかけが弱まる時間帯、また車の運転中や休息中に強い眠気に襲われることがある。

一〇〜一五分
睡眠負債は管理できる程度のレベル。仕事に熱中すると眠さを感じないこともある。

一五〜二〇分
睡眠負債はまったくないか、あってもわずか。もしくは、テストをしたのが覚醒時のピーク時だった。

二〇分を過ぎても眠れないときは、眠気がまったくない状態なので、そこでテストを終了する。

ある意味で最も望ましい睡眠潜時は、一〇〜一五分程度だろう。というのも、睡眠負債はまったくなくても困るからだ。健康な人の場合、睡眠負債が数時間程度だと、睡眠効率は八九〜九五パーセントに達する。つまりベッドに入っている時間のうち、目が覚めている時間の割合はわずか五〜一一パーセントということだ。ところが睡眠負債がゼロになってしまうと、効率は六〇〜八五パーセントに落ちる。これは不眠症と同じレベルである。
さて、明日は、一日に必要な睡眠時間の調べ方について。  
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2007年08月07日

眠りは最高のスタミナ源

さて、昨日はインターネット接続が不安定になってしまったので、大事な部分が書けませんでしたが、それでも停電しそうでしなくてラッキーでした。息子が自転車で少し離れた古本屋に行ったら、ズッと停電していたそうです。

睡眠負債を確かめるテストの前に、眠りの大切さを書き込んでおきます。

寝る子は育つというけれど、脳の発達には夢を見るレム睡眠が大切だ。新生児の場合、眠りの約半分がレム睡眠。若いおとなは約25パーセント。睡眠時間もホボ新生児は倍眠るのだから、一日に約4倍以上胎児や新生児はレム睡眠をとっている計算になる。

しかも、長生きの秘訣は禁煙よりもよい眠りであり、風邪もひきにくく、免疫も活発になり、やる気も出て、気分もスッキリ、記憶力も増大し、創造性も後押ししてくれるという。
睡眠を減らすことは得策ではないし、それを長期間続けることは不可能だ。睡眠不足のときは、考えがなかなかまとまらず、つまらないミスをしやすい。それが慢性化すると、まちがいなく作業効率は落ちる。

必要な睡眠時間は体温と同じようなもので、人それぞれできっちり決まっている。後から変えられるようなものではないのだ。当座はいろいろごまかして、睡眠時間を減らした生活に適応できたと思うかもしれない。しかし積み重なった睡眠負債は、かならず後から追いついてくる。
慢性的な睡眠障害に苦しむ人たちを毎日見ている私からすると、彼らは身をもって睡眠の大切さを教えているようなものだ。だから健康な眠りを得られるはずの人たちが、その贈り物をおろそかにしているのは、悲劇的としか言いようがない。
とまで、書かれている。では、睡眠負債測定テストをどうぞ。

次の状態のときに眠ってしまうかどうか、0点から3点までの範囲で答えてください。

0点=眠くならない。
1点=たまに眠ってしまう。
2点=わりと眠ってしまう。
3点=ほぼ確実に眠ってしまう。

・すわって本を読んでいるとき
・テレビを見ているとき
・劇場や会議の席など、ほかの人もいる場所で何もしないでじっと座っているとき
・一時間続けて車にのっているとき(運転はしない)
・午後ずっと横になっていてもいいとき
・座って誰かと話をしているとき
・昼食(アルコール類はなし)のあと、じっと座っているとき
・車に乗っていい渋滞に巻き込まれ、数分停止しているとき

合計点
0〜5点   睡眠負債はゼロか、あってもごくわずか。
6〜10点   中程度の睡眠負債がある。
11〜20点  重い睡眠負債がある。
21〜24点  睡眠負債は限界に近い。

まずは、このテストで確かめてください。問題がありそうな人が多そうなら、もっと詳しい話を。  
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2007年08月06日

睡眠はメチャメチャ大切

今、長野市は台風並みの突風と大粒の雨、雷の襲来を受けております。そのタメか、本日、とても忙しい一日でした。

ともあれ、こんな天気になる前に、一日の仕事が終わってとてもラッキーでした。昼間は35℃近くまで気温が上がったり、本当に異常気象なのかもしれないと思います。あまりイイ気になって、人間が地球の環境を破壊しているから、地球が逆襲しているのかも、なんて思ったりもしますが、人間も原始時代の様にしっかり眠るコトが、とても大切なのだと教えて貰えるのが、この一冊。
ヒトはなぜ人生の3分の1も眠るのか?―脳と体がよみがえる!「睡眠学」のABC
脅かすつもりはナイけれど、こんなに睡眠が大事だとは思わなかった。何故なら、眠りというモノが不足すると、それが「負債」になり、借金地獄みたいに「返済」をしないと、ドコまでも責め苛まれるなんて、全く知らなかった。

確かに、寝不足になると、眠いし大変だけど、それが何日も持ち越すものだなんて知らなかったし、体内時計を狂わせてしまうと、睡眠障害にまで発展するとは思わなかった。

どちらかというと、眠くて眠くてたまらない時は、とにかく寝てしまう方なので、まさか、そんなに睡眠が大事とは思わなかったし、タマに不眠症ぽくなったコトは過去にあっても、それが何日も続いた経験など無かったので、軽く考え過ぎてしまっていた様だ。

夢を見させナイとどうなるかとか、色々な研究があって、我々に教えられたコトは、とにかくきちんとしたライフサイクルを確立して、規則正しく寝る必要性です。

さて、雷も去り、インターネットにアクセス出来なくなった状態から解放されましたが、まだ少しゴロゴロ鳴っています。詳しくは明日書くコトにして、送信できる内に、短いですが、本日の更新してしまいますね。  
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2007年08月05日

死体農場?

さて、本日ガラッと変わった本の話です。この本、パスしてしまおうかとも思ったのですが、やっぱりこういう方々が居るから、世の中の進歩があるのだと思うので、敬意を表して書き込んでおきます。
実録 死体農場
「実録」とあるので、「?」と思って手に取ったのですが、どうも、パトリシア・コーンウェルの「検屍官」シリーズ『死体農場』というのがテレビで話題になったので、そのモデルになった法医学施設の実録をノンフィクションでとなったみたいです。

日本でも話題になっている「保険金殺人」かどうかを暴くタメには、法医学や人類学が必要になるのですが、米国で活躍する人の半数が、影響を受けたと言われるホドの人物の話です。

おそらく五人を殺害したと思われる人物が居ても、それを立証できなければ無罪になってしまいます。

米国では、多くの生命保険は二年の待機期間がもうけられているそうだが、自分で殺したであろう仕事上のパートナーの保険金が支払えないと言われた時に、「待機期間は知らされてなかった」として、保険金を訴えるぐらいの人物だから、普通では信じられない行動を取る。

二人のビジネスパートナーを殺した可能性は合っても、逮捕されなかった男は、再婚した妻の息子とその妻を刺殺し、その子供の四歳の幼児を絞殺した疑いで逮捕され、裁かれた。モチロン、保険金が目的だったのだが。

人間の遺体が、どう損傷するかというコトを調べるタメに、死体を自らの献身的な選択として、死体農場(これは通称であり、正式名称ではナイ、正式にはテネシー大学人類学研究施設)に死の何ヶ月、場合によっては何年も前に予約して、寄贈した人々の肉体を様々な状況で、どう変化するか研究する施設があるのは、ビックリだったが、その研究結果が決め手となって、殺人鬼は有罪となった。(詳しく知りたい方は本で)

我々が知らない所で、地道な研究が進められているから、色々なコトが判るのだとは理解したのだが、あまりホラー関係の話を好まないワタシには、書いててあまり楽しくはナイ話題であった。

少なくとも、悪事はやがて露見する可能性が極めて高いのだから、やはり人間は、真っ当に生きるのが一番良いのだと改めて思ったが、幾ら人類のタメになっても、ちょっと敬遠したい様な職業に就いて、日夜、努力している人がいるのだと感服した。  
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2007年08月04日

本日はとても忙しい‥‥

とっても更新が遅くなりました。本日は、主人の母の82回目の誕生日、そして、娘が「ながのびんずる」というお祭りで、クラスメートに混じって踊るというので、午前は仕事して、午後は誕生日祝い、そして約三時間踊っている娘をこの後、迎えにいかなくてはなりません。

最近、硬過ぎる本ばかりだったので、ちょっと気晴らしに読んだのが、こちら。
トウキョウ・バグ
昨夜の本の中に、感情労働のグローバリゼーションが広がっているという記述がありましたが、それを小説で書き綴ったような感じです。

製造業や建設業の単純肉体労働から、メイドや子守、セックスワーカーなどの感情労働にメキシコ、スリランカ、フィリピンなどの、いわゆる第三世界から、毎年、何百万人と出稼ぎに出る。

日本でも、フィリピン・パブや、「嫁不足」の地方では、外国人花嫁を迎えたり、今や、看護師や介護職員として受け入れるコトになっており、第三世界から搾り取られる主要資源は、いまや金銀ではなく、「愛」なのかもしれません。と書かれていたのを、裏付けているみたいです。とてもシュールに。

その見返りというワケではないのでしょうが、家族のタメに日本で稼ぎたいと、お金に執着する外国人の必死さは、日本の戦後のコロを思わす様な感があります。

こういう本を読むと、お金のタメに命を賭けずに済む幸せを感じると共に、今の日本の生ぬるさも感じます。

現在の日本を例えて、「釜で茹でられているカエル」と言われたりしますが、このままで生き延びていけたらイイが、本当に大丈夫なのかと一抹の不安すら覚えます。

ハングリー精神が失われたというコトは、ある意味でとても幸福なのかもしれませんが、裏返すと、とても不幸なのかもしれませんね。  
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2007年08月03日

家族よりも職場を好む人々

少子化の原因は、今まで色々な場所で語られて来ましたが、このEIの問題と絡めると、より理解しやすくなるのだろうと思います。
感情社会学者ホックシールドもまた、いまや、全世界的にワーカホリック化が進んでいると警告を発しています。
職場は孤独な人々を引きつけてきましたが、結婚し、子どもをもつ人が家庭に戻れば、結婚生活を維持し、育児や家事をするという厄介な仕事が待っています。ホックシールドは、そのためにかえって家庭がストレスの元となり、職場のほうが刺激や帰属意識を与え、情緒的ニーズを満たしてくれる場となっているというのです。
その結果、人々にとって、家庭でおこなう家事や育児といった複雑な感情ワークのほうが犹纏瓩砲覆辰討靴泙ぁ居心地のいい職場が"家瓩砲覆辰討い襪隼愿Δ靴泙后職場がますます結婚、育児、家事からの避難所になってきつつある、と彼女は述べています。
そういう社会ゆえに、六〇年代以降、社会的信頼(大半の人は正直であるという信念)は徐々に低下しており、とくに八十年代以降、加速していて、若い世代に影響が出て、路上での「暴力的、攻撃的な運転」の増加、駅員や通りすがりの匿名の他者への暴力は、社会全体の「薄い信頼」の低下の結果と指摘されています。
EI(エモーショナル・インテリジェンス)の一つ、感情に関する情報処理能力は、相互交流的なさまざまな感情体験を通して育つものです。感情的葛藤があっても、表面上は何事もないかのようにふたをしていたり、テレビやゲームがお守りをしてくれるような生活では、豊かなEIが育つとは思えません。
だからといって、「女性よ、家庭に戻れ」あるいは「男性よ、家庭に生きよ」と呼びかけ、"愛の労働瓩魘いる時代ではもはやありません。
と、書かれています。

とはいうものの、昨今の労働状況の悪化は、子供に決して良い影響を与えるとは限らないのではないかと思います。保育園や児童館は、年末年始以外に休まずに子供の面倒を見るのが当然になり、親が無理して休みを取らなくてもヨクなったコトは、親の労働という面から見ると、良いのかもしれませんが、預けられている子供に対する精神的な影響は如何なものでしょうか?

子供を持つ人々が、職場を休みやすく出来る様に、余裕を持って働くというコトは、リストラが進行した現在の日本では、より難しくなりつつあります。だから、社会的保育が進むコトはイイことではあるものの、反面、仕事優先の傾向に拍車を掛けてナイでしょうか?

抜本的な教育改革とか、家庭の大切さというモノをお題目として唱えるのは簡単です。しかし、子供を産み育てる時期には、安心して家庭で子供と向き合う余裕を持たせ、子供が親の手をさして必要としなくなった時には、安心して職場に出れる様な社会を構築しなければ、全ては「絵に描いた餅」でしかありません。フリーターで、安定的な職場に就業出来なければ、結婚も経済的に難しいでしょうし、子供を育てるコトはもっと無理に近いでしょう。好んでフリーターをしている人はともかく、正社員化したり、正社員といえども、残業時間の抑制、ましてサービス残業から解放がなければ、少子化はドンドン進むばかりでしょう。

そういったコトに対する、抜本的な政策転換を今だからこそ、考えて欲しいものです。  
Posted by seitaisikoyuri at 17:55Comments(4)TrackBack(0)

2007年08月02日

世の中そんな甘くナイ

昨日、書き終わってから、そうだ八月一日なんだと思ったのが、昨日からブログの最後に自動的に広告が掲載されてしまうコトになっていたんだと、改めて気付いたコト。このブログは無料版で、今まで『タダで書かせて貰っててイイのかな』とは思っていたのだから、マ、仕方ナイかとは思っているが、アフィリエイトを拒否してきたので、ちょっと残念でもある。

それでも、「タダより高いモノはナイ」から、『広告して帳尻が合って、このまま無料で書かせて貰えるならヨシとしよう。引っ越すのは面倒だし。』と思っている。ともあれ、広告に関しての責任は取れないというコトを、改めてトップに書いておきます。別に、こちらには一銭も入って来てナイのだから、買って頂いても関係ナイので。

ウソみたいは話の大半はウソでしょうし、「世の中はそんなに甘くナイ」というコトだけは、念頭に入れて置いてくださいね。この国のトップみたいに、非常識な「ワガママ」が通ったり、「楽に生きられたり」出来るのは、本当に一握りの人間ですから。

さて、本題で昨日のブログを読み返して、感情労働というものを理解し難かったかと思うので、簡単に定義すると、「自らの感情を殺しても、その場の雰囲気に合わせるコトを強要されて働く仕事」というコトでしょうか。日本では、特にそうです。アメリカでは、「そんなコトまでする必要はナイ」というコトになってきていて、仕事さえしていれば、愛想など関係なくなりつつあるらしいのですが。

職場によっては悲しくても笑い、嬉しくても悲しまなくてはならない場合があります。そうやって、仮面を付け続けていると、自分の本来の感情を見失い、ストレスの発散が出来なくなるというのです。

そして、ココで問題にされているのが、感じる知性=EIです。

EIの定義は研究者によってさまざまだそうですが、メイヤーという方々は
能力としてのEIを、
(一)自己と他者との感情を性格に知覚し、表現する能力
(二)思考を促進するために、感情を他の感覚や知覚と結びつける能力
(三)感情とその意味を理解する能力、文脈を読み取ったり、解釈したりする能力
(四)自己の感情を管理し、他者の感情に対応する能力
の四つの領域に分類しています。
と書かれています。そして、
たしかに、感情労働に欠かせないのは、なんといっても自分の感情を管理し、他者の感情に対応する能力です。自己の感情を正しく知覚し、表現する能力がなくても、そして自分や相手の感情の意味が必ずしも性格にわからなくても、自分の感情をコントロールできれば、少なくともマニュアルに沿った感情労働をおこなうことは可能です。
けれども、マニュアルにはない対人関係のスキルがなければ、実際には職場でうまくやっていけないのも事実です。
現代はEIが育ち難い時代になっているコト、そして、それが今起きている若年層の問題にも関連があるのではないかと示唆されています。

その辺の「職場と家族」の問題を、改めて明日書いてみたいと思います。  
Posted by seitaisikoyuri at 11:57Comments(4)TrackBack(0)

2007年08月01日

感情労働というもの

「飽食の時代」と呼ばれる日本の今、北九州市で男性が餓死した事件は記憶に新しいと思うが、似た様な時期に公立の医大のHPに、患者を馬鹿にした様な写真が貼り付けられていたのを発見してネットで話題になったり、看護師や介護師による虐待など、世の中には信じたくない話題がある。

そうした問題にあえて正面からぶつかって、書かれた本があります。
ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか―感情労働の時代
ともあれ、何事によらず大概の仕事は感情を押し殺して、相手に合わせるという感情労働をしていると言えるし、こうした本で、取り上げられにくい主婦という仕事にしてもそうだと思います。

「お母さんが元気じゃないと、家庭が暗くなる」なんてコト、ヨク言われますが、お母さんだって人間だから、弱音も吐きたいコトもある、というコトを言えない人々が多いと、仕事を通じて日々思わされたりします。

北九州市で男性が餓死した事件も担当を責めるだけで再発防止が出来るかと言えば、
一九九三年のことですが、福祉事務所のソーシャルワーカーたちが生活保護を受けている人々との日常を川柳にして、自分たちの自主的な研究団体の機関紙に載せたのです。それがどこで漏れたのか、マスコミの目にとまり、社会的弱者を笑い者にしたと非難され、大騒ぎになりました。
知り合いのワーカーに聞いたところによれば、この川柳をつくったのはワーカーの中でももっとも良心的で、仕事熱心な人たちだったそうです。

彼らが川柳を機関紙にのせたのは、「胃に穴が開くほどの毒を持ったエキスを、五七五の川柳に託して表沙汰にし、成仏させたかった」というのが動機でした。

問題の川柳のなかには「金がない それがどうした ここくんな」というものがありましたが、きっと直接そう言ってみたかったに違いありません。でも、それを面と向かって言うわけにはいかず、ごくりと呑み込んでいるからこそ、胃に穴を開けるほどの「毒」になってしまう
のだろうと推察されています。このことからも、判る様に現場でのストレスはかなりあり、それを解消するだけの手立ても無ければ、似た様なコトは再び起こるでしょう。

少なくとも、生活保護で支給される額よりも、国民年金の満額が少ないというコトを考えると、生活保護も今までの様な、一律払いではナク、ある程度は実費計算をした上で払うとかして、薄くても広く救済するコトを考えたり、働いて得た収入分は単純に減額するのではナク、働いた分の何割かはボーナスみたいに支給したりして、勤労意欲が湧く様にして欲しいと思います。(こういうものコソ、抜本的改革が必要なのだと思いますが、変な改革を改革だと強引に押し通すコトばかりしているのではないかと、疑いたくなるのですが‥‥)専門ではナイので、これ以上どうすべきかなんて言えませんが、ボーダーラインの人をなるべく多く救いつつ、その方々と相対する仕事でストレスに負ける人達のケアをするみたいな財政的な裏づけも必要でしょうし、この問題は難しいと思います。

聖職と呼ばれる人ほど問題を起こしやすいのは何故なのか、というコトが簡単に理解しやすくなる本です。タダ、だからといって、問題を起こされては困るので、国民も非難するだけじゃナク、問題を深く掘り下げて考えないとイケナイと思いました。明日、もう少しだけ、この問題について。

追記・本日からグーグルの広告がブログの下に自動的に掲載されるコトになりました。そちらについての責任などは取れませんので、御了承ください。  
Posted by seitaisikoyuri at 16:29Comments(4)TrackBack(0)