今朝の続きのような話ですが、今日読み終わった傑作はコレ、
レイクサイド
子供のタメにと、中学入試に狂奔する親達の話です。
子供のタメに、子供のタメにとドンドンとエスカレートする様はあまりに滑稽なのですが、本人達は真剣過ぎて、それに気付かないのです。
ヨク子供を勉強させようと、「今、ツライ勉強を頑張ってしさえすれば、バラ色の人生が待っている」みたいに言う人達がいますが、難関中学に入ったとしても、次は難関高校、難関大学への受験が待っています。大学に入っても、一流の人物になりたければ、勉強せざるを得ず、イイ就職が出来たとしても、当然そこの中にも競争があるのです。そして、自分の子供にも同じコトを強要して、その孫にも、とかしていたら人生のドコで気持ちが休まる時があるのでしょうか?
感性の柔軟な子供時代に「人生を楽しむ」タメの方法を習得させずに、何時「幸せ」を感じられる人間になれるのでしょう。
勉強も、本人が「ヤロウ!」とするからどんなに辛くても我慢出来るのであって、強制されての勉強が楽しいと思えるでしょうか?
本人が、成りたい職業に付くタメに努力するのであれば、イイでしょうが、他人の意見で付いた職業に愛情が持てるのか疑問です。
ムリヤリ上位の学校に入っても、競争は激しく、自信を失ってしまうコトになりかねません。
まして、一流企業に入ってもリストラもある現実。今を犠牲にしていると、一生死ぬまで自分の人生を犠牲にしかねません。
上の本の親達は、子供のタメを思っての選択が、最悪な選択だったと気付く日はあるのだろうか?
東野圭吾作のミステリーの中で、屈指の社会派小説だと思います。下流社会には下流社会の大変さがあり、上流社会には上流社会なりの大変さがあると、教えてくれるスゴイ作家です。