2005年12月14日

イメージの欠如

おそようございます。
一仕事やってきました。

最近、想像力が無くなってないのかな〜と思う人が大勢いらっしゃると思います。
『殺したい』と思ったら、すぐ殺しちゃう。
『儲けたい』と思ったら、どんな手段でもOKだと思ってしまうらしく、他人がそれによってどんな迷惑をコウムッテも平気。
『いじめ』たいと思ったら、相手がどんなに傷付こうと構わないみたいな‥‥

この世に自分という存在が一人しかナイから尊いのであって、それは、全ての人一人一人同じなんだというコトに、思いやれない人が多い。
というか、自分をも大事と思えないからなのかもしれませんが‥‥

人間なんて、どんなにアガイテもせいぜい百年しか生きられないモノです。
宇宙や地球や大木と比べたって、ゼンゼン寿命が短い。
それだけしか生きれないのだったら、後世に負の遺産を残さないようにするのが、勤めなんじゃないでしょうか?

一休禅師の言葉に、
「人の世は 生きて喰らいて 糞(クソ)をして 子は親となり 子は親となる」
というのがあるそうです。(出典は判りません)
大学時代に新興宗教の勧誘をしていた若い女の人が、女坂と呼ばれる学校から東大路に続く坂を下りている途中で勧誘のタメに声を掛けて来て、「こういうのどう思いますか?」と聞いたので、「もう一度、その言葉教えてください」と聞き直して、意味が判りました。
しばらく考えてから、「イイ言葉じゃないですか〜それは人生の真理ですね」と答えたら、多分そういう答えは想定外だったらしく、それ以上何もおっしゃらなかったので、スタスタと下宿に急ぎました。

友達に話したら、「それだけじゃないじゃない?」と言った子もいましたが、今なら本当に判ります。
一休さんとて、それだけじゃないと思ってたんだと思います。
でも、結局、人間は死んだら、まずそれで終わりです。
永遠の命なんてナイのですから。
しばらくは生きていたコトを覚えていた人も、やがては死んで行きます。
鴨長命の「方丈記」ではありませんが、人生は無常なのです。

だからこそ、子のタメに(純粋な血縁関係だけを指すのではナク、社会の子供という意味で)よりヨキ社会を残してやりたいと思うのが大事だよと言いたかったのだろうと思います。
『こんな話してクサいよ』と思う人もタクサンいるかもしれません。
でも、そろそろ人生の終わりが見えてきだした年齢になってきたから、どうしてもコレだけは言っておきたいと思うから、恥も外聞もナクなってきてます。

地球は全球結球して氷に閉ざされていたコトが、おそらく二回位あるそうです。
だとするならば、今まで古代文明だと思われていたモノが、その結球前の知的生命体の栄華の名残りなのかもしれないではありませんか?
このまま、人間が同じ様に生き延びれるとは、絶対に言い切れないと思います。
恐竜だって、地上を闊歩していた時には、絶滅するなんて思ってなかっただろうと思います‥‥
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