2007年09月30日

地震の時、どうします?

明日から、地震が起きる何秒か前に、速報が流れる様になるそうですが、それだけでは不十分じゃないのと、この本を読んだ人は必ず思うハズです。少なくとも、原子力のコトが問題になってナイので、おそらく本当の地震が起きたら、この本よりもスゴイ惨事になるだろうと思いますけど‥‥
M8(エムエイト)
この前の柏崎原発のコトを考えると、この小説でシュミレートされただけで済むのは、かなり難しいとは思うのですが、少なくとも、地震の前の何十秒前では、おそらく大したコトは出来ないでしょう。それでも、火を使っていて警報を聞くコトが出来た、極一部の人だけは消火できるのですから、無いよりはマシではありますが、外れたとしても、もっと早くからの地震予知が必要だと思います。

少なくとも、「この一週間はこの周辺で注意が必要です」くらいの緩やかな注意報が出ないと、大惨事は防げないでしょう。外れたとしても、本当はその方がイイのですから、「オオカミ少年」になる可能性があったとしても、そちらの方向で地震を考えないと、おそらく防災は無理でしょう。

高速道路とかで、明日から始まる地震速報を聞いて急ブレーキを踏んだとしても、事故を回避出来る可能性は、かなり薄いのではないかと思います。

人間は過去を忘れやすいモノではありますが、阪神大震災の朝の衝撃はTVで見ただけですが、未だに忘れられません。『今、何時だろうか』と思ってTVを点けたら、高速道路がねじれて倒れている映像が映し出されていて、一瞬、何がなんだか判りませんでした。

神戸には大学時代からの友人も住んでいるので、心配でたまりませんでしたが、何度電話しても繫がらず、大阪に住んでいる友人の安否すら、数日後に滋賀県の実家に問い合わせてやっと判ったホドで、公衆電話から掛けても、一週間後にやっと神戸の友人に繫がったものです。

「青春時代を過ごした高校の周辺は、ホトンド焼けてしまった。タンスや本箱は置き方によって、倒れなかったモノと倒れて全部メチャメチャになったモノとに分かれた」と後に話してくれましたが、本当に地震の被害はスゴかったみたいです。

地震大国の日本に原子力発電が、何基もあって大丈夫なのかというコトも含めて、ヨクヨク考えないと、地震と共に「日本経済も沈没」というコトにもなりかねません。

明日から地震速報が判ると安心するよりも、それぐらいで大丈夫なのだろうかと、地震への認識をしっかり持つタメにも、上記の本を一読するコトをオススメします。

天災は忘れたコロにやって来る」のですから‥‥  

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2007年09月29日

何かが違う

ミャンマーで邦人が殺されたから、報復として制裁すべきだとか言っているけれど、それって殺されなかったら、どうするつもりだったの?

対岸の火事だと「高見の見物」をするつもりだったの?

ジャーナリストじゃなかったとしても、日本人が殺されなくても、人権弾圧をしているコトに対して、何らかのアクションをすべきじゃなかったの?

「誠に申し訳ない」って言われた時には、少なくとも「言葉じゃなくて、行動で誠意を見せて欲しい」くらいの強い言葉を返すべきでは?

例えば、不適切な政治献金にしてもそう。

「不適切かどうか判らないのだから、献金する方で考えて献金して欲しい」って何?

贈る側は、不適切な献金をしてでも、この窮状を救ってくださいって思ってしてるんじゃないの?

当然、受けとる側が、貰ってもイイ相手なのか、どうなのかを考えて受けとるべきじゃないの?

加えて、「返金しました」とか「これから返金しますから」って言い訳をよくするけど、それでOKなんだとしたら、万引きしても品物を返せばイイってコトにならない?

とても、教育的な行動とは思えないんだけど‥‥おまけに、巡回している「種まきブログ」には、こんな話題まで。

それから、過去の十年間の相撲の不審死を調べ直すって言うけれど、もし調べるのなら十五年じゃなくてイイの?

殺人罪の時効は十五年でしょ。

などなど、ニュースを聞いていると、変じゃないかと思うコトばかり。『皆、他人のコトは手放しで批判出来ないホド、スネに傷を持っているのか?』と思ってしまう。

自衛隊が給油しているコトに、感謝されているとしても、もし、それを使ってイラクで罪もナイ子供達が殺される可能性があるとしたら、感謝されたとしてもすべきコトなのか?

あぁ、毎日、TVを見ているとイライラするコトばかりなんですが‥‥  
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2007年09月28日

起訴は公正なのか?

泥棒に入った時に顔を見られたから殺そうとして、中学三年生が高校生に重症を負わせたという事件が千葉であったみたいですが、日本もかなり殺伐としてきてますね。

そんな事件についても考えさせられる一冊が、こちら。
検事・沢木正夫 公訴取消し
医療過誤の問題もあったりして、ナカナカ読ませて貰える本でした。タダ、それにしても出所者が更生しようとしても、更生させたがらない社会というモノも存在していて、それでは犯罪者を世の中に増やすばかりなんですけどね。

練りに練ってあった小説ではありますが、こういうTVドラマになりそうな、殺人動機が正しい殺人というモノは、何となく殺人というコト自体の正当化が行われそうな気がして、チョッと怖い気もします。

世の中に「正しい殺人」というコトが存在するのか、否かという問題にも繫がるのですが‥‥

戦争の多くが、自らの正当性を述べて行われるのと類似していて、自分の都合のイイ風に拡大解釈する人間が出る可能性もあり。別にTVのサスペンスドラマがイケナイと言っているワケではありませんが、殺人や自殺の話が、身近になる社会というモノが、良いのかどうか。

要するに、巨悪を罪に問い難い社会の方に問題があるのだろうと思います。

普通のシュチュエーションだったら、即、殺人事件になるのに、今になって騒がれている相撲部屋のリンチ殺人とか、色々。

世の中、理想通りにはいかないけれど、やっぱりダブルスタンダードのある社会というのは、どこか歪むよなと思います。

素晴らしい小説を一気読みしただけに、逆に今の日本が変なんだよなと改めて思ったり。

ミャンマーみたいに、あまりに変だと誰でもスグに間違いに気付きやすいのだけれど、日本みたいに「曖昧」だと、変だと気付かナイほどゆっくりと変になって行くみたいで、余程、目をしっかり開けて見ていないと、「巨悪」が静かに我々の周りに忍び寄ってきているのかなという気がしてならない。  
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2007年09月27日

明日は、きっといい日だよ

正にブログのカテゴリーのタイトルのまんまの小説です。読んだ後にホノボノとするのはかなり久し振りかも‥‥
6時間後に君は死ぬ
小説のタイトルからは、こんな読後感は全く連想しなかったのだけれど。今まで、かなりサスペンスタッチな作風だったので、ちょっと驚きでした。

個人的に理解出来そうな部分も多かったりしたので。

ともあれ、予知出来るというコトは、幸せとばかりは限りません。昔、「霊感がある」と言われていた時代もあったのですが、そのコロは疲れました。

今、普通のオバサンになって、とっても楽です。

そんな感じが伝わる本ではありますが、一応、連続した推理短編集なので詳細は避けますが、最後に書きおろしたエピローグの中から、
本当に明日はいい日になるのだろうか。自分の未来を思い描くうち、やがて当たり前のことに気づいた。何も書かれていない日記帳に未来を書き込んでいくのは、自分なのだ。明日はいい日だと信じて進んで行くしかない。
世の中には、人生に描いた夢がかなう人ばかりではありません。でも、それだからといって、夢に向かって努力していた日々は、無駄ではないんだと、優しく語りかけてくれる小説です。

疲れている時に読むと、元気が出ると思います。

江戸川乱歩賞の時の小説みたいに、短編ですから大きな山場や、トリックは少ないですが、こういうしみじみとした小説は燻し銀みたいで味があります。

その時々で、書く対象が全然違うので、これからがマスマス期待される作家です。

それにしても、500円で買った「風と共に去りぬ」のDVDは、何時見るのだろう? この前も、「お母さんは買うと見ないよね」と子供達に言われてしまった。「もうホトンド全部のシーンを覚えているから、別に見なくてもイイのよ」と言ったら、「タイタニックだって、見てないのにそのままじゃないか」と突っ込まれてしまった。

確かに、こんな人生になるとは、若いコロは思わなかったけど、それでもそれなりに今が充実していれば、それでイイのかもしれない、と改めて思いました。「明日は明日の風が吹く」しね。  
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2007年09月26日

危ないけど面白い

少し前に橘玲さんの本について書いたら、メールやコメントが入っていて、「ナカナカその筋の人々には有名人だったのだ〜!」と思って少々ビックリ!!

ともあれ、御金に関しては、日常に刺激を求めて遊ぶという感覚ならともかく、全財産を賭ける的なコトはヤバイと思っているスタンスには全く変更ありませんが、それでも、適当にその手の本を読んでみようと思うと、危ない話はイッパイ。
ヘッジホッグ―アブない金融錬金術師たち
これを読むと、『それでもやりたいと思う人だけ、限定でどうぞ』という感じがマスマスしますね。(ヘッジ・ファンドは、かなりヤバイという話はリアルで聞いたりしてますので)正に、むすびの言葉に尽きます。
ヘッジファンド屋をやるのは楽ではない。ヘッジファンド屋を雇うのも大変である。私に言えることといえば一つだけだ−−幸運を祈っている。
ちなみに、類似の話では、こちらの本の方が、圧倒的に面白い。
インターネットの死角
バーチャル世界で遊ぶのなら、どんなに儲けようと損しようと構わないけど、現実だと生命が幾つあっても足らないでしょうね。それにしても、世の中にはスリル一杯の人生を求める人も多く、と言うか上り相場の時は誰でも『自分は天才なのか』と錯覚しやすいものですけど、要は、逆境でも強いか否かの問題で。やはり、確実に儲けたい人は、胴元になるのが一番だろうという気がします。それはそれで大変そうですけどね。

ともあれ、このブログに読者から「その人の本を読んだコトがある」という複数の回答が有るのは、とても珍しく、大抵は「なら、読んでみようか!」という反応が主だったりするので、これからも読書の幅をより一層広げて行こうと心に誓ったりしてみるのです。皆さん、何時もコメントやメールありがとうございます。仲良くなるに従って、御礼の言葉を省略してますが、とても感謝しています!!  
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2007年09月25日

人生の岐路

長野県の辰野町で、京都の事件の「模倣犯」なのか、中学生が父親を斧で殴ったという事件があって、ゲームが悪いという問題になりそうでもありますが、そういう事件は過去にもあり、丁度25年前に友人が殺されたのも同じ手口でした。なので、この前の高校生が警官の父親を殺した時も、何時もならもっと色々と書くだろうと皆さんが思っていたでしょうが、軽く流してしまったのは、そのタメです。

前にも、何度かその話は書いてます。どういう感じで殺害されたかというコトには、触れてませんでしたが‥‥

天下のK大の医学部に落ちて浪人し、精神的に不安定になった弟が犯人でした。無論、精神科に入院する前の晩でしたから、入院させられただけで罪には問われませんでしたが、事件の翌年には、子供の育て方が悪いと責められた母親は、自殺してしまったのですから、罰は充分に受けたと言えるかもしれません。

彼女のコトは、何時かチャンとした文章にしておきたいとは思いつつ、未だに辛くてナカナカストーリー立てて書くコトが出来ません。過去ログに一度だけ書こうとしたコトもありますが、挫折してます。マダ、心の傷になっているみたいで、冷静に書く気分にはなれないのです。

話は少し違いますが、本日読み終わったのが、こちら。
赤い指
中学生の息子が女の子の殺害をした時に、庇おうとする父親は、
昨日までは、少年法などはいらないというという意見だったのだ。大人だろうが少年だろうが、罪を犯した者にはそれなりの償いをさせるべきだと思っていたし。それが殺人という重い罪の場合は、死刑にすればいいという考えだったのだ。殺人を犯すような人間が更生できるとは思えず、そんな人間が刑期を終えたからといって世の中に戻される現行法の甘さに、昭夫も不満を抱いていた。
というのだが、結局、親馬鹿が勝ってしまって‥‥というストーリーなのですが、ミステリーなのでそれ以上は割愛しますけど、今の世の中、こういう呆れた親は、日本中に存在している可能性はかなりあります。それでも、運が良ければ犯罪者の親にならないで済むというだけでしょう。

友人の両親も、二人の子供をそれなりに育てたと賞賛されていた時期もあったと思います。大学受験さえ失敗しなければ、今頃はおそらく全く違う人生が待っていたはずです。

人生の岐路を上手くやり過ごした人が、岐路で間違った人を非難するコトは、とても簡単ですが、そうやって他人をバッシングだけしていても、世の中は決して良くはなりません。

他人の痛みを自分のコトとして考え、「他山の石」として自らを省みるという姿勢がナイ限り、類似する犯罪は続くと思います。マクダラのマリアに石を投げる民衆に「汝の中で罪無き者は、石を投げよ」と言ったキリストではありませんが、事件がある度に、全ては自分とは違う世界の出来事だと思って、タダ批判ばかりしているというコトは、無責任で楽ですが、それは上の小説の親の二の舞になる可能性も秘めているというコトを考えておくべきだと、ワタシは思います。  
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2007年09月24日

その気になれば何でも出来る

だから、「貴方も頑張って!!」という話ではありません。本日は。世の中には、日本人が過去のコトとして、葬りさろうとしている第二次世界大戦の時のコトに執着している人間も、多数存在するという話です。ちなみに、ヨーロッパの方々は陸続きで昔から、戦争しているので、その前の時代の戦争のなごりもあるので、EUと言えども一枚岩ではナイというコトは、世界的な常識なのですが、ホボ単一民族(混血民族と言った方が正しいかもしれないですけど)で、狭い島国に住んでいる日本人は昔から生きる知恵として、「水に流して」来たのですから、執念深くナイというのも、それなりの美徳ではあるのですが‥‥

久間元防衛大臣の「しょうがない」発言にしても、防衛大臣の言葉としては許されざる言葉なのですが、被爆地の方々すら、終戦になった時に、「大変な惨事に見舞われてしまったけれども、戦争が終わったコト自体は助かった」という意見を述べた人が、実際に存在していたそうなので。

ともあれ、被曝の後遺症とかも知らない人の発言ですし、米国の「核兵器」があって、戦争は終結した。だから、「核兵器」は良いものだというコトは間違いですし、それに当然気付いているから、米国は北朝鮮に歩み寄ろうとしているワケで、世の中は「建て前」と「本音」が入り混じっているのは、当然のコトだったりします。

前置きが長くなりましたが、クローンとか、様々なコトも、権力やありあまる財力さえあれば、それなりに可能なんだと、のどかな日本人にも小説として読ませながら教えてくれるのが、こちら。
命の遺伝子
「不老不死」は昔から、人間のあこがれではありますが、通常に「老いて死ぬ」コトは、それが定めなら、それはそれで仕方ナイことだと思うワタシには、さほど魅力的ではナイのですが、世の中を思い通りに動かしたいなどと狂信的になってしまう人々は、世の中に多く存在しているでしょうけどね。

ともあれ、読んでみると、我々の考え方が、実に日本的なのだと思わせてくれますし、話題になった「ダビィンチ・コード」に類似する場面もあるかもしれないとだけ書いておきますね。

医学系アクションバイオレンス教養小説というジャンルに属するのでしょうか。  
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2007年09月23日

損して得とれ

茶番劇みたいだった総裁選挙も終わり、日本も新たな時代に入っていくのだと思うけれど、最近話題になるコトの多くが、やっぱり「相手が得した」と思わせてこそ、世の中の商売は上手くいくんじゃないかと思うコトにつきる。

観光関係は特に、「一期一会」の場合が多いのだけれど、『ダマされた!!』と思った人々の恨みはとても強く、あちこちで「アソコは不快だった」という話をする。

正直、そういう話は聞いているこちらも、なるべく左の耳から右の耳へと移動させる様にしないと身が持たなくなるのだが、その大半が「取れるチャンスに取れるだけ取ってやろう!!」という魂胆が相手に伝わっている場合が多い。

長野県の中で地価が下落し続けている中で、一番有名な場所が「白馬」なのだが、本日、その付近を車で通ったら、「無料駐車場完備」と書かれたスキー場への道案内がやけに目についた。

一時は、スキーヤーの車が一日800円とか(もっとだったかもしれないけど、ワタシは冬の白馬に行ったコトがナイのでよく判らない)だったハズだ。昔から、ずっと駐車場はタダというスキー場もあったのだから、現在は最早そんなコトを言ってられなくなったのかもしれないが、スキー客はホトンド全てのスキー場で減少していると言っても過言ではナイのだから、タダにしないよりマシかもしれないが、おそらく有料の時代に無料の駐車場のスキー場を見つけた人々の多くは、それだけで簡単には戻ってくれるとは限らないのではないか。

別に「白馬」を貶しているワケではナク、逆に最近はそれなりに「白馬」も努力してますよと言いたいホドなのですが、「軽井沢」と比べると地価が下落しているのは、高速交通網に乗り遅れているからという単純な問題だけなんだろうかと思う。

「軽井沢」というブランドと、「白馬」というブランドを同一視し過ぎて、やり過ぎたんじゃないかとも思うからだ。

ともあれ、そんなコトは別のトコにもある。例えば、「65歳以上の人はシルバー料金」と書かれている施設に、75歳以上の人が入る場合に、見れば判るのに「証明書が無ければダメ」ですと言われて、正規料金を請求するような場所に、ソコまで行ったのだから、その時は仕方ナク入ったとしても、二度とそういう商売をする場所に行きたいと思うだろうか?

ニコニコと愛想は良かったが、他の店よりサービスがグッと悪かった場所には、人は二度と行こうとは思わないだろう。

おそらく、こっちが損したと思う位で、相手が得したと思うのが常だ。モチロン、本当に損していたら、商売は成立たなくなってしまうが、チャンと利がある程度で「得した」と思わせなくてはならない。「三方一両損」という話があるが、あれは本当はそうじゃナイはずだ。でも、そう思わせるコトで、名裁きというコトになっている。そして、商売はその逆の、「win−winの関係」と言われる様に、互いが得をしたと思わないと長続きしない。

何だか最近、各地各地の愚痴を聞きすぎたので、ココで憂さを晴らして、楽になろうとしております‥‥何時もの話題と全く違いますが、タマにはワタシにもスッキリさせて下さい。  
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2007年09月22日

とても愉快、でも‥‥

人間の欲望というのは限りがナイものだったりして、小説も様々ではあるけれど、これはホームページに似た小説なのかもしれないと思ったのは、初めて。

ちなみに犯罪系の小説を読むのは好きだが、実際に手に染めるにはイヤだ。別に善人ぶっているワケではナク、追われるという気分になるのが絶えられないだけだ。

前にも書いたかもしれないが、バブル全盛時にスパッとハマっていた株取引を全部止めた。毎日が株価に一喜一憂するのに疲れたからだ。でも、御蔭で全銘柄で儲けさせて頂いたので、崩壊の憂き目に会わなかったのは幸いだったが。

なので、個人的には海外での取引は日本以上に為替リスクとか、様々な問題が横たわっているのを理解しているので、余程の大金持ち以外は、海外商品は危険だと警告しておこう。ともあれ、何事にも楽しむには御金が必要なのだから、スリルを楽しむつもりで、無くしてもイイつもりで投資するのはイイだろう。投資と言うと聞こえはイイが、ホトンドが投機だというコトを忘れないコトだ。ともあれ、宝くじとか馬券なら、スグにスッカラカンになるコトもあるが、投資先が潰れない限り、ゼロにはならないのだから、カジノで遊ぶつもりなら、一生遊べる。

何でこんな断りを書くかというと、小説自体はかなり面白い。経済の勉強にもなるのでオススメだ。しかし、それで何かをしようと思って、泣きを見られても困るので、一応先に書いておくだけだ。
マネーロンダリング
何度もこのブログで書いている「金があっても人間は幸福になれない」というコトと並んで「貧乏は人間を不幸にする」というコトも書かれている。確かに、それもマタ真実だろう。

とはいえ、「稼ぐに追いつく貧乏なし」という諺もある。欲望を減らせば、人生に必要な金の額は比例して少なくなる。

人生に何を求めるかは、個人の自由だから構わないのだが、欲望を膨らまし続ける限り、永遠に満足という言葉とは無縁になるというコトだけは言っておこう。

人生も後半に差し掛かると、若いコロの様な欲望が湧き上がってこない。溢れる様な食欲も何もナク、なんとなく淡々と毎日が過ぎて行くみたいだ。だから、若いコロには挫折するかもしれないが、捕まらない程度に様々なコトにチャレンジしてみるのもイイかもしれない。タダ、人生には必ずツイている時もあれば、ツカない時もあるというコトだけは覚えておいて欲しいものだ。  
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2007年09月21日

医者の鑑?

昨日の著者の別の本です。本日、やっとリタリンが「うつ病」の保険適用から外されそうとのニュースを朝、聞いて良かったと思いました。小説だからと言えばそれまでですが、この本に登場する医師は、必要最小限しか投薬しないので、なるべくなら、そういうスタンスの方が増えるコトを望みます。(人間だから、金銭欲もあるでしょうけどね)
K・Nの悲劇
しかし、世の中の猟奇現象も、現代の科学や医学ではある程度説明出来るというコトが、実に愉快かつ、それでも『猟奇現象なのか?』と思わせてくれるトコが面白い。

昨日の本で、目に見えない炎に焼かれるという現象のトリックの解明を鮮やかにやってくれた作者だったから、この程度のコトは事前に考えつくされていたのだとは思うけど、『なるほど』と思わせて貰いました。

小説は、あまりネタばれするとマズイので、色々書けないのが残念ですが、とりあえずブログに書いてある本は、多分読んで損はありませんよというレベルだと思うので。(前にも書きましたが、ワタシには一銭にもならないのですが、最近、歳のタメかスグ忘れてしまうので、備忘録みたいなモノです。故に、ツマラナイと思った本は、読んでも書いてませんから。大体、ココに書かれた本の数と同じ位、ブログを始めてからだけでも、読んだのに書かない本が存在します)

ともあれ、『日本人は人生において、大事なモノは何かというコトが理解し難くなっているんだよな』というのが感想。
コンタクト・ゾーン
こちらにも、人生ギリギリのトコに追い詰められて、医師に目覚める女性も居て、『平和で幸せ過ぎるのも罪なのかな』と思うけれど、実際は、「平和で幸せ過ぎる」に越したことはナイ。

小説とかで、ハチャメチャな物語を読んで、地道な人生を送る方が、断然楽だ。確かに、人生やってみないと判らないコトはあるけれど、小説で疑似体験して、現実で命を奪われそうにナラナイ方が、得に決まっている。

というコトを、どちらも必ず思わせてくれるナカナカの小説です。最近、「当たり」の小説が多くて実に楽しい。無理やりショーアップさせようとマスコミが躍起になっている自民党の総裁選より、ナンボかマシ。

とにかく、「能書きはイイから、本当に一般庶民を幸せにしてくれ!!」と言いたい。来年の四月からは、75歳以上の健康保険も変わるらしい。問題なのは、「改革」という言葉の聞こえはイイが、大半の「改革」はホトンド庶民にとっては「改悪」というコトだ。産婦人科の医師もドンドン数が減っているそうだが、「不妊症を無くしたい!」と言っていた医師の卵は、『名医になったのだろうか?』と、産婦人科関係の話を聞くと、時々思う。

追記・今まで「お気に入り登録」していたサイトの中でコレはと思うものを「読みごたえありサイト」という形で昨夜遅くにリンクした。事後承諾でリンクをOKして貰えるかを、聞いているのですが、もしかするとダメなモノもあるかもしれないので(連絡が付きにくいのは黙ってしてます。ダメなら一報して頂けると思うので)、良ければ早めにチェックしてください。幾つかは、既にブログで引用などなどしているので、既に知っているモノもあるかと思いますが。  
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2007年09月20日

イヤな感じ

光市の母子殺害事件とか、広島の暴走族の集会禁止とか、普通に考えれば弁護団は変に思えるし、暴走族には集会なんて開いて欲しくはナイのだけれど、だから弁護団は懲戒処分だとか、暴走族なら集会を開けなくてもイイんだという風潮に、腑に落ちない部分があり、それがなんだか判らなかったのですが、この小説を読んで何となく、その理由が理解されつつあります。
グレイヴディッガー
つまり、権力と犯罪が結び付くコトは、過去からママあるコトで、犯罪者らしい犯罪者を糾弾するのが正しいのか、それとも聖人君子のフリをしつつ犯罪を冒す人間を糾弾するのが正しいのかという問題です。

犯罪者らしい犯罪者は法の裁きを受けるけれど、権力者なんかは裁かれずに終わる場合も多いから‥‥ちょっと、世の中を見る目が違って見えます。

それにしても、テロの抑止に海上がどれだけ役に立つのかが、とても疑問。日本みたいに、四方を海に囲まれている場所ならば、確かに意味があると思いますけど、大陸の中の一部分の場所だったら、海よりも陸伝いに逃げるのが普通じゃないのかなと思います。

結局、そんなにコダワルのは『イラク戦争に向かう兵力にも給油してるからじゃないの?』そんな気分にすらなります。

権力者は、その気になれば、冤罪すら作り出すコトも可能なんだなぁと思ったり。(かなり傑作なミステリーなのでネタばれしてもイケナイから、深くは書けませんが)

オウム真理教の松本サリン事件について、河野さんに分離した宗派の上祐氏が謝罪したというニュースを聞くと、実害と冤罪を両方受けた河野さんは、冤罪だと晴れて証明されて久しいけれど、冤罪に陥れられた時の無念さを思うと、外野があまり推測で物を言うのはマズイよなと改めて思います。

チャンと検察の方も、裁判官の方々もいらっしゃるのですから。ヒステリックな裁判は魔女狩りに通じます。弁護側が滅茶苦茶な論法をしているとさえ裁判所が認識すれば、必ず極刑になるのでしょうから、部外者はそれを信じて待つだけでイイのだと思いますけどね。  
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2007年09月19日

口は出すけど、金は出さない?

警察官を娘さんが殺してしまう時代を、「教育」が悪いと言って片付けてしまえば楽な話ではあるけれど、本日の「信濃毎日新聞」に載った三つの教育に関する話題を読んで、日本の「教育」は悪くなるコトはあっても、良くなるコトはナイだろうなと、しみじみ思った。

3面の片隅にあった記事によると、経済協力開発機構(OECD)加盟の三十カ国を比較すると、国内総生産(GDP)に対する日本の公的な教育の支出割合は3.5%で、2004年はギリシャに次ぐブービー。2003年は3.7%で加盟国最下位だったそうだ。

各国の平均は5.0%。アイスランドが最高で7.2%というのは、日本の倍以上というコトだ。

そして、一面の記事によると、大学の「9月入学」を促進せよと、文科省は言っているらしい。国際競争力の強化のタメというのだが、実際は八月に卒業しても、四月中心の企業の新規採用時期までの半年間が「空白」になるので、導入していた大学が、出願者が少ないとやめる大学もあるのが、現実だというのにだ。

入学の時期をずらしたダケで、「国際競争力」が強化されるなんて、ドコをどうしたら思いつくのか不思議だ。もし、大学の大半が九月入学になったとしたら、一生懸命受験勉強してきた高校生や浪人生は、九月までの長過ぎる休みの中で、勉強したコトを忘れ、遊び癖が付いて、マスマス勉強なんかしないだろう。今でも、大学教授が頭を悩ます学生が大勢入学しているらしいのに‥‥

そして、一面のトップ記事が、「道徳」を教科として格上げするのを見送ったというニュースだ。

その記事の中に、「子どもたちに高い規範教育を身につけさせる」との方針を強く打ち出した安倍晋三政権の下、教育再生会議が、道徳を「徳育」と変更した上での教科化を提言していた。という部分があって、確かにそうだったんだけど、この期に及んで辞職すると言い出して、毎日毎日、国会を空転させて何億、何十億という税金をドブに捨てているその御当人が、「高い規範教育」などというコトを目指してたなんて、まるでマンガ以外の何ものでもナイとすら思ってしまった。

野党の審議拒否を税金の無駄遣いと批判していた自民党は、自分達が今しているコトをどう思っているのだろう?

我々も、「朝三暮四」を「朝四暮三」と言われて喜んだ猿の真似をせず、チャンとした教育をしたいのであれば、教育にも税金を注ぐべきだと声を上げよう。「国際競争力」を付けるのに、マジックじゃないのだから、一朝一夕に出来るハズはナイ。落ちこぼれそうな子供達には、無料で補習をするとか、地道な努力ナクして、学力アップなど無理な話だ。

夢を語るのは簡単だが、夢を実現するには現実的な行動ナクして、絶対に無理というコトだ。

世の中で嫌がられるのは、口だけ出して手を出さない人だ。少なくとも、口を出したかったら、手を出して汗をかかないのであれば、せめてお金だけでも出すのが当然だとワタシは思うのだが‥‥  
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2007年09月18日

病気に負けないタメに

『人間生きていてこそなんぼ』だと思うのですが、いじめ自殺のニュースの続報を読むと、ガックリ来ますね。私立の中高一貫でも、「いじめ」は当然存在しているワケで、TVで馬鹿げた校長や教頭の対応を見ていると、来年は志願者がかなり減ると思います。

問題児を退学させて、コト無かれとしてきた多くの私学も、さすがに生徒に死なれてしまっては、最早、言い逃れできないと思いきや、「知らなかった」で済ましてしまうのでは、ありえない話でしょうが、自殺に追い込んだ張本人を「友人」だからと、お棺を担がせてたなんて話もあり、自殺した生徒にしたら、正に「恨み骨髄」の仕打ち。せめて警察にチャンと捜査して欲しいモノです。そして、監督不行き届きの学校といじめた生徒は、自殺した生徒の親族に賠償すべきでしょう。そうでなければ、再び、類似事件も起きるでしょうから‥‥許すべきコトと、許されざるコトは、キチッとしておかないと。日本は曖昧にするから、何時までも「いじめ」が蔓延するのだと思います。御金で生命は戻りません。しかし、「子供の死を金銭に換えた」という中傷がイヤで、賠償を請求しないから本当の反省が促されないのだと思います。

謝罪には補償が必要というのは、それこそグローバル・スタンダードなのですが、日本では都合のイイ時だけ、グローバル・スタンダードという言葉が使われます。『拉致を解決したかったら、戦後補償をチャンとしろ!』というのは、頭に来る話ではありますが、それがグローバル・スタンダードなので、米国が日本のタメばかりを思ってくれると思ったら、大きな間違いです。

さて、昨日の本の中から、ナチュラル・キラー細胞というガン細胞を殺すNK細胞を強くする日常の簡単に出来る方法を。ガン治療中の人も、将来ガンに罹らないタメに、健康に過ごしたい人には是非オススメしたいモノです。
)萋七〜八時間の睡眠をとる。
⊃歓販礁未任離好肇譽后過労をさける。
心配、不安、悲しみ……は、なるべく短く乗り越える。
ねうつ感が長く続くとき、専門医に相談し回復をはかる。(注・必ず名医に限る。その理由は既に以前のブログに書いてあります)
ヅ度な運動を毎日(少なくとも週三回)実行しよう。
好きなことにうちこむ(カラオケなど)。
Дラー細胞がガンを食いつぶすイメージトレーニング。
┐い弔眈亟蕕鮨瓦け(面白いことがなくても)。
楽しく笑う(おかしさ発見!)。
ブラス思考(いい方向に考える)。
強い気持ちを持ってもらって、自殺などせずに生きていて欲しいと思います。全ての人に。  
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2007年09月17日

笑いがイチバン!!

前に映画の「タクシー4」の話の時に、大笑いしたから免疫が高まったかなと書きましたが、そういう話は知識としては知ってましただけで、本格的な理論の本を読んだのは初めてでした。
笑いの免疫学―笑いの「治療革命」最前線
笑うだけで元気になれるなら、それほどイイことはありません。しかも、作り笑いをしたり、笑いに類似した顔のマッサージをするだけでも、効果があるというのですから驚きです。

これは、実感としても感じられますね。身体が凝っている人は、顔も凝っていて、顔が能面みたいです。話をしていても、ほとんど表情がありません。だから、こちらの話にどういう気持ちになったのかも、よく判りません。

ゆえに、身体がほぐれると、顔も凝ほぐれます。「笑い」というものは、身体をリラックスさせ、心も和ませ、健康も手にさせてくれるのです。

だとしたら、これは乗るべき話でしょう。

誰だって、怒った顔よりも、笑った顔が好きですし、見ている方もその方が気持ちイイのですから。

つまらない話に笑って馬鹿みたいなどと、思ってはいけないんだそうです。何故なら、笑って表情筋を動かすコトに意義があり、それが、免疫アップにつながるのであれば、笑う対象はどうでもイイというコトなんですから。

よく若い時は、「箸が転がっても可笑しい」と言いますが、これこそが健康の秘訣だったのかもしれません。

なんて楽な「健康法」でしょう。皆様もお試しください。では、ワタシも、これから「あらさがし」さんに「タクシー」のDVDを貸して頂くコトになってますので、免疫力アップさせて貰えるのではないかと、期待しております。  
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2007年09月16日

不眠症にも効く斬新的筋弛緩法

前に、眠れない時にと、白隠禅師の勧める方法や類似しているマーフィーの著作の中の方法を書いたコトがありましたが、かなり前の話になりますし、一昨日の「巻き戻し法」をする前に、「斬新的筋弛緩法」をしてリラックスするというコトなので、ココで改めて「斬新的筋弛緩法」の仕方を書いておきます。
できるだけ気持ちを楽にします。リラックスできているほど、事はスムーズに運びます。

一五分くらい快適に座っていられるところを捜します。足を上げ、手は開いた状態(握り締めない)にすると、くつろいだ感じがします。目を閉じて、足から頭にいたるまで体の筋肉群をリラックスさせていきます。筋肉をリラックスさせるためには、まず最初に筋肉を引き締めてから、次にそこを弛(ゆる)めるようにするとよいでしょう。足から始めて、頭にいたるまでの筋肉群のうち、とくに次の筋肉群を忘れないようにしましょう。

まず足とくるぶしをリラックスすることから始めます。足とくるぶしの筋肉に注意を集中し、きつく引き締めてはリラックスさせます。そして次々に、ふくらはぎ、腿(もも)、胃、背中、胸、肩、腕と手、首、頭、そして額や鼻、唇、下あごなどの顔の筋肉をリラックスさせていきます。歯を食いしばってはいけません。

これらすべての筋肉群をゆっくりと足から頭へとリラックスさせていく(これを斬新的筋弛緩法という)につれて、全体に快適で穏やかな感じが現れるのに気づきます。しばしの間、この快適で穏やかな感じに身をまかせ、正真正銘、感情が穏やかなことが確認できたなら、治療(筆者注・巻き戻し法)を開始します
そうして、「巻き戻し法」を行うというのですが、不眠に悩む方々は、寝るべき布団の上でなさるとイイでしょう。

強いショックの場合は、専門家の助けが必要です。次にその目安の主だったコトをかいてきますので。(タダシ、必ず上手な専門家に掛かるコトをオススメします)

・つねに情緒が不安定。慢性的に緊張、困惑、空虚、疲れきった感じがする。感情や感覚がコントロールできないと思う。症状が続くとき。
・悪夢や不眠が続くとき。
・周りのことに傷つきやすいとき。
・過度にたばこや酒あるいはドラッグを使用したいとき。

上の症状がある場合は、トラウマとかこだわらず、問題がありそうだと思うなら、専門家の扉を叩いてください。何事も、症状の軽いうちが一番ですから。

こころの傷は見逃さず、「仮病をつかっているとか臆病風に吹かれた」と決めつけて、困っている人を責めたて、ますます傷つけることのないようにしなくてはいけないそうです。でも、今の日本のマスコミの対応って、加害者のみならず、被害者に対しても似た様なコトやってませんか?

そして、そんな真似をして、「いじめ」も多発している様な気が‥‥自ら、心のケアをして、大事にしましょうね。  
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2007年09月15日

大事件や事故直後にとるべき行動

昨日の本から、オーストラリアのプリンス・ヘンリー病院が提案したガイドラインを紹介しよう。

感情を外に表す

恐れ  自分自身や愛するものが傷を負うかもしれないと
      恐れる。
      一人取り残されること、あるいは愛するものたち
      と離れ離れになることを恐れる。       
      「精神的に参る」あるいは「自己コントロールを
      失う」ことを恐れる。
無力感 危機は人間の強さと同時に無力感を引き出す。
悲しみ 死や負傷などありとあらゆるなくしてしまった
      ものへの悲しみ。
切望  すべてのなくなってしまったものを「いま、
      あればなあ」と切望する。
罪悪感 他人よりも恵まれたこと、たとえば生き残った
      こと、ケガをしなかったこと。
      財産をなくさずもっていることなどに罪悪感を
      感じる。
      なにもしなかったことを後悔する。
羞恥心 無力で「感情的(情緒的)」なところを人前に 
      曝し、他人の援助を必要としたことを恥じる。
怒り  起こってしまったこと、その原因になった人、
     起こるのを見すごしてしまった人、あるいは
     システムなどに対して怒る。
     不公平や非常識なことに対して怒る。
     恥ずかしいことや不名誉なことに対して怒る。
     他人の適切な理解を欠いた言動や非能率的な
     ことに対して腹立たしく思う。
     「どうして私がこんな目に遭わなければなら
     ないのか」と怒る。
追憶  ケガをしたり亡くなった、あなたの人生にか
     かわりあいのある人に抱いていた感情を思い
     出し、その喪失や愛を偲ぶ。
敗北感 入れ替わり立ち替わりわきあがる失望感。
希望  未来に対する希望、よりよい時に対する希望。

大きな危機に出会ったなら、誰もがこのような感情を抱く。他の災害の体験からわかったのだが、とくに次のような人では激しい感情が表れる。
・ 身の周りで多くの人が亡くなった。
・その人たちの死が突然のことで、暴力的あるいは恐ろしい状態で起こった。
・たった一人生き残った。
・亡くなった人に依存するところが大きかった。
・危篤状態にある人の親族。
・このストレスがどのストレスよりも大きい。

このような感情を吐き出せば自然に癒されていくものだ。そうすればこころのコントロールが失われるようなことにはならない。感情を押し殺してしまうと、神経にも体にも問題が出てくる。おもいきり泣くと、こころがやわらぐ。  
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2007年09月14日

トラウマを解消するには

昨夜の本にホトンド触れなかったのは、『現実は過酷だな』と思ってしまうからです。そして、本日読んだのが、こちら。
幻夜
この小説単独だと、なんで昨日の本のコトで、ココにこの本がという感じなのでしょうけど、この小説を
白夜行
の続編だと思うと。

読後感は最悪ですが、小説は面白いです。タダ、被害者として傷付いた人生を生きるのも、世の中に復讐しようと思って生きるのも、それはそれで大変なコト。出来ればトラウマを解消して、普通の人生を送った方が楽ですよね。ソコで、本日はもう一冊(一日のブログで三冊紹介したのは始めてかも‥‥)
トラウマ―「心の後遺症」を治す
ココで勧められているのが、トラウマになった事件を「巻き戻す」という手法。通常、我々は起きてしまった出来事をその順序通りに思い返すのだが、意識的にその事件を映画でも見ている様に、事件らしき場面の少し前の平穏な場面から思い出し、思い出し終わったら、事件をフィルムの逆再生をスピードアップしてする様に、イメージを巻き戻して、その事件の少し前の平穏な場面まで思い返すというコトを、自分が楽になるまで続けると(約2週間ホドすると、大体効果が実感出来る様になるらしい)、かなりトラウマから解放されるというのだ。

もし、何か心にトゲが刺さっていると思う人は、実行してみては如何でしょうか。イヤな思い出は捨て去るに限ると思うのですが。  
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2007年09月13日

虐待された子供達の心のキズ

DVによって心を傷付けられた子供達は、ナカナカ立ち直れないというノンフィクションの本を読んでいる。
こころを殴られた子どもたち
読んでいるとやりきれない気持ちになるのだが、暴力という目に見える問題だけじゃなくて、「コレコレだったら、愛してあげる」的な虐待の被害者なのかなとも思う人物の、心の叫びを勝手に解釈して書いてみる。あくまで想像なのであるが。誰をモデルにしているかは、書かなくても判ると思うし、実名を出すと問題があると思われるので、省略。

祖父が国のトップの家系に生まれたくはなかった。父親は、著名な代議士だっのに、トップになれなかったというだけで、蔑まれるのを見ていたので、何としてもトップになるコトが、宿命だった。

だけど、誰かに無理に人生のレールを引かれるというのは、とても大変なコトだ。本当は、名門の学校に行けば良かったのだろうけど、それはナカナカ難しい。というか、レールから外れたい気持ちがあるから、気持ちが集中出来なかった。

それでも、日本という国は、名門の出という言葉に弱い、世襲大好きな国だから、代議士までのレールはがっちり引かれていた。

おまけに日本という国は、背が低いコトをコンプレックスに感じている人が、とても多いから背が高いというコトは、かなりの長所になる。

何となく、振付けられた役をそれなりに演じていたら、トップの座は転がり込んで来てしまった。

だけど、トップの座というのは、案外就いてみると大変なんだ。自分の問題なら仕方ナイと思うけど、「何でも責任を取ってくれ!!」と言われちゃう。今まで、責任なんて、無縁で生きて来たのにね。だって、振付けてくれる人々の、指図に従うのが一番大事だったんだから、ボクの辞書には「責任」なんて言葉は載ってナイというのに‥‥

おまけに、ボクのそんな態度を批判する雑誌がボンボン出るらしい。言われた通りやってただけなのに、何で文句言われるのか判らない。大体、国のトップになるのだって、ボク自身の夢じゃなかったんだから、何とか一年やったし、もうイイじゃないか。時期が悪かろうが、そんなコトは関係ナイよ。身体がもう絶対にイヤだと拒否反応を起こしているし。

これは、ボクの生育環境が悪かったからなのかな? 今まで、考えたコトも無かったけれど、虐待された子供だったのかな。だから、真のアダルトにはなれないのかな。もしかしたら、アダルトチルドレンだったのかもしれない。

そうだ、ボクは、フリーチャイルドになってやる。ボクは自由だ。ボクの行為で日本がどうなろうと知ったコトじゃない。一番インパクトのある時期に辞めてやる!! 今まで、我慢してきたんだから、イイじゃないか!!

なんて妄想がドンドン湧いてしまうのだけれど‥‥虐待された子供は、成りたくナイという大人になりそうで、本当に自分で苦しみつつ、破滅的な人生を送ってしまう様な人がかなり沢山居る。

だから、本当に望まれる「教育改革」は、虐待される子供がゼロに近付くコトなんだって、皆に判って欲しいんだけどね。身を持って、日本の恥を世界に暴露した人が居るんだから。  
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2007年09月12日

空気はチャンと読みましょう

流行語になりそうで爆発的にならない「KYな人」という言葉の代表選手みたいな方が、遅過ぎる辞意を表明した。参議院選挙後スグなら、まだしも、ココまでネバってじゃ、迷惑千万な話なんだけど‥‥(ネットサーフィンで一番『本当はコレなの?』と思う情報もあるけどね。理由はどっちにしても馬鹿馬鹿しいだけだけど)追記・夜になったらコッチの記事も

ともあれ、昨日の「いじめ」をなくすというコトは、現実的にはかなり難しかったりする今、傷付いた心を癒してくれそうな短編集がこちら。
きみの友だち
人との付き合いって、ある程度「空気を読まない」とマズイけど、読んだ上で、どう選択するかというコトで、友達付き合いや人生が決まりますよという感じの話。

涙もろい人は、ハンカチの御用意を。

友達の形は、色々あるんだよというコトを、さりげなく書いてあります。少し人間関係に疲れた時読むと、後からほのぼのと心が温まるのを感じます。

青少年の頃に読んでもイイでしょうし、大人になってから読んでも、昔の出来事で、心にしこりが残っている人は、必ずしこりがほぐれて行くと思います。

交通事故で足が不自由になってしまった少女が、それゆえに「友情」の虚実に気付いていきます。少女の友人、少女の弟やその友人も‥‥

読んだ空気に迎合するばかりがイイのか、空気を読みつつも我が道を行くのがイイのか、はたまた‥‥そうやって悩んだり、苦しんだりするから人間は成長するのだと思いますし、丁度、読み終わったそのスグ後に、首相の退陣表明を聞くと、「本当の友人」なんて居ない方なんだろうなと思いますし、「党首会談が出来ないと判ったから」などというありえない言い訳をしたり、「健康がどうとか」などというコトを今、言い出すくらいなら‥‥と思いますが、ともあれ、無責任な人が増えている時代の象徴なのかもしれません。

「行間を読む」という言葉がありますが、人間には言葉にならない言葉を察せるかどうかで、他人から頼りにされるか否かというコトが決まると思います。

ヘトヘトになりながら、空気を読んで迎合する必要もありませんが、的確に空気を読み、自らをどう処するかというコトを潔く決断しないと、ナカナカ他人から信頼されるのは難しいかもしれませんね。  
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2007年09月11日

必要と善悪は別

著者の名前を見て、借りて来た本です。理想に走ると、現実はついてイケナイという部分もありますが、『ナルホド』と強く思った部分があるので、引用しますね。

こうすれば、「いじめ」はなくなる―いじめ社会の子どもたちという本で、仏教思想家のひろさちやさんと、小児科の藤本保さんの共著の中から。
わたしたちは、何か議論するとき、必要か不必要かで問題を考えます。
そこで忘れてならないのは、善か悪かという視点です。必要・不必要と善・悪を考えなければならない。ただ注意したいのは、必要か不必要かの次元と善か悪かの次元は、全く別の次元の問題だということです。それを一緒にしてはいけないのです。
別々に論じなければいけないのに、どうもわたいたち日本人は、この必要性と善悪の問題とを一緒に論じてしまう傾向があります。
わたしたちは、必要なものは善である−−と考えてしまう。当然、不必要なものは悪です。どうも、日本人は短絡的にそう考えてしまうようです。
でも、必要でも悪なるものもあれば、不必要でも善なるものがあるはずです。

日本人は、「必要ならば善」と考えてしまう。その対偶命題は「悪は不必要」です。「必要ならば善」というのと、「悪は不必要」というのは全く同じことです。日本人はこの原理でものを考えるのですね。
というコトで、「競争は悪」というコトや、「体罰は悪」と言うと、「日本経済の成長のタメなら競争は必要でいいこと」と反論する経営者や、「体罰があるから教育できる。体罰は必要。だから体罰はいいこと」と述べる人が居て、必要なものはすべて善と考える人が多いというのです。

だから、売春を公認している国に旅行すると、売春ツアーとして、集団で少しも恥じるコトなく集団で押しかけ、顰蹙を買う。公認されているのだから、いいことだと、少しも恥じないから。

無論、そういう国で外国人も買春するのだけど、悪いコト、恥ずかしいコトという罪悪感があって、隠れてコソコソやるというのです。

つまり、必要でも悪なコトもあり、不必要でも善というコトがあるのです。今回、問題になっている「テロ対策特措法」も、アメリカとの協調は大事だ、だから善なのだという論法がこれからマスマス増えるコトだと思います。

とはいえ、「いじめ」は不必要で悪だけど存在すると思うし、だから、「いじめ」ても仕方ナイとは言えない様に、物事は複雑だと思うのです。

一昨日の、かなりコメントを沢山頂いた光市の弁護団についても、『悪だから不必要だから排除せよ』という考え方をせずに、弁護は『悪だとしても必要なのだ』というのがワタシの考え方なのです。(本当に弁護団が悪かどうかは、マスコミからでは正確にジャッジ出来ませんしね)

「戦争は悪」なのですが、論理のすり替えによって、「戦争は必要だから、善なのだ」というコトを政府が言い出すのではないかと思っているから、この話をしているのです。

少なくとも、日本が無謀とも思える太平洋戦争に突き進んだのは、「戦争は必要だから、善なのだ」というコトを国民の多くが信じたからです。それと同じコトが今の学校教育で起きているから、「いじめ」も起きるのだというのが、上の本の主旨ですが、なし崩し的に現状を追認するとかなり危ない状態が再び訪れる可能性があると警告しておきます。どうも、前に書いた「密告」制度には、裏がありそうですし、ネットで徐々に問題になって来ているので、皆さんもゼヒ、目を光らせていて下さいね。  
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2007年09月10日

自分を大事にする

「犠牲的な人」が居ると、確かに便利ではありますが、とはいえ、周囲の人にとって有益かと言えば、必ずしもそうとは限らないという話です。
愛しすぎる母親たち―子どものために自己犠牲化する女性
母親になるというコトは、ある程度は自分の欲望を犠牲にするコトは、仕方ナイのだが、何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」で、やり過ぎてもダメというのだ。何故ならば、犠牲になってばかりいる本人は、当然ストレスが溜まるので、精神的に良くないし、家族も依存的な人間になって、一人では何も出来ない様な、自立出来ない人間が何人も作られるだけだからだ。

それゆえ勧められているのが、自分主義。これは利己主義とは違う。次の質問すべてに心からイエスと言える人間になるコトが目的なのだ。
●家族のために犠牲を払ってますか? それでも、自分を充分大切にしてますか?
●夢がありますか?
●今の自分に自身を持ち、安心していられますか?
家族のためにすることと、自分のためにすることとのバランスを身につけることが必要なのです。

本当の自分を見つけ、一人で落ち着ける場所を見つけ、病気の時は無理をせずに休み、家族と自分は同一ではないと認め、若い頃の夢を思い出し、単調で退屈でも反復性の活動をしながら自分の内面と向き合い、母親としてある程度の犠牲を払いつつも、自分に集中するコトとのバランスを取る必要がある。(これは母親以外の人々の、仕事と私生活に置き換えても通用するコトであろう)

ナカナカ出来そうにナイと思う人は、次のコトを実行しよう。
(1)自分のために、小さなことをひとつする。
(2)自分の好きなことをするための計画を立てる。
(3)犠牲を分かち合う。
(4)自分を尊敬する。
(5)夢を見つける。
(6)真の自己を確立する。
自分の要求を押し殺し続けないコトである。犠牲的な生活をして、家族に恩着せがましいコトをするならば、それはちっとも家族全体の幸せに繫がるものではナイのだから。  
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2007年09月09日

かなり危ない国に近付いてないか?

昨日、お気に入りのブログを読んでいたら、気になる話が載っていた。

こちらの最初の話題なのだが、共謀罪の変形版が考えられているらしい。

未だ起きざる犯罪について密告するという制度は、冤罪を可能にする制度だと思う。江戸時代の隣組制度みたいにして、世の中を監視したいのかどうか判らないが、とても問題だと思うのだ。

そして、問題はその下の記事にもある。光市の母子殺害事件について言及しているのだが、同じ様な論調は、インターネットのあちこちで散見するし、ワタシの周囲の人物も似た様な論を展開している人が多い。

確かに、犯人に対して厳罰に処して欲しいという気持ちは、ワタシにもある。だが、日本が法治国家である以上、「罪を憎んで、人を憎まず」という理念があるのは、冤罪を防ぐタメなのである。

光市母子殺害事件について、裁くべきは裁判官であり、弁護側の弁護が荒唐無稽であるならば、裁判官が却下する。弁護士に問題があると思う人は、次から裁判の依頼をしなくなるというコトだ。しかし、今の世の中は、マスコミが裁判所に成り代わったのか、少しだけの情報しか持たないのに、即断する人が多い。事件が、即断出来るのなら、裁判など不要になってしまう。

昨日の、ネットニュースによると、電車内でふざけて、ピストル型ライターを出していた人物が、電車を降りてから警官に暴行され、暴行した警官が処罰されたというニュースを読んで、警官を処罰するなという苦情がかなり警察に寄せられたのだという。

この話は、話が部分的にしか語られてなくて、ふざけていた人物は電車内で乗務員に咎められて謝罪し、スグにピストル型ライターを鞄に仕舞って、電車を下車した。しかし、酔っていた警官は根に持っていて、後を追いかけ暴行したのだという。

我々が事件の全てを知りえるとは思わない。裁判にしても、事件の全容を明らかにされるとは限らない。それでも、検察側、弁護側が其々の主張をし、裁判官が結論を出す。そして、間違ってはイケナイから、三審制になっているのだ。

裁判のスピードアップは望む所だが、全ての事件に冤罪という可能性があるからこそ、弁護する必要性や何度も裁判する必要があるのだというコトを忘れてしまうと、何時の日にか、身に覚えのナイまだ起こしてナイ事件で逮捕され、それでもマスコミが大騒ぎしさえすれば、有罪になるという時代が来るかもしれないのだ。

裁判官の裁きを、ホボ白紙委任している今の日本の状態を考えると、政府寄りの判決をした方が出世すると思われる。

冤罪かもしれないと考えて、無茶苦茶かもしれない位の弁護をする人間がゼロになってしまったら、その時は、政治犯は全て有罪になるだろう。

ともあれ、ワタシも弁護士は裁判を有利に展開させたいと思うのであれば、デタラメみたいな話をするよりも、やったコトはやったコトとして犯人に認めさせ、情状酌量や被害者に対する反省の意を表明させる方が良いと思う。

その方が、将来、犯人が更生するにも役立つと思うからだ。嘘で勝ち取った無罪は、逆に犯人を苦しめると思うから。

依頼者をダマして、金品を取る様な悪徳弁護士も存在していて、そういう人物に対しては、ドンドン辞めさせるべきだとは思うが、全ての犯罪者に対して、弁護したいという弁護士がゼロになってしまっては困るのだ。裁判の公平性が保たれなくなるから。

個別の問題だけを考えて、この問題に対する処遇が、将来の禍根になるかもしれないというコトを頭の中から捨て去るコトだけは、止めて欲しい。何より、政府寄りの司法判決を望む人々の思惑にハマってしまうからだ。

一つ一つの件について、妥当だという事例を積み重ねていくと、最終的にトンでもナイ世界になっているコトはママあることだ。発言は、「木を見て森を見ない」という事態にならない様に、充分考えてするべきだと思う。木だけ見させて、変な方向に誘導しようとしている人物が、世の中に存在しているかもしれないからだ。

ワタシを心配性だと思うかもしれない。でも、戦前と類似した徴候は、既に日本のアチコチに出始めているのだから、当然、そうした行動と必ずリンクして考えないと、将来の方向性が間違ってしまうかもしれない。太平洋戦争は、多くの日本人が洗脳され、それしか日本の生きる道はナイと思わされてした戦争なのだ。再び、洗脳されるかもしれないという意識は、何時でも持っていてしかるべきだとワタシは思うのだが‥‥  
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2007年09月08日

幸せの形は人それぞれ

時代に即した本は、時間が過ぎてから読むと「古臭く思える」コトもあれば、過ぎたから冷静に読めるというコトもあり、こんな本を借りてみました。
クロワッサン症候群その後
前に、10年後の「結婚しないかもしれない症候群」と似た様なコンセプトだったのですが、前に書いた本の登場人物の大半は結婚しているのに、今回の本の場合はほとんど以前の人と連絡が付かず、唯一、連絡が付いた方は、結婚しそうな方だとか。最初の本の出版から十年、そして十年後、そして続編の出版から10年後に本を手にしているのですが、『「クロワッサン」という本を好きだった人と、そうじゃない人とでは、こんなに価値観が違うんだよな』というのが、最大の感想です。ちなみに、「クロワッサン症候群」は読んだのだと思うのですが、ホトンド忘却の彼方です。かなり、古いコトなので。

大体、昔から活字中毒のワタシとしては、女性週刊誌よりも一般週刊誌の方が好きですし、女性誌と呼ばれる本で買ったと思うのは、「コスモポリタン」(既に廃刊してます)ですから。読んだコトがある人なら、『だろうね』と思うかもしれませんが‥‥

結婚するというコトを、永久就職と考えて必死になっていたならば、もっと二十代の頃、それも二十代前半に、結婚していたと思いますね。条件だけだったら、大学時代は俗に言う「三高男性」ばかりお会いしている日々でしたから。女子大というのは、世の中の大半は男女比がホボ半々なのに、先生以外皆女で(当たり前ですが)、会うつもりで会わないと男性と会話などしないというのが、当然だというありえない生活でしたし、クラブの相手先が『オオッ!!』と思う様なトコばかりでしたから。

ともあれ、専業主婦にあこがれて無かったワタシ、しかも結婚などあまりしたく無かったワタシでしたので、「クロワッサン症候群」の方々から見たら、『何ておバカな人間だろう』と思われてただろうと思います。

そんなワタシでも30歳の声を聞いたら、『やっぱり子供は産んでおくか』と決意して結婚したのですから、「結婚をしたがっている」方々は理想が高いらしくまだ結婚しなかったりするというのは、本当に皮肉なモノです。(それからマタ10年、した人も居るかもしれませんが、今回の本は、再びそれから10年がなんて本は出ないだろうと思うので)

結婚したから、幸せになれるという発想は無理があると思いますよね。男性が、『結婚によって幸せになる』と考えるかと言うと、かなりビミョ〜でしょうし。結婚する、しないに関わらず、本人が幸せだと思えば幸せだし、幸せだと思わなければ不幸せなのですから‥‥

自分のライフスタイルとして、結婚するというコトを選択するかしないかというコトですし、子供も持つか待たないかという選択、そして現実に可能か否かというコトがあるだけでしょうし。

「クロワッサン」という雑誌は「モノにこだわる」というのがコンセプトの雑誌だと思うので、「あまりモノにこだわらない」ワタシとは、考えるコトが違う人がやっぱり多いのだというコトを再認識させられただけだったかもしれません。  
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2007年09月07日

自傷したがる若者たちへ

その気持ちが理解出来るかというと、ちょっと無理ですね。若かりし頃だとしても、死ぬなら確実に一瞬に死ぬ方法を選択したと思うので‥‥痛いのは、勘弁して欲しいです。

タダ、血を見るとスカッとするのは、ある程度は理解出来ます。瀉血療法とかもあるし、循環器の先生に、「女性は閉経するまでは、あまり血圧の心配をしなくてもイイですよ」と言われたコトもありますので。献血も、体力のある人ならば、新鮮な血を作れるので、健康にイイという話も聞いたコトもありますから。

そう考えると、本の最後の方で、「夜回り先生」として有名な水谷修さんが、
具体的に体を動かし、まわりの人に思いやりを配れば、何かが返ってくる。
と書いてあるのですから、献血でもすればイイのでしょうが、物事はそんなに簡単にイカナイだけのバックがあるのだろうと思うので、ナカナカ難しい問題です。

水谷さんが、多くの中高生と対話して、自傷する原因を六つに分類して「家庭における虐待」「学校におけるいじめ」「過去における性的な被害」「親の過度な期待への適応疲れ」「失恋」「友人関係」を挙げられたそうですが、親に問題があるとするならば、本人が変わるしかナイにしても、問題の解決は難しいでしょうし、学校にはいじめは残念ですが存在すると思いますし、失恋や友人関係の問題は、誰にでもありうるし、自分以外の誰も解決出来る問題ではありませんから、周囲の人は、悩んでいる人の話を聞いてあげる位しか、手助けし難いと思います。

若い頃の恋愛は、本人が気付くか気付かざるとに関わらず、どうしても自分に似た人を好きになりやすいので、この本にも書かれている様に、互いに自殺願望のある人同士という取り合わせになりかねないのだとも思います。

でも、本当は結婚するなら「ベターハーフ」と言われる様に、自分と類似してはいても、重ならない部分を持っている人を選べればイイのでしょうが、「恋はままならないもの」だったりするので、これまた難しい問題です。

ともあれ、「本気で死ぬつもりがあるのなら、その前に自分をさらけ出すしかない」だろうと思います。やるだけやって、それでもダメなら諦めても仕方ナイのですが。

ワタシが若い頃に感動したパール・バックの言葉、
幸せになりたいと思ったら、世界中探し求めることです。それが、出来ないならば、自分の周りに作り出すことです。本気で探すか、作ろうとさえすれば、必ず幸せは手に入るはずです
という言葉を、悩んでいる全ての人々に贈るしかありませんね。  
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2007年09月06日

名医を選ばないと‥‥

前から、医者は選ばないと危ないという話は、何度もしてきましたが、一般的に余程のコトがナイ限り、あまりメンタル系の話は聞けないものです。

でも、儲け主義とそうでナイ医師との違いは、正に昨年の叔父のボケ騒動の時と、ピッタリ一致してますので、おそらくそうなんだろうと思います。昨日の本からですが、
薬に頼らない治療を行う雷門メンタルクリニック(東京都台東区)の井波真理医師は言う。
「精神科医にとって、薬だけ処方すれば喜んでさっさと帰る患者はありがたい。長い時間かけて話を聞いてあげる必要もない。そのぶん、別の患者を診ることができて増収につながる。薬好きの患者さんは薬を出す医師が好きなので、定期的に通ってくれる『お得意さん』になる。それがわかっているから、医師も過剰処方を続けるのです」
一人の患者を五分でさばけば、一日に診る患者数はどんどん増える。増収を続け、ビルの一角を間借りしていたのにすぎないのに、駅前に大きなビルを建ててしまう医師もいるという。こうした薬漬けの医療、依存症を見抜けない精神科医に、井波医師は批判的だ。
「薬だけもらいにくる人は本当のうつ病と違う。単なる依存症。医者は自分たちがヤク中を作っていることに気づいていない」
中でもリタリンという向精神薬が危険みたいだ。リタリンの効果は覚醒剤に似ていて、気分がハイになり、仕事や勉強にやる気が出て、夜中でも起きていられる様になるらしい。本来、日中でも強い眠気に襲われるナルコレプシー(過眠症)向けの薬なのだが、世界的に60以上の国々で販売されているにも関わらず、うつ病への投薬を認めているのは日本だけらしい。

販売元の会社が、1995年に「うつ病への投薬をやめるのが適当」と厚生省に申し入れたという。リタリンは乱用されることが多く、うつに有効な他の新薬が開発されたためだという。

複数の抗うつ剤を試しても効かない「難治性うつ病」(治りにくいうつ病)に限っての効能が認められたのだが、一部の無定見な医師が、病の重い軽いにかかわらず、うつ病を訴える患者に見境なく処方していて、依存者を増やしているのだとか‥‥『エエッ!!』て感じですね。

「三二条」と呼ばれる精神障害者の通院医療費を免除する法律が、2006年春から見直されたそうだが、医療費がホトンド掛からないからと、依存者によるドクターショッピングを可能にし、何軒も回っては、薬を大量に手にする人を増やして来たのだそうだ。

精神障害者に通院を促す法律が、快楽のためにクスリを消費する依存症患者を増やした側面もあるという。
「精神科では伝統的に、症状の重い統合失調症の患者に、強い薬を大量に処方してきた歴史がある。このため、うつ病患者への大量投薬も抵抗感がなく、一〇数種類もの抗不安薬や睡眠剤をまとめて処方する。死ぬほどの薬が簡単に貯まるのには、医師の安易な処方が背景にある」
病気を治そうと、病院に行ったら、薬依存症になって、オーバードーズで亡くなってしまうのだとしたら、本末転倒ですよね。どの科もそうですが、お医者さん選びは慎重にしないと、逆に命を失いかねません。お気を付けください。  
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2007年09月05日

生き急ぐ若者たち

昨日、娘が「お父さんが新聞のおくやみ欄で、15歳の人が亡くなったっていってたけど、あれ、学校の先輩だったみたい」と話してくれました。

その子供さんが、どういう死因だったのかは判りませんが、丁度、書こうと思いつつ気が乗らずにいた本が、コレだったので、マスマス気が重くなったのですけどね。
“消えたい”症候群―リストカットとオーバードーズ 生への処方箋を考える
確かに、若い頃は死にたくなるコトが結構あります。

薬依存症の行き着く先が、OD(オーバードーズ)による死なのかもしれません。

ちなみに、前に書いた睡眠薬を少ししか出して貰えなかった方は、若者ではナク、別に睡眠薬依存症というワケでもありませんが、ナイと不安というコトで、ちゃんと出してくださるトコへ行き、処方されてますし、世の中悪用しようとすれば、何事も簡単に出来てしまうだろうなと思いますね。

とにかく、読んでいて一番思ったのは、リストカットしたり、オーバードーズする人は、周りにその人の話をチャンと聞いてくれる人がホトンド居ないみたいで。

特に親が、見て見ぬふりをしたりして、不思議に思います。

保育園とかで、問題のある子供の親御さんは、自分の子供は「イイ子」であると、決め付けていて、問題が起きると、それは「他の子のせいだ」と怒鳴り込む場合が多く、「本当は貴方の子供に問題がある」と説明しても、全然聞き入れない場合が多いとおっしゃる方に、「自分の子がダメ」だと思うと、自分が持たないから「ワザと聞かなく」してるんじゃないかなという気がします、という感じのコトを言いますが、そういう親と子の関係が、悪い方に進んで行くと、こんな感じになるんだろうなと思います。

実際、若いコロは、「ピュア」なコトにあこがれるので、どうしても自分が許せなかったり、行き詰まってしまうコトは、かなりあります。その時に、どうするかで、人生の将来が決まるのですが、どうしても、若者は早く白黒つけたがるものですから、ナカナカ難しい問題ですね。

何度か書いてるかと思いますが、昔、そんな時期に医学部の教授が自分が癌であると判っていながら、授業してて、「皆さんは、こんな年寄りになったのだから、もう死んでもイイだろうと思っていると思いますが、ココまで生きてきたから死にたくナイのです。今まで、色々あっても、ココまで生きて来たからこそ」と言ったんだよ。「でも、長くはナイんだと思うんだけどね」という話を、新年会で向こうが医学生三人、こっちも女の子三人で集まった時に、医学生三人がしてくれたコトを今も強く覚えています。もしかしたら、ココまで元気にワタシが生きているのは、癌で亡くなられたであろうお会いしたコトはナイ、医学部の教授の御蔭かもしれません。

ワタシも、皆さんに言いたいです。必ず、「ココまで頑張って生きて来たんだから、滅多なコトでは死にたくナイと思う時が来る」そして、若い時よりも、足腰も衰えて、身体も動きにくくなって、生きたくナイ時も来るかもしれない。だとしたら、ソコで死んでも遅くはナイから、若い内に死んだら勿体無いよ。

青春時代に、若いというコトの素晴らしさは、ちっとも気付かないモノだけど、歳をして若さを失うと、それが本当に掛け替えのナイものだったとみんな思うんだからと。  
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2007年09月04日

かなり切実に考えさせられました

本日、久々のかなり面白くて、やがて悲しい推理小説。
交渉人
かなりタメになる推理小説かもしれません。特に、このブログのエントリーしている部門に関わる方々には‥‥という書き方じゃ伝わり難いかもしれないけど、最後の大どんでん返しを明かすワケにはいかないので、医療関係者、必読のミステリーかも、あたりにしておきましょうか。

このブログを書くにあたって、作者を調べていたら、つい、最近、TVで『パパとムスメの7日間』というドラマをやっていて、館さんの仕種が笑えたので、久々に何回か見たのですが、原作者だったんだと気付きました。ともあれ、結構、何作も書いてらっしゃるみたいで、楽屋オチみたいな、
黒笑小説
を読んだばっかりなだけに、これからも愉快な小説を読みたいと思ったトコです。

推理小説ほど、傑作を何冊も続けて出すのが大変なジャンルはありませんからね。読む方は楽でイイですが、書く方はとても大変です。ちなみに、上の東野圭吾さんの小説集の中の「シンデレラ白夜行」は、かなり深読みされていて、まるで、最近のディズニーの映画を先取りしているみたいです。こちらもナカナカでした。

というワケで、今週はシリアスな本も読んではいるのですが、あまり重いと書くには少々気が滅入ったりして、違うジャンルの話ばかり書いてます。深刻な話題の本となると、こっちも気合が必要なので、少し気晴らししてから、書かせてくださいね。  
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2007年09月03日

キレるのはダメなのか?

本日、バテバテです。最後に、とても具合が悪そうな方から電話があったので、定員をオーバーしてお引き受けしたので‥‥でも、奥様をお連れになった御主人も同じ整体の後輩にあたる方だとお聞きして、多少、無理してでもお受けして良かったですけど。奥様、右手を三角巾で吊ってらしたのに、お帰りは外して帰って頂いたので、ホッとしました。

というコトで、簡単な夕食を食べながら、ボーッと見ていたのが、本日の「クローズアップ現代」確かに、最近、キレる大人も増えてますが、キレさせるコトもかなり満載な世の中。暴力はイケナイけれど、あまり相手に譲り過ぎると、逆にこちらがボロボロになる可能性も。

例えば、こちらが正規雇用じゃないからと、正規の人々を立て過ぎるたら、マスマス踏み付けにされるなんてコトありませんか?

それも、踏み付けにしようと思ってとかなら反論もしやすかったりするのですが、若い人の天然の自己チューに降参なんて人、結構いらっしゃいます。

何せ、天然の無神経なのですから、手が付けられないという場合もあり、そんな時は、他でストレス発散するしかナク、円満解決のタメに、我々みたいな職業が存在してたりするワケです。

ともあれ、そういう発散方法がある人はともかく、普通はやはりある程度になったら、キレるまでいかない内に、相手の暴走にストップを掛けるべきでしょうね。世の中には、増長し続ける人も存在してますから。

職業の中には、我慢をしいられる場合もあるでしょうが、「御客様は神様です」というコトを完璧にし続けたら、今の時代、自分が傷付きます。限度を知らない人が増え過ぎてますし。

狭いけれど、充分すれ違える山道で、山側を登って車を走らせていると、谷側が怖いからと真ん中を堂々と走る車(都会のナンバーに多い)が時々居ます。『下手なら、こんな山道を走らなきゃイイのに』とは思いますが、こっちも真ん中に停めてケンカするわけにも行きません。

しかし、こちらが山側に寄れば、マスマス真ん中を通行します。このままでは、こちらが山に激突するか、相手に衝突するという場合、避けれるだけの道幅はあるのですから、まだ距離がある内に、こちらが、意識して真ん中に車を寄せれば、相手は反射的に車を左側に寄せるのが普通です。

それから、こちらが左側に車を寄せれば、大体、それでOK。

つまり、「そっちがその気なら、こっちにも考えがあるよ」と示すコトです。本当にキレるのではナク、キレる振りをチラッとだけしてみせるというコトがポイントです。

NHKの番組でも、病院でも大暴れする人が居るので、刺股(さすまた)を用意している病院すらありました。こういう場合でも、普通は刺股を使用しないでしょうが、それでも用意してあるという気持ちがあるだけで、少し違うと思います。

とにかく、相手に飲まれないコトが大事です。気迫で負けると、終わりという部分もあるので、折れてやっていても、必ず、こっちが折れてやっていると思うコト。卑屈になっていると、相手はカサに掛かって来ます。

冷静に「No!」を言うには、こちらにもそれなりの準備も必要です。武術を習ったりするのもイイと思います。ちなみに、フラダンスをすると、キレにくくなるとTVでやってましたが、どちらを選ぶかは、自分の性格と相談してみてください。

ワタシは譲り過ぎるのは、弊害があり過ぎると思いますし、少なくとも、滅茶苦茶な政治にだって、日本人は怒りが不足してると思います。日本は周囲が海なので、他人とモメるコトを敬遠しますが、過ぎると馬鹿げた政治がマスマス横行します。今の政治はその見本みたいじゃないですか。ドコの世に、農水大臣がこんなにコロコロ変わる国があるんでしょうね。  
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2007年09月02日

メチャクチャ笑わせて頂きました!!

本日は、久々に大笑いさせて頂きました。何にって、こちらです。
TAXi
このシリーズの最新作「TAXiぁ廖B子は「ラッシュアワー 3」を見に行くと言ってたら、主人が一緒に行くというので、開始時間が20分しか違わなかったので、息子は主人に任せて、三人で行って一人で見て来ましたが、こっちはホボ満席でした。

リュック・ベッソン監督が、脚本も書いているというので、ゼヒ見たいと思ったのですが、期待に違わずというか、期待以上に笑わせてくれました。

このブログには、今年になってからあまり映画の話を書いてはいませんが、月に1〜2回位は見に行ってますが、今年度の映画の中で、ワタシの見た中ではベストかもしれません。

最初から最後まで笑わせて貰って、アッという間に終わってしまったという感じです。どちらかと言うと、映画もシリアスの方が好きなのですが、ココまで底抜けに笑わせて貰うと、何もいうコトはありません。

笑いは、免疫を活性化してくれるというのですから、かなり活性化させて貰ったかもしれませんね。

本日は、何時もの様なブログを書くつもりだったのですが、方針変更して、あまりに面白かったので、映画の紹介になってしまいましたが、先週はブログに書かなかった本(ミステリーとか経済小説とか何冊か)もとても愉快だったので、結構、その点ではラッキーでした。

月曜日の事故が無かったら、完璧だったけど。ともあれ、明日からは、大工さんが補修工事に来ますので、ブログの更新の時間もマスマス削られそうですね。それでも、直して貰わないと困るし‥‥外壁を外せば、もっとどうなっているかが判る場合もあるかと思いますが、皆様もどうぞ自動車事故は他人事ではありませんから、御注意くださいね。

先週の何かの本によると、一年間に自動車事故に遭う確率は単純平均すると約1%、つまり平均寿命が百歳に近付いている現在、単純に考えると人生の中で一回は関わる可能性があるワケで、ココには大したコトのナイ事故は含まれないハズですから、そうした事故まで含めると、人生の中で自動車事故と無縁な人は、限りなくゼロに等しいワケです。

その事故がせめて、大したコトでナイことを互いに祈るしかありませんね。なので、やっぱり一般人は爆走シーンは映画あたりで楽しんで、通常は交通法規をなるべく遵守するに限るのかもしれません。それでも、ミスもあるので、事故がゼロになるとは思えませんけど、注意してるとしないとでは全然違うと思います。

ハチャメチャなのは、スクリーンに任せた方がイイかもしれませんね(笑)  
Posted by seitaisikoyuri at 16:54Comments(10)TrackBack(0)

2007年09月01日

不幸にならないために

長野はもう、すっかり秋の風です。あんなに暑かったのが、嘘みたいな毎日。終わってみれば、今年も短い夏だったのですね。さて、本を手にして、前にブログに書いたコトがある本の著者だと思って借りて来ました。
ハッピーティーンエイジャー―10代の子どもをもつ家族が奇跡を起こす法
当然前の本と重複する部分もあり、詳しい話は、前に書いた話題はコレと同じ「リアリティセラピー」のカテゴリーに入っているので、そちらを参照してください。

10代の子どもを持った家庭の話に実際あった話は限定して書かれていますが、それは広く多くの世代にも通じるコトです。何故なら、我々は幾つになっても両親の子供なのですから、もし両親が変わるコトを望めないならば、自分で変わるしかありませんし、子供が幼児であれ、自分を見下ろす様な体躯の大きな成人であれ、対応すべきコトは一緒です。
不幸はいろいろな違った形で経験される。あなたは幼い頃から、このことに気づいていると思う。例えば、怒る、心配する、恐れる、緊張する、疲れる、具合が悪くなる、あるいは精神に変調をきたすこともある。また、頭、腰、腹がひどく痛むかもしれないし、不眠や四六時中疲れるということもあるかもしれない。また、背中に思い荷物を背負っているかのような重い感じがするかもしれない。
しかし、それは全て貴方が選択した結果に過ぎないというのである。だから、そうした場合、自分の行動は変えられるが、他人の行動は力で変えられるのではナイと認識して、対応するしかない。

人間関係をダメにしやすい致命的習慣として挙げられた最大の七つの習慣を排除しさえすれば、貴方は不幸に「さよなら」を言えるかもしれないのだとしたら、チャレンジしてみるしかない。

・批難する
・責める
・文句を言う
・ガミガミ言う
・脅す
・罰する
・相手を自分の思い通りにしようとして、ほうびでつる(こ
 れをしてくれたら、これをするといった条件付き全て)


そんなコトだけでと思う前に、自らチャレンジすることだ。人生が今より幸福になれるのだとしたら、試してみない手はナイと思う。身体のタメにも、例え精神的に問題がありそうと思っても、薬物療法の前に、一度は試して欲しいと思うのだ。  
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