2009年01月31日

20世紀少年・第2章を見て来ました

昨日はTVである程度、第1章を見てない人にも判る程度にやってまして、子供達は第1章から楽しみにしているので、お供で行って来ました。

本当は、ワタシも第1章から見たかったのですが、仕事の関係で時間が取れずに行けませんでした。

昨日の本にもあった人類の滅亡計画がココにもという感じで、少し背筋が寒くなりましたが、熱狂的な指導者の裏で陰謀というのは、かなりありそうな気もします。

例えば、日本の小泉元首相の推進した郵政民営化、かなり前から批判してますし、最近も「かんぽの宿」の話を何度もしてますが、やはり裏は存在してましたね。

1万円だったのが、半年後には不動産会社から地元の社会福祉法人に6000万円で転売とは驚きですね。

何とボロい商売。普通ではありえない取引ですよね。買わされた社会福祉法人もですけど、ソコに直接売っていたら約6000万のホボ全額が入ったワケで、民営化というのは国営財産の叩き売りという悪習が横行しやすいというパターン、そのまんまでしたね。

さて、米国のオバマ大統領の誕生には、本当に期待してはいるのですが、昨夜の本の中に、そういうマイノリティの人々に、やり難い政策を実行させたがる人々の思惑というモノも示唆されているので、結局、政治というのは、どんな人がやるかというよりも、何を実際の政策として実行したかに、注目しないとダメなんでしょうね。

タダ、少なくとも国の税金を投与された金融機関の人々が巨額ボーナスを手にしたコトに対して、「恥を知れ!」と一喝して下さるコトは、日本の政治家にはあまり望めないコト。

日本の政治家の方々も、業界と癒着して甘い汁をなどと考えなくして頂きたいものですね。

ちなみに、本当に最後になってしまいましたが、映画はメチャメチャ面白かったです。八月末の最終章を今から楽しみにしています。(まだ見ない方が多いので、ネタバレはNGですしね。唯一、難を申せば羽鳥さんのニュースのシーンは、特殊メイクがばっちりだっただけに、ボイスチェンジャーでも使って、もう少し老けた声でお願いしたかったかと‥‥全く、ストーリーに被らない話題を探すのも大変です)  

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2009年01月30日

人口の抑制を狙う組織が‥‥

存在するという話は、かなり前から語られていて、「エイズ」とか「鳥インフルエンザ」なども、その一つではないかというコト、つまり「生物兵器」の一種ではないかという話題は、結構、あちこちの話題に(特にネット内)取り上げられるのですが、その話題が本当かもしれないと確実に思わせてくれる小説を発見。

ゲノムの方舟

かなり分厚い本で、しかも多少難解な部分もあるのですが、それでもグイグイと読まされてしまうのは、こうした陰謀が在るかもしれないと心の何処かで思っているからかもしれません。

人口がこの地球上で爆発してしまったら、人類はどうなるのかというコトは確かに問題なのですが、我々は滅多にそういうコトを深刻に突き詰めて考えないモノです。

そういう分野に属して無ければ‥‥でも、確実にそういう問題が存在しているコトを、多少は誰しもが認識しているハズで、心の奥底では考えているものの、真剣に考えたくはナイという問題なのかもしれません。

特に、日本では少子化の方が問題視されていますしね。

でも、おそらくこの問題は人類が地球上で存続するタメには、避けては通れない問題なのでしょう。

少なくとも、そういう認識は明確に持っているべき問題なのだと思いました。その上で、やはりこれからも様々な病原菌が開発される可能性は大なのですが、それから自分の身を守るタメには、やはり常日頃から健康の維持に努めるコトに他なりません。

体内の抵抗力を維持すれば、助かる可能性もありますが、無理なコトばかりしていて、免疫力を低下させていれば、そうした病原菌に殺される可能性は確実に増えるだろうと、真剣に思わさせて頂きました。かなり、注目の作家を発見して、これ以外の作品もゼヒ読んでみたいモノだと思いました。  
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2009年01月29日

死ぬ前に踏ん張って

担任に体罰を受けたのが、原因らしく福岡の中学一年生が自殺したニュースを読んで、本当に胸が痛んだ。

校長によると担任は昨年6月、生徒が同じ学級の男子をいじめた疑いを持ち、放課後2日間にわたって理科準備室などで「(男子の)上履きを隠したのはお前だろう」と問い詰めた。その際、生徒の頭をげんこつで殴り、ひざをけるなどした。

両親によると生徒は泣きじゃくりながら帰宅し母親が事情を聴いたところ、体罰を受けたことを明かし「やっていないと言っても信じてもらえない」と話した。さらに「帰り道、車に飛び込んで死のうとしたけど、足が動かなくて死ねなかった」と明かした。母親は担任に「息子が死にたいと言っている」と連絡。駆け付けた担任は「すみません」と体罰を認めた。

こういう単なる暴力にに対して、体罰という言葉を使うのは間違ってナイだろうか。

高校で携帯電話のメモリーが紛失したからと、拇印を押させたという問題もあったけど、もっと学校も法律の遵守が大事ではないかと思います。

暴力が許されるのは、正当防衛だけと法律に明記されているのに、「体罰は容認すべき」などという人々が存在するので、こういう教師が幅をきかせてしまうのでしょう。

学校は聖域という考え方を改めた方が良い時期に来ているのではないでしょうか。少なくとも、学校で法律の遵守を学ばすして、一体、ドコで学ぶのか?

例え教師だと言っても、してもイイことと悪いコトがあるのは当然だと思います。

それにしても、子供達には世の中には理不尽な人が存在するコトがあったとしても、とにかく生き抜くコトを考えて欲しいと思います。

世の中が理想と一致していればイイのですが、残念ですがそうはいかないのが現実です。

ともあれ、挫折する度に死んでいたのでは命が幾つあっても足りません。例え正義が自分にあるとしても、相手に非があったとしても、向こうが生きてて、こちらが死んでしまったのでは何にもなりません。

変な相手とは、距離を置いてでも必ず生き抜くコト。そちらの方が絶対に大事だと思います。  
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2009年01月28日

民営化の本当の狙いは?

結局、甘い汁を吸えるからなんじゃないかと思うニュースがありました。この前にも少し書きましたが、もっと驚きの裏がありそうですね。

旧日本郵政公社が民営化の前に、宿泊施設である簡易保険加入者福祉施設(かんぽの宿)や郵便貯金周知宣伝施設を、建設費より格段に安い価格で売却していたことが、日本郵政が民主党に提出した資料で分かった。収益性が悪いために簿価を引き下げ、それを基に売却額を決めたためで、わずか1万円で売却されたかんぽの宿もあった。
 
日本郵政は同日の民主党総務部会で、オリックス不動産への一括売却を決めたかんぽの宿70施設の整備費は2402億円だったと説明。鳩山邦夫総務相は、この70施設の売却額109億円は安過ぎると主張している。郵政宿泊施設の安売りは民営化前から続いていることになり、改めて議論を呼びそうだ。


多少抜粋してますが、過去の国鉄の売却の時も、国鉄が所有していた国有地を安く払い下げて貰って、得をした一部の存在があったのですから。

民営化というと、素晴らしいコトという刷り込みがありますが、国鉄だって確かに赤字は出さなくなったかもしれませんが、国鉄が所有していた資産は全てJRの物になってしまったワケで。

そして、巨額の負債はホトンド国民負担。そして、巨額の年金もチャンと今もOBの方々は受給されているのです。

確かに、乗客に対する対応は良くなりましたが、それだけで国民に負担のツケが回されたのと相殺されたのでは、万事メデタシだったとは言えません。

おそらく今回の「かんぽの宿」問題も、この調子では二の舞になりかねないと思います。なので、皆様も自分の懐から出費を増やしたくないのであれば、他人事だと思わずにしっかりと目を光らせるべきなんでしょう。

ちょっとした目くらましで、安心していると実は大変なコトになるという気がします。  
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2009年01月27日

皆様、御心配を掛けましたが‥‥

御蔭様で、本日、息子が高校に合格致しました!!

一応、学校長推薦だったので、大丈夫だろうとは思っておりましたが、それゆえ、落ちていたら本当にショックですし、ハラハラドキドキしながら息子の帰りを待ちました。

四時前に、息子が家に戻ったので、合格発表は四時と決まっていたので、「まだ早いけど、どうなの?」と聞くと、「間に合わないから、明日教えるね」と担任の先生に言われたそうで‥‥

明日まで、蛇の生殺し状態では、精神衛生的にも悪いし、仕事にも集中出来ないので、予約の合間を見て主人と高校に発表を見に行きました。

息子は「怖くて見に行けない」というので、祖母とお留守番して貰って。

『大丈夫だろう』という気持ちと、『万が一‥‥』という気持ちが錯綜して、学校までの時間が長かったですが、無事に番号を発見してホッとしました。

小さいのコロから、何かと手の掛かる子供だったので、高校に合格が決まって本当に嬉しいと共に、肩の力がスッと抜けました。

今晩はゆっくり眠れそうです。昨日の晩も、仕事で疲れているのでチャンと寝てはいましたが、やっぱり少々緊張していたので、疲れがイマイチ取れなかったりしたので。

御心配頂いた皆様、本当に有難うございました!!  
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2009年01月26日

生命倫理はドコへ行く?

研究目的での受精卵作製の指針が決まったみたいだが、我々は生命という神の領域に踏み込もうとしているのだろうか?

無論、遺伝子に問題があって、産まれてから大変な思いをしている人々の存在は良く知っているので、研究目的での受精卵作製が全てイケナイと言うつもりはナイのだが、クローンの問題を始めとにかくココまでという線引きも大事だとは思うのだが、これ以上は絶対にダメという線をしっかり引くべきなのではナイだろうか。

今のままでは、必要に応じてドンドン規制が緩和されていくだけの様に思える。

そして、もしその過程で突然変異が起きた場合に、どうするのだろうかという疑問が湧き上がるのだ。

確かに作製した受精卵は14日以内に廃棄し、母体に戻さないと今回は決まっている。しかし、何時までこのままでいられるのだろうか。

おそらく実験をしだせば、必ずもっと研究を続けたいという欲求が生まれるに違いナイ。

何故なら、それが当然の欲求だからだ。人間というのは、少しづつでイイから、現状維持ではナク、その場所から一歩進むコトを考えている。

その内に、クローン人間を利用して、不老不死を願う人が現れても仕方ナイ気がするのだが、それを誰が止められようか。

確かに、遺伝子が一緒だったとしても、生活が違うので全く同じ人格の人間が生まれるとは限らない。だとしても、本当に自分の分身がこの世の中に何人も存在するコトが、イイ事なのだろうか?

簡単には結論が出ない問題だとは思うけれど、時々によって法規制が曖昧になり、境界線すら判らなくなる前に、もう少し受精卵を使う研究は、ドコまでが許されて、それ以上は絶対に許されないのかという基準を早急に作るべきではないかと、非常に危惧するものである。  
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2009年01月25日

K-20を見て来ました

久々の「映画鑑賞の記」になります。息子が受験となると、親も我慢せざるを得ないので‥‥

「感染列島」など見たい映画は山積しているのですが、中々暇もナイので劇場でやっている内に見れるかどうかが心配です。マダ、息子の結果は判りませんが、取りあえず今週末は息抜きをさせて、もしもの場合は再びの映画断ちに突入です。

映画の前の宣伝で、前に書いた「ジェネラル・ルージュの凱旋」の予告をやってました。映画館の暗さがあったので、ネットで見た時よりは、堺雅人さんの速水先生でも何とかなるかもとは思いました。

娘達によると、「ジェネラル・ルージュの凱旋」を見たいと言ってらした方が、映画の帰りにいらしたとかで、結構、期待値は高そうです。

さて、本篇の「K-20」ですが、とても面白かったです。ネタバレしてはマズイので、深くは書けませんが‥‥

惜しかったのは、仲村トオルさんもやっぱりお歳なのかアップだと、少々老けて見えたコト。考えてみれば既に何十年と銀幕のスターなのですから仕方ナイのですが、やはり残念です。

小日向文世さんなどは、初めてみてからあまり変化がナイので、逆にそちらは驚きだったりしますが‥‥

松重豊さんの演技には、脱帽しました。スゴイ役者さんですね。

と、本当に当たり障りの無いコトばかり書いてますが、本当によく出来た話になっていると思います。

名探偵の掟

この本を読んで無かったら、もっとビックリしたかも。

というコトで、ミステリーマニア向けの映画かもしれません。久々の映画を堪能させて貰いました。  
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2009年01月24日

奇跡の回復は薬からの脱却から

さて、昨日の本の話に行きますが、まず最初の本では「膠原病」に侵されて、医師から匙を投げられた筆者が、投薬されていた全ての薬を断り、病院を出て笑える話を見たり読んだりして、ビタミンCの投与だけで奇跡的な回復をした話であり、続編の本では心臓病で再び死期を宣告されたものの、踏ん張って回復したという話です。

正確には、著者は最終的に心臓病で亡くなってしまうのですが、少なくとも医師から安静にしていても、長生きは無理と言われてから、約10年、心臓の手術も拒否して生き生きと人生の最期をベッドに縛りつけられるコトもナク、正にビンビンコロリと亡くなられた方の実話になってます。

全ての人々が、こうやったら治るとも言えませんし、著者自身が全く手術などを拒否すべきであると述べているワケではナイのですが、両方の著書に共通しているのは、「人間は自分で生きたいと願い、そのタメに一番快適だと思う様に生きるコトこそが、長生きに繋がる」という思想かもしれません。

今の西洋医学の「対処療法」が、本当に正しいのかという疑問に対して自らで人体実験をした結果と言えるでしょう。

ビタミンCが万能薬ではナク、癌患者の家族が全ての薬を止めてビタミンCを試したいと言ってきた時も、完全に回復するコトは無理だと思うが、試すべきだと思ったら実行したらイイと述べたワケで、でも、結果、ほんの少しではあるモノの患者さんの寿命は延び、最期の時間を有意義に過ごせて死んでいかれたのですから、試す価値は十分にあったというべきなんでしょう。

我々の生命というモノは、科学などがどんなに進歩しても、全てが解明されたワケではありません。

もっと、謙虚に命について様々なアプローチが可能なのではないか、シャーマニズムとしいうモノも、ある種の存在感は当然有しているだろうし、見習うべき部分もあると、とても謙虚に色々なコトについて述べられています。

偽薬が利くコトに対して使われるプラシーボという言葉は、ラテン語で動詞の「わたしは喜ぶだろう」という一人称単数形であるコトから考えても、人間の回復には、喜びや笑いなど、人生の明るい話題こそが役立つのです。

「病は気の持ちよう」という日本の諺がありますが、自分で自分を不健康に追いやる様な、負け犬根性はある程度捨て去らなくてはイケマセン。

そうした精神のあり方について、一番ページが割かれています。もし、どうしても治らない病気と諦める前に、まずは自ら生きるコトへの執着などを見つけるコトかもしれません。  
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2009年01月23日

精神の回復こそが健康をもたらす

既にこの本のコトは書き込んだかもしれませんが、改めて続編と続けて読んでおります。

確実に続編は初めて読んでますので、ソコに付いての話はしてナイと思いますので。

笑いと治癒力 (同時代ライブラリー (261))

そして、こちら。

生への意欲―続笑いと治癒力 (同時代ライブラリー (289))

膠原病と心臓発作を医者のアプローチとは違った形で、自力で克服されようとした方の本です。

いかに、自分で治そうと努力するコトが大事かというコトを、丁寧に書かれています。なので、それをこれから御紹介したいと思うのですが、本日は昨日のブログにも書きました様に、御客様に時間の融通を付けて頂いて、仕事もしつつ、息子の入試で高校まで送り迎えなどをしてましたので、まだ精神的にも肉体的にも疲労していて、上手く要約して書き込めませんので、詳細は明日以降というコトでお願いします。

要するに、「自分自身を治す最良の医師は、貴方自身の中に存在する」というコトなのですが。上手く書き込むには、少々無理があるので、本日もコレで失礼します。  
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2009年01月22日

明日は息子の入試

というコトで、正直ハラハラドキドキしておりまして、本日のブログに書くコトが全く纏まりません。

娘の方が、最初の子供というコトもあり、かなり前から緊張していた様にも思いますが、ともあれ模試などでも、ある程度感触があったので、心配ではあっても『マァ、大丈夫だろう』と思ってたので、何とかなるとは思ってたのですが、息子は何とかなるとは思っているモノの、緊張が不足していたので、今になって少し心配だっりして‥‥

子供の入試というのは、本当に心臓に悪いですね。自分で受験した方が、大変だけど気は楽だったかも。

ちなみに明日は娘の「百人一首」のテストもあり。これから、娘にカルタ取りをさせなくては。

娘の方は、やたら模試だったり、定期考査だったり、週一のテストなどと、高校一年生にして、度々テストがある学校なので、今の高校生は大変だなと思います。

昔は、一年生の時などあまり将来について考えなかったモノだけど。ソレが良かったどうかは別として。

今は、担任の先生と将来について個人面談で話す機会も多く、教師の方も大変だろうなと思います。

ともあれ、明日、寝坊しても困るので、本日は正に「日々の雑記」そのままですが、お許し下さい。

とても、気の利いた話を思いつきそうにありません‥‥  
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2009年01月21日

荒れる10代

昨日に続き、息子と同じ中学三年生の残念なニュースがあった。今度は、見ず知らずの同年代の少女らに集団暴行を繰り返したという。

まだ、人生のほんの最初で躓いてしまうとは、本当に気の毒だ。

ともあれ、学校のコトというのは、外部からでは本当に判り難かったりする。

何故なら、本日の御客様の中に、息子とクラスは違うのだが、同じ学年の息子さんがいらっしゃる方がいらして、息子のクラルメートをかなり褒めていた。

『そうだったかな?』と思いつつも、聞いていたのだが、今、ブログを書くにあたって息子に確認したら、性格的にはあまり褒められないタイプなのだと言う。学力的には素晴らしいらしいのだが。

やはり違うクラスのお嬢さんがいらしている方も、御客様のお一人なのだが、そちらの方から前に聞いた話も、やはり問題ありという話だったハズ。そちらとの話では、その母親という方に、少々問題がありそうなので、やはり「親を見て子供は育つから‥‥」と何カ月か前に話をしたハズ。

いわゆる優等生の子供というのは、相手によってカメレオンみたいに、態度をコロコロと変えている場合も多く、おそらくそういうタイプの子供なのだろう。

それにしても、最初のニュースで問題だと思うのは、リーダー格の女子生徒は、「八王子駅周辺で、1年間に10人ぐらいボコボコにした」と話しているらしいのだが、どうしてそんなに数多くの被害者が出ているのに、今まで逮捕できなかったかというコト。

犯罪は回を重ねる度に、凶悪化して行くというコトは良く知られたコトである。

もう少し早い内に捕まえてあげた方が、ココまで凶悪にならなかったのではないか。

「両親が離婚して私は不幸。金持ちはむかつく。かわいい服や私立中の制服を着た幸せなやつは許せなかった」という動機には、なんと身勝手なと呆れるしかナイが、本来、子供は親を選んで生まれて来るコトは出来ないモノ。

少なくとも、親となったからには、完璧な親を目指すのも逆に変な子供が出来そうで怖いが、少なくとも世界で一番我が子が大事だという位の意気込みが無いと‥‥

どんな子供だって、自分の子供なのだから、多少口を聞かれたって、本当は自分が大好きなのだと、信じあげるしかナイのではないかと思うのですが。  
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2009年01月20日

怨念で復讐はできない

ネットでいじめられたのを苦にして中学三年生が自殺したというニュースを聞いたが、おそらくこの事件も闇の中に葬り去られてしまうのだろうという気がする。

同級生の実名を挙げて「復讐(ふくしゅう)します」などと「遺書」に記していたそうだが、オカルトの世界ならば死んで復讐するコトも可能だろうが、おそらく無理。

世の中に怪談話も溢れているので、100%とは言えないが、99%無理だと言える。

それよりも生きて相手を見返すつもりになって欲しい。若い時は、時が永遠に続きそうに思うけれど、中学の三年間など振り返ってみれば、人生の中のホンの一瞬。

どんなにイヤなコトがあっても、嵐が通り過ぎるのを待つか、それとも身を隠してやり過ごすかどちらかしかナイ。

世の中には、相手の気に障るコトをしたくてしたくて仕方がナイ人間が、結構存在する。

しかし、そんなコトに一々動揺してはいられない。

人生は思ったよりも短いのだ。時間の過ぎ去るのは、歳を取る度に加速度が付いて来る。

実際には、時間というモノは若くても歳老いても一定に過ぎるハズなのだが、忙しすぎて歳をするとドンドン速く過ぎ去る様に感じるのだ。

つまり、何が言いたいのかというと、どんなに辛い時でも世の中に辛いコトがズッと続くわけではナイと信じるコト。

今、辛い思いをしている皆さんも、自分を信じて明日を信じてイヤな時をやり過ごして欲しいモノです。

ネットに書かれると、言われたコトとは違って何時までも残るのでイヤな思いはします。でも、そんなコトに関わらず、自分の人生を生きて行って欲しいものです。  
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2009年01月19日

ジェネラル・ルージュの凱旋‥‥

の映画化は知ってましたが、本日息子に公式サイトがあると教えられて見たら、ちょっとショック。

どうしてかと言うと、一番シニカルで格好イイと思っている天才外科の速水晃一が堺雅人さんというので。

堺雅人さんは、NHKの朝ドラの「オードリー」から好きな役者さんだし、上手いとは思うのだけれど、本のイメージと比べると‥‥

と言うか、「ジーン・ワルツ」などに出て来る産婦人科の清川先生だったら、ハマリ役だと思うんだけど。

速水ドクターはもっとストイックな感じがしてたので、椎名桔平さんあたりをイメージしていたので。

年齢的にもピッタリな感じだったので、一押しなんですけど、ゼヒとも今回もTV化するんだったら、椎名さんで見てみたいですね。この前のTV化は白鳥さんが格好良すぎだったので、これ又チョットだったのですが。阿部さんは本格二枚目なのに、三枚目ぽくも演技出来る人だから、何とかイメージを合わせられましたけど。

とにかく、映像的には原作では難しいかとも思うので、白鳥さんが原作よりも格好良すぎても、田口先生が男性から女性になっても我慢できるのですが、でも、速水先生だけは一番このシリーズで気に入っているキャラなので、どうしても心残りです。

ちなみに、娘も速水先生が一番のお気に入りなので、「イメージが違う」と言ってガックリしております。

無論、どう映画化されるか興味があるので、絶対に見るつもりなんですけど、何とかイメージの違いを払拭して欲しいです。原作を読んでから映画というのは、やはり原作と思うコトが多いですからね。映画で良かったから、原作という場合は大体どちらも満足出来るのですが、どうしても本が先だと、イメージが先に出来てますからね。

小説的には、「ジェネラル・ルージュの凱旋」が海堂尊さんの今まで書いていた小説の中では、一番上手く書けていると思ってますので、どう映画化されるか、かなり期待していただけに、ゼヒとも原作の良さが上手く映像化される様にと祈ってます。  
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2009年01月18日

集団感染を予防するには

東京都町田市の鶴川サナトリウム病院で女性患者3人が死亡したインフルエンザの集団感染は、感染者が新たに5人増えて計106人になったそうだが、今、長野市で問題になっているのは、給食センターでの集団ノロウィルスの発生。

新たに合併された場所を除いた長野市の給食センターは三つだけで、市立の小中学校に給食を賄っている。

ロノウィルスの発生した給食センターはお正月明けの最初の日だけ、給食を提供しただけで、翌日から25校への給食の供給を停止している。大半の学校は停止された給食提供日からが、新学期の開始日だったので、その25校に含まれる息子の中学も、今年初めての登校初日は「まぜご飯」と牛乳だけで、それ以降は親がおかずを持たせるというコトで、現在までそれは続いている。

調理している方々の全員が回復しているワケではナイのだが、既に十日ほどの給食停止が続いているのが、親の負担になっていたり、おかずを持参出来ない子供も居たりするので、通常提供している、主菜、副菜、汁物の内、副菜だけを取りやめるというコトで、21日からの再開になるのだが、全国的な給食センターの一日の提供平均は「信濃毎日新聞」によると、三千食だとか。今回、停止している給食センターの提供は一万二千食なので、平均のホボ四倍にあたる。

一旦、何かがあった場合、少量であれば他所にそれらを振り分けるコトも可能なのだが、長野市の他の給食センターも同じか、それ以上に作っているので、現在の供給で手一杯になっている。

リスクを軽減するには、もう少し小規模で運営するしかナイと言うのだが、結局、コスト優先になってしまっているのだろう。

ともあれ、貧しいのでおかずを持たせられないという家庭もあるのだろうが、周囲の学校の父兄の話を聞くと、親が水商売関係で夜が遅いのでという場合もあるらしい。

多くの親は、大変でも手抜きしてでも、それなりにしているのだから、持って来れない生徒が居るのは気の毒というコトで、不完全でも早急に給食の再開となったみたいだ。

ともあれ、最初のニュースの病院で、新たに感染が発覚した入院患者の男女5人の内4人がインフルエンザの予防接種を済ませていたというだから、予防接種していれば万全というモノでも無い。

ちなみに、インフルエンザウィルスは乾燥すると活動が活発になるので、一般的な対策として室内の湿度を50〜60%に保つのが有効だし、手洗いやうがいなど基本的な対策こそが、感染を防いだりする。

何事も、「他山の石」として、対応を誤りたくナイものだが、結局、どちらの場合も全く感染しなかったりする人も存在するのだから、やはり最終的には体力を高め、自己免疫力を高めて、ウィルスに負けないコトこそが、感染を防ぐ最大の方策だと思う。

施設にはなるべくコスト意識よりも、安全徹底を願うと共に、我々も未然に発症を防ぐ努力をしておくべきだと思った。  
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2009年01月17日

オーパーツを考える

世界には、超古代文明があるという話は知ってましたが、そういう本を読むのはちょっと‥‥と思ってたら、概要が小説で簡単に理解出来る本を発見。

神々の遺品

地球は二度の全球結球した後があるとか、恐竜は何故滅びたかみたいな話は断片的に知ってはいたモノの、しっかり研究したいというモチベーションを得られなかったのですが、この本を読んでかなり超古代文明に関心が出て来たかも‥‥

本当にそうなのだろうかナドと思うだけの、色々な話があって、「ピラミッドが単なる墓ではナイ」という話とかを知ると、ミステリーとして読んで楽しいだけでナク、かなり有史前に興味が出て来ました。

アメリカがイラクに固執するのは、「シュメール文明」に関心があるからなどという話題まであり、超古代文明に俄然関心が出て来ました。

「ナスカの地上絵」とかもそうですが、古代とは思えない遺跡が世界には色々とありますね。

日本の古代史には興味があるのですが、世界の古代史にはさほど心動かされなかったのですが、やはり世界は繋がっているのですから、神秘のベールが掛った、昔に心惹かれるモノを感じます。

それにしても、文明の繁栄も決して永遠ではナイのですから、どうせ暮らすのであれば、なるべく他人と争わずに仲良く暮らしたいものだなと改めて思いました。  
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2009年01月16日

再び刑法39条を考える

前にも書いた「刑法39条」の問題ですが、今回のテキストは小説。

無痛

この手の小説は、何冊も出ていますが、やはり医師の目で書いたというコトが、キーワードかも。この作者に限れば、今までよりも小説としては万人向きに書かれていると思います。

とにもかくにも、前から書いている様に、「刑法39条」に対するワタシのスタンスは、廃止して情状酌量で対処という方がイイと思ってます。

詐病する人が存在する以上、「疑わしきは被告人の利益に」という場合ではナイだろうと。

おそらく、この小説は「世田谷の一家殺人事件」や「大阪の小学校襲撃事件」そして、前に「刑法39条」について書いた時にコメントを頂きましたが、「精神障害者の歩道橋からの突き落とし事件」などを踏まえて書いたモノだと思います。

親が悪いと子供の成育に悪影響が出るコトもあり、情状酌量という場合も、遺伝的なモノか、後天的なモノかの区別も付けにくいとも思います。

人間は神ではナイのですから、完璧な裁判など不可能ですし、当然冤罪もあれば、問われるべき罪を見過ごしてしまうコトもあるとは思いますが、精神障害者を装えば無罪になると考える人々が横行する様になってしまったら、逆に精神障害者の方々が生き辛くなると思うからです。

当然のコトながら、精神に障害があったとしても、犯行にまで及ぶ人は本当に極一部ですし、精神障害者になられた方々が、別の生まれ方をしていたらというコトもあるし、それは犯罪者全てに言えたりもするので、情状酌量というのも様々な議論を巻き起こすとは思います。

しかし、「殺人などの罪状が重いものの時効撤廃」と「刑法39条」の廃止は、おそらく事件の発生の抑止力にはなると思います。

ともかく、事件が起きてからどうすると考えるよりも、健康と同じで未然に犯罪は防ぐという社会を作るべきです。虐待されている子供達を救済するコトとかは、社会の安定化にも繋がりますし、そうした税金の使い道は「単なるバラ巻き」よりも、もっと有効なハズです。

異端者を排除するよりも、異端者を生み出さないタメに、強制して抑え込むのではナク、社会の枠をゆるやかに広げて、多少の違いは受け入れて、仲良くするコトで皆がより住みやすい社会になるコトを願っています。  
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2009年01月15日

勘違いしている人々

昨年12月、警察庁の30代のキャリア官僚で人事課課長補佐で、職務倫理の指導を担当している人物が、内規では届けなければならない私的な海外旅行に無届けで行こうとして、成田空港で手荷物検査の際、国際線の航空機内に持ち込みが制限されている100mlを超える液体物の持ち込みを止められ、女性検査員に検査用トレーをぶつけていたというニュースには呆れてしまった。

「県警本部長を呼べ」などと暴言を吐いたらしいが、一体自分を何様だと思っているのか‥‥おそらく、キャリア官僚の中には、自分は天下の重要人物ゆえに、何をしても許されるという思い上がりがあるのだろう。

外国には、「選ばれし者には、それなりの義務が課せられる」という倫理観が存在するのだが、日本人には宗教が浸透してナイこともあり、物事に対する倫理観の欠如している人物が結構存在する。

宗教心とか倫理観というモノは、ドコかの宗教に入信してナクとも、当然持つべきモノなのだが、日本人はそれがとても薄かったりする。

例えば、外国では社会が許さないというコトもあるのだろうが、成功した人々は多額の寄付をするコトが当然だったりするのだが、日本では違う。

無論、他人に受けるコトを念頭に置いた寄付など、無意味という意見もあるだろうが、本心はどうあれ「寄付によって救われる弱者が存在する」のであれば、それはソレで良いコトに決まっている。

なのに「年越し派遣村」とかで、弱者に対して支援をしている人に対して、「甘やかしている」などという中傷すら行われる国だ。

インドでは、喜捨を強制的に求められたりするコトもある様だが、分け与えるコトが可能であるモノは、他人に財物を与えるコトで、自らが浄められるという思想があるからだとか。

もう少し、日本人も世界的に尊敬されたいと思うのであれば、綺麗にスマートにお金とかを遣うべきだ。

ODAなどを常任理事国への投票を買う道具にしようとしたり、お金で他国の気持ちを買い叩こうとしないコトだ。

どの様な人々にも、プライドは存在するのだし、相手のプライドを満足させながら、相手に与えるコトが出来ないのであれば、最初から相手の見返りを期待したプレゼントなどしない方がマシである。

とにかく、幸運な人生を得たコトは、自分の努力も大事ではあったと思うが、やはり運が味方してくれたのも一因と考えて、その僥倖を他人と分かち合う姿勢を見せなければ、世の中で尊敬されるコトはナイ。

とても当たり前なそんなコトすら知らずに、タダ学力ばかりあったとしても、それでは逆に他人に心の中で馬鹿にされるだけだ。学力向上も大事だが、やはりそれには最低限のモラルの遵守があってこそだと思うのだが‥‥  
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2009年01月14日

家をいずれば七人の敵ありとは言うモノの

物騒な時代になりましたね。通り魔殺人もあれば、怨恨と思われる殺人などもあり‥‥無論、中央大の教授刺殺事件が念頭にあるのですが。

胸や背中十数カ所に傷があるというのに、争った形跡がナイとなると、いきなり襲っただろうし、かなりの恨みがありそうなので、知り合いという可能性も出てくるのでしょう。

にしても、おそらく死亡された教授が殺されるホド恨まれていると知っていたならば、ある程度気をつけていただろうと思うので、こうも簡単にコトは運ばなかっただろうと思うと、犯人の勝手な思い込みなのかもしれません。

人間というモノは弱くて、変な気持に囚われてしまうと、勝手に悪い方へ悪い方へと思いを巡らせて、より自分を窮地に追い込んでしまうモノです。

そういう時に、どうすればイイのか。ヒントになりそうな本を、御紹介します。

クヨクヨからスッキリへ、こころのクセを変えるコツ―自分でできる“認知療法”エクササイズ

「認知療法」というのは、簡単に言えば、自分の心の中にマイナス思考の配線が出来上がっていて、それで不便を感じるならば、思い切ってその配線をプラス志向に変えるコトを目指します。

「悪い方向に考えるクセを直して、心をリラックスする」ことが出来たら、世の中はかなり楽しいモノになるハズです。

我が家の御客様の中にも、体調が悪いのが長引いてしまって、心まで疲れてしまった方も、結構いらっしゃいます。

『物事の見方を変えるコトさえ出来れば、もっと肩の力が抜けてリラックス出来るのに』と思う様なコトもしばしばです。

無論、身体の緊張がほぐれてくると、心の緊張もとれるモノではありますが、心のリラックスが身体の疲れをほぐすコトも、マタ事実なので。

もし、クヨクヨ迷っていたりしたら、「認知療法」とはどんなモノかを知るタメに、軽く読める本なので、ササッと読めますから、読んでみるとイイかもしれません。

本人が変わる必要性を感じなければ、絶対に変われません。この本は、そのきっかけを作ってくれそうな本です。  
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2009年01月13日

延命治療はドコまで?

老人デイケアのクリニックにお勤めになったコトがあり、在宅医療専門のクリニックにお勤めで、前に何冊か小説を紹介した方の本です。

日本人の死に時―そんなに長生きしたいですか (幻冬舎新書)

確かに、意識が薄れてまで、胃に点滴を直接入れやすくして生き延びるコトには、あまり賛成しかねるのですが、老人の言葉は素直には聞けないモノだったりするので、医師としてではナク、家族として御老人と同居なさった経験はおありなのかしらという疑問はどうしても、浮かんでしまうのですが‥‥

正直、主人の母親はヒマさえあれば、「早くお迎えが来ればイイのに」等々の言葉を述べはしますが、果たしてそれが本心なのかというと、かなりビミョ〜だったりするので。

老人の一番悪いトコは、自分を卑下して、それを他人に否定して欲しいという気持ちが強い様な気がしますね。

少なくとも、真面目に応対すると疲れるので、我々家族は適当に「死にたい」という言葉を聞き流しておりますが‥‥

老人になって、体力や知力、気力が衰えてくると、こんな自分で生きてたくはナイという気持ちになるのは、当然ありえるコトで。

でも、だからと言って本当に『死にたい』と考えているかは、別の問題だと思います。

何故なら、「パッと死にたい」とか「延命する必要はナイ」とは何度も口では言っていても、「お医者さんが困るから、そういう話は一筆書いておいて欲しい」と言うと、「そうだね、一筆書いておくから」とは言うけれど、何年経っても書いたコトはナク。

別に、長生きしてくれていて全然構わないので、無理にそう書いて欲しくもナイし、亡くなった主人の父親が「ワレは百歳、百歳」と主人の母をからかってたので、誰か他の人でも迎えに来ない限り、『多分、寿命は百歳』と思ってるので、見送るのも大変だろうから、『出来ればワタシの方が、先に逝かなければイイが』とは思うものの、子供達が面倒を見る可能性もあるので、それなりの金銭的な用意のお金は大事に別にしてあります。介護には、お金も必要ですしね。

実の母親は、六十歳で突然死した友人を心から羨ましいと思っていたらしく、七十歳で突然死しましたが、本人はそれで良くても、周囲には何となく心残りですからね。

ちなみに、ワタシの理想的な死に方とは、突然倒れて多少意識があって、皆にお別れしてから、数日後に亡くなるというのがイイとは思いますが、果たしてどうなるやら。

ともかく、何事も「天命」だと思うので、自分の寿命など考えても仕方がナイと思ってます。基本的に、『人生はなるようにしかならない』と思ってますから。

でも、自分の死について全く考えない人には、一読をオススメします。人間の命は永遠ではナイので、今を大事に生きようと思うタメにも、読むとイイかと思うので。  
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2009年01月12日

新成人に贈る言葉

この連休は、娘の「百人一首」の半分を覚えるというのに、かなり一生懸命付き合っておりました。

で、前にも書いた連想による記憶法を利用して覚える様に言ったので、おそらくある程度は大丈夫でしょう。

ともあれ、一気に覚えるというのと、本当に理解をして覚えるというのは全く別物であって、高得点を得たとしても、本物の理解とは違うというコトを身を持って理解してますからね。過去に。その辺も、学力テストに批判的になる原因かもしれませんが‥‥

前にも書いたかもしれませんが、昔は成人式は一月十五日の小正月の日と決まっていたので、祝日が連休になるとは決まらなかったワケで。

成人式に出ようと思いつつ、長野まで往復するのがイヤだったタメに、その後の大学のドイツ語の試験のタメに、必死でドイツ語の頭の単語と日本語の訳文の丸暗記にしゃかりきになっていたのが、ワタシの成人式でした。

ちなみに、本当に二十歳になるまでに、二か月もあれば成人式もなと思ってしまったりもしたのも事実で。

翌年の成人式の日には、ラッキーなコトに高石ともやさんのコンサートのチケットを「きょうとにか」という雑誌だったと思うのですが、ソコから頂戴したのか何かで、成人式の人々が大勢集まって成人式を終えた感じのホールで、無料でコンサートを聞いたものです。

既に、成人式を二度も過ぎてしまうと、若い頃の一番の特権は「無謀なコトが勢いで出来てしまう」というコトではないかと思います。

タダ、ソコで法律違反を犯してしまうと、その後の人生が台無しになってしまうモノ。何事も程度問題ですよね。

せっかくの人生なので、取り返しがつく程度の経験を色々として、人生の道標として心に刻んでおいて欲しいものです。

出来ればバーチャルではナク、実体験としてね。

二十歳の人に限らず、今の若者はどちらかというと、頭の中で観念的に考えただけで人生を知っているつもりになる人も多いのですが、ある程度のリアルな体験もナイと全てが机上の空論になりかねません。世の中の全てが、ネットがあれば判るというワケではナイことを覚えておいて欲しいですね。

生の現実体験も、生きて行くタメには必要なのですから。  
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2009年01月11日

メタボを狙う陰謀

ちなみに、自己弁護に走っているのではという批難は甘んじて受けるつもではありますが、最近の健康診断の厳格化や保健指導のウザさ、そしてTVでのやたら健康食品のCMの多さに胡散臭さを感じてました。

で、昨日図書館でこの題名を見つけて思わず手に取ってしまい、パラパラめくる内にゼヒとも読みたくなって、帰ってから一気読みしてしまいました。
メタボの暴走―「強制」健診の、あとに地獄のクスリ漬け

要するに、前からこのブログでも書いてますが、「ちょい太こそが長生き出来る」という統計があるにも関わらず、平均値にしたがる今の検査体制は、無理やり病人を作り出し、不要な薬を飲ませるコトで薬の副作用によって、本物の病人を作り出そうとしていると言うコトです。

血圧にしても、以前は180以上が問題視されていたのに、現在は130にまで減らされてしまって、降圧剤を投薬するコトの怖さが書かれてますが、実際に我が家の御客様を考えても、降圧剤を飲んでらっしゃる方々は、治る力が異常に低くなっていると思われるので、とても納得しました。

この本では、「ちょい太」を「ちよいメタ」と書いてますが、BMIが25.0〜29.9の人がもっとも死亡率が低く、身長が170cmの場合、体重が72〜86kgでOKというコトなんです。

無論、BMI35以上の「大メタ」は死亡率が「ちょいメタ」の二倍以上に跳ね上がるので、太ればイイというコトではナイのは当然です。

日本で問題にすべきなのは、逆にやせ過ぎにこそ警鐘をならすべきなのに、そちらへの指導は皆無、どうしてこんなコトになるのか。

薬を売りたい製薬会社の意向を厚生省が受け、医者もその方が儲かるからというコトらしい。

メタボ市場は「予防・診断」分野で一兆円、「改善・治療」分野で七兆五千億円の特需が見込めるからだという。

本当は「健康な患者が、約三千万人も病院に送り込まれよう」としているワケで、そうなると診察代や投薬代は天文学的な数字になるコトは決まりきっている。

治ると信じて、医者に通い薬代を払って、逆に健康を悪くしていて、おまけに健康保険のお金を食いつぶしているとしたら、何と恐ろしいコトだろう。我々は、真実に目を向けて、自分の健康を自分でしっかり守らないと、豊かな老後は迎えられなくなるかもしれない‥‥  
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2009年01月10日

本日は大忙しにつき‥‥

ブログもザザッと書かせて頂きます。

本日は長野は雪の日でした。タダ、昼休みに出掛けた市立図書館付近はかなりの降り。『コレは今年初めての本格的な雪かきをせねばならぬか』と覚悟をしたモノの、長野駅前に来たら、普通の降りになり、我が家近辺に来たら、雪が舞っているだけになってしまいました。

市内なので、そんなに高低があるワケでもナイのですが、ものスゴイ違いを実感してしまいました。

というワケで、そんな天気ですから、本日は大忙し。中でも、本当に塩尻市から御客様がわざわざお見えになったのには、有難かったですね。

娘さんが、前からお見えになっていて、このお正月休みに帰省したら、「今までと見違えるホド良くなられた」というコトを目で見て実感されて、お越しになりたいと予約されていたので、もしかしたら、そのまま娘さんのお宅でお泊りになられるのかなと思っていたら、「これから電車で帰ります」とのコト。

「このまま娘の体調が悪かったら、この先の人生こちらが面倒を見て欲しいのに、下手すると歳老いた親が見なくてはならないかと心配して、本当にどうしようかと思っていたので、こんなに元気にして頂いて、本当に有難うございました」と深々と頭まで下げられて、こちらの方が恐縮してしまいました。

御自分でも、見た目が五歳ホド若返られたので、「これからも電車で出来るだけ通います」とおっしゃって頂き、とても嬉しかったです。

その上に、一日のお仕事を終了した途端に、別口からゼヒにと頼まれまして、これからそちらに行かなくてはならなくなってしまいました。

というコトで、本日はどうしても書きたい本の話があったのですが、何時もより早目の時間に更新して、これから雪の中を出掛けるコトになりました。

明日から、連休なのでソコでじっくり休ませて頂くコトにします。書きたい本の話題も明日に持ち越しというコトで、ともあれ、本日はコレで失礼します。  
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2009年01月09日

「霞が関」の掟を知る

国家公務員OBが公益法人などへの再就職を繰り返す「渡り」への政府の対応は、期待すべくもナイが、本日も引き続きハマって読んでいる今野敏さんの小説も、再びドンピシャで官僚の話題の本だった。
隠蔽捜査

警察官僚の話なのだが、おそらく他の省庁でもこんなに東大優遇が蔓延っているのだろうと思う。ちなみに、安定しているとは思うが、そういう地道っぽいのが嫌いなので、公務員だけは人生の選択に無かった方なので、あまりにも違う人生観にビックリ。

というか、安定している、一生首にならないというコトは、上司が無能でも辞めないというコトなので、どう考えても個人的には選択出来ないと思うのだが、キャリアの方々の処世術は、全く持ち合わせてナイだけに、『なるほど』と感心するばかり。

無論、そういう人生を選択しなくて良かったとも思うのだが、ともあれ、この小説の主人公は「エリート」には、ソレに見合うだけの義務があるというコトを熟知しているので、読後感も良いのだが、現実にはそうはいかず‥

せっかくまとめた行政改革案が、パーになってしまうのだから、メンツを潰された元行政改革相の渡辺喜美氏も自民党を早く離党した方が賢明でしょう。

首相の座にしがみついている麻生氏に、何度進言したって無駄というモノ。

官僚での出世のタメにはミスを減らすコトといった、内向きの発想のままでは、日本はマスマス存在感を無くすだけ。それにしても、それが現実なのだと思うと、この先の日本は多難のままかもしれませんね。

キャリアの内面を理解するには、かなり参考になります。ともかく、主人公は変人扱いされてますから、内部の腐敗はきっと色々とあるんだろうと思います。  
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2009年01月08日

鳥インフルエンザ流行の不安

本日読んだ小説とカブるのがこの話題。中国とベトナムで相次いで10代の女の子が鳥インフルエンザで死亡したというニュース。

中国では、経済危機で収入がなく、お金を惜しもうと安いカモを買って食べたところ死亡したというし、ベトナムでは今年初めての鳥インフルエンザ患者となった女児(8)の姉(13)が、先週にインフルエンザのような症状で死亡していたというのだが、日本でもし原因不明の感染症の死亡者が出たら、どんなパニックになるかという実験小説みたいな感じなのが、こちら。
半夏生 (東京湾臨海署安積班)

身元を確認するモノを全く所持して無いアラブ系の男性が、みなとみらいで倒れて病院に運ばれた。そして、死亡。

彼に接触した人々は、バタバタと原因不明の高熱で倒れて行く。果たして、バイオ・テロなのか、政府とマスコミ、警察を巻き込んだ大騒ぎが始まる。さて、その結末はという話なのですが‥‥

突然、不可思議な問題が持ち上がった時の、日本の指揮系統の混乱が描写されていて、さもありなんと言った感じの小説になっています。

ともあれ、小説ですからほぼ円満な解決を見つけられるのですが、もし、現実にこうした事態が起こったとしたら、どうなるのか‥‥

少なくとも、今の段階では個人が一番可能なコトは、ストレスを溜めず、健康に留意して、感染症に負けない元気な身体を作っておくしかナイのかもしれません。

どんなに強い感染力を持っている病原菌でも、感染したからといって、必ず発症するとは限りません。

自己の免疫力を高めておく他に、こうした災難から身を守る術はナイのではないかとすら感じます。

来たるべきパニックに向けて、一読しておいた方が心の準備が出来るかもしれません。  
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2009年01月07日

「かんぽの宿」再考を支持したい

鳩山総務相が、日本郵政によるオリックス子会社のオリックス不動産への「かんぽの宿」70施設の一括譲渡契約に対し再考を求めたというニュースを今朝の新聞で読んで、かなりビックリ。

生活給付金などで、首相と同じでブレた発言をされている方なので、果たして真意がドコにあるのか掴みきれないのだが、少なくともどうあれこの発言は支持したい。

何故なら、郵政は民営化すべしと決めたのが、オリックスの方も出席していた会合だったワケで、民営化となってその子会社に譲渡されるというのは如何なものか。

昔から、「李下に冠を正さず」という言葉もあるのに、どうしてオリックスなのかという疑問もあった。

そもそも、郵政民営化というのは国民の利便性を高めるタメという話だが、果たして民営化されて本当に便利になったり、値下げなどかあったのか疑問。

まず、山間部などの小さい郵便局は閉鎖されたりしているし、加入者同士ならば15円で送金出来た郵便振替は料金がアップしたし、加えて今年の年賀状の配達も決して迅速ではなかったと思う。

以前よりも、アパートなどの番号が無ければスグに手紙は返却されて来るし、おそらく熟知した配達の人達が減って、いわゆる臨時職員が増えているに違いナイ。

いわゆる「民業を官業が圧迫している」象徴みたいなものなので、「かんぽの宿」が売却されるコトは、別に構わないのだが、少なくとも透明な入札なのかという疑いがあるのでは、とても困る。

国鉄が民営化される時にも、色々な疑惑があった。国有地が、格安の値段で売却されてしまうと、結局、国民が損をするコトになる。

現在の状況で、売却すべきとも思えない。今は、投資に最悪な状況だからだ。

それに、今は民営化の見直しの機運も高まっている。無論、郵便貯金を当てにして、つまらない公共事業が推進された時代に戻っては欲しくナイ。

だけど、少なくとも郵便が全国一律に届くというサービスは維持して欲しい。全国津々浦々に住んでいても大丈夫なままにして欲しいものです。

それと、郵便貯金が外国に流出しないコトも大事だと思いますしね。なので、もう少し慎重に郵政民営化を考え直して欲しいものです。  
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2009年01月06日

政治が悪いと民が泣く

今年の株式市場で最大のマイナス要因は麻生政権と考える人が多いというニュースを読んで、納得と共に、政治の貧困は困るよな〜と思わせてくれるのが、こちらの本。
無人地帯(ノーマンズランド)

永瀬隼介さんの本の中でイチオシかも。

今回も、メインストーリーのサイドストーリーに、色々と問題が埋め込まれているのですが、何といっても、公共工事に寄生している地方の公共団体の裏側が良く判ります。

格差社会から、崩壊する地域社会まで、今の日本の現状を余すコトなく書いた上に、太平洋戦争の政府の民間人に対する非情さも、陰湿ないじめ問題も全て盛り込まれていて、最後までワクワクしながら読んでしまいました。

幾つものパズルが、複雑に絡み合っているので、読めば読むホド面白くなっていて、読み終わってから、何度も読み返したくなる作品です。

巨大公共工事の誘致にまつわる、裏社会との確執や、昔の事件の真相が複雑に螺旋状になっていて、久々に読み応えのある小説でした。

にしても、政治の貧困の責任は誰も取らず、結局、民衆が悪政の全ての不条理を受け入れるしかないのでしょうか。

少なくとも、今年の選挙で大変化はナイかもしれませんが、ある程度の変化が必要でしょう。

政権が代わって、株価が回復して、世の中の景気が良くなるコトを何としても希望します。

談合というのが、細かい所でどういう仕組みになっているのかも判って、勉強になりました。

面白いだけでナク、タメになる小説は本当に役立ちますね。おまけに、手に汗握らせてくれたので最高です。  
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2009年01月05日

血の通わない政治に決別を

ニュースを読んで、本当に呆れてしまったのだが、一体、こんなに弱者に対する思いやりが不足している政治家がトップに居て、日本は大丈夫なのかと思うのだが、行政の対応が遅いだけでも問題だと思うのに、逆に開き直るという姿勢には全く呆れる他ナイ。

総務省の仕事始め式で、総務大臣政務官が仕事や住居を失った労働者らが宿泊していた日比谷公園(東京都千代田区)の「年越し派遣村」について、「本当にまじめに働こうとしている人たちが集まっているのかという気もした」と述べただけでナク、派遣村の活動について、「40年前の学生紛争の時に『学内を開放しろ』『学長出てこい』(などと学生らが要求した)、そういう戦略のようなものが垣間見える気がした」とも述べたそうだ。

最早、ココまで弱い者に対して不感症だったりすると、何をかいわんやなのだが。

こんな人が総務省の上に居るのでは、定額給付金も愚策だけでナク、経費ばかりが増大する変な施策になるコトは間違いない。

それでも、やりたいと与党は言っているらしいのだが、世の中に住む場所も仕事もナイ人が大勢存在しているという心理的圧迫を少しも感じずに、逆に貶めるというのだから呆れるばかり。

こういう人々だからこそ、平気で労働者を正規雇用から非正規雇用へと誘導し、日本という国の基盤をメチャクチャに出来るのだろう。

職がナクて困っているいる人に対して、「やりたいコトを見つけなくては‥‥」などとトンチンカンの説教をしていた総理の頭の中も、類似なのは間違いナイだろう。

多くの御客様が「本当にお気の毒」と感じるモノを、邪心が溢れている眼で見ると、そういうとしか見えないのだろうか。

心理学では、「選択的に人間はモノを見る」とは言われているが、邪な心で見ると、全てが邪悪にしか見えないのだなと改めて感じた。

この冬空に、誰が喜んで野宿などするものか。そんなコトすら、考えられない人達に血の通った政治など、望むべきもナイが、それにしてもヒド過ぎます。  
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2009年01月04日

結局バブルとは何だったのか

というのが、サブテーマなのですが、メインテーマを読んでいるだけで、本当に背筋が凍る気がするのが、こちらの本。
踊る天使

メインストーリーは置いておくとして、如何に当時のバブルが馬鹿馬鹿しくて、アホらしいものだったかというコトをしみじみと思い返させてくれるモノ。

ともあれ、バブルの時代など全く知らない人々も成人しいる時代になってしまったんですよね。

バブルを振り返る意味で、一度読んでみるとイイのかも。

狂喜乱舞していた時代の、申し子達のストーリーなのですが、世の中の不正が透けてみえます。

おそらく、このストーリーの裏側には、実際に大阪であった事件が下敷きになっているかもしれないとも思います。

泡を膨らますだけ膨らまして、はじけてしまったあの時代を、リーマン・ショックでアメリカが同じ轍を踏み出しているのですから、今、振り返ってみるのもイイのかもしれません。

にしても、虐待されて性格が破綻する人を書かせると、本当に異様に上手ですよね。この著者。

でも、どちらかというと、
わたしが愛した愚か者 Dojo-道場II (D〓j〓-道場 (2))

こちらの路線の方が好きですけどね。  
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2009年01月03日

行政の動きは遅過ぎる

元旦の日記にも書いた「年越し派遣村」、希望者が多過ぎて厚生労働省の講堂が使える様になったのはイイのだけれど、正直、遅過ぎる対応だと思う。それでも、しないよりはマシだとは思うものの、「支援は本来、行政が仕事としてやるべきこと。ボランティアに頼ることではない」という実行委員会の方の考え方は、既に書いてありますが、全くその通りだと思います。

本日の「信濃毎日新聞」の社会面にも、派遣切りをされて長野に来て、必死になって住居を捜して、礼金敷金などを負けて貰った上に、月割りで支払うコトになった方の話が載っていましたが、その方が「派遣切り」されて困った人には、180万円の緊急融資が受けられると聞いて、申請に行ったら「既に住居が決まった人は対象外」と断られたとか‥‥

長野みたいな寒い地域で、野宿なんかしたら凍死しかねないのですから、何としてでも住む場所を必死で見つけるのは当然なのに。しかも、こんなに景気が悪いのだから、負けてでも入居して欲しい大家さんは沢山いらっしゃるだろうし。

制度を知っていて利用出来る人と、知らずに損をする人が出るのは、これ又「自己責任」として切って捨てられるのでしょうか。

世の中、本当に得をする人と、損をする人が存在するとは思いますが、行政とはその格差を均すのが勤めだと思うのですが、学力問題などを見ても、格差を助長する方向に行こうとしているきらいがあり、心配です。

誰だって、得意な方がイイに決まってますが、そうはいかないのが世の常で。

だけど、しっかり考えてみれば、今回の金融危機だって、頭が良くて教養もあって高級取りだった方々が、ローンを返せそうもナイ人々に、融資としてジャブジャブしたのが最大の原因で、彼らはそれによって儲けた上に、そのしわ寄せを結局、弱者に押し付けているだけです。

そうやって考えると、本当にいわゆる底辺で必死に働く人々が間違っているのか、どうか。

大会社は「潰れると社会的影響が大きいから」と救済され、中小が犠牲になるシステムが正しいとは、どうしても思えません。

大会社こそ、潰れてしまっても、再生出来る場合も多いのですから、下手な手助けは考え物だと思います。

日本の失われた10年が、20年にならないタメにも、世の中の過った思考を変えて、底辺からの底上げこそが、確実に世の中を良くなるのだという考えを広めるべきだと思うのですが‥‥

日本の政府の対応は「遅過ぎて、小さ過ぎる」と外国から避難されますが、それは真実に近いと思います。  
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2009年01月02日

大忙しの1日でした

休みのはずなのですが、貧乏性というか頼まれると断れない性格なので、本日はバッチリ限度一杯のお仕事をしてしまいました。

ちなみに、昨日はボランティア精神で兄と主人の整体をしたのですが‥‥

一転して今日は御客様が実家に殺到しまして、あまりゆっくり休めておりませんが、1日全く仕事をしないと少し淋しい気もしてしまったりもするので、やはり天職なのでしょうか。

実家とは車で一時間ほど離れてるので、そちらにはそちらなりの御客様もいらして有り難い限りです。

御正月とゴールデン・ウィークとお盆くらいしか、泊りがけで帰らないのを待っていてくださるので本当に感謝、感謝でイッパイです。

でも、さすがに眠いので、本日も全くの「日々の日記」で短いですが、これで失礼します。
 
  
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2009年01月01日

皆様、今年も宜しくお願いします

いよいよ2009年の幕開けです。長野は昼過ぎにチラッと雪がちらつきましたが、ほぼ落ち着いた良いお天気になりました。

今年、戴いた年賀状で一番ビックリしたのが、従兄弟の子供が今までブログで紹介していた「反貧困ネットワーク」の会員だったコト。

お互い忙しいので、年賀状で交流するのが大半なタメ、全く知りませんでした。

本で「貧困」の話題を読むだけだったので、「反貧困でつながろう」というブログがあるコトも知りませんでした。

TVとかで、霞ヶ関や日比谷周辺に「年越し派遣村」が出来たとかやってますが、本来なら行政で行うべきコトだと思います。なのに、大したこともせずに、選挙ばかり意識していて補正予算を通さずに越年した国会とはスゴイ違いですね。

「人が人らしく生きられない、人間がモノ扱いされる、命よりもお金や効率が優先される、貧困が広がる、そんな世を直す」タメに、「一人一人が声を上げ、場所を作り、それによって仲間を増やし、守られる空間をつくり、一人じゃないことを確認し、そして相互に垣根を越えてつながっていく」タメに、「労働者をいじめ続けるのか、人間らしい労働を可能にしていくのか、 社会保障を削り続けるのか、人々の命と暮らしを支える社会にするのか、 お金持ちを優遇し続けるのか、経済的に苦しい人たちへの再分配を図るのか、 生存権を壊すのか、守るのか。 私たちの選択は決まっている。私たちは、人間らしい生活と労働の実現を求める」との宣言を読んで正にその通りだと思います。

誰しも、日々の暮らしに追われてる毎日ではありますが、とにかく皆が豊かになって、幸せをお互いに融通しあうコトこそが、一番の幸福へと繋がる道だと思います。

世に未だ競争世界礼賛の意見が溢れている時だからコソ、機会の平等が無いのに、「自己責任」などと逃げられても困ります。

微力でも、お互いの力を結集して、今年こそ明るい年にしたいモノですね。大晦日に
「今年はイイ年になりましたね」と書き込めたら幸いだと思います。

明けまして最初のブログはこんな感じですが、皆様、今年もお付き合い願えれば幸いです。  
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