今朝の続きです。教育再生会議の人々には、ゼヒ読んで頂きたいものですが‥‥
教育法の鉄則として、「子どもはイヌと同じ」と言われることがあります。その場で叱らないとわからないから、悪いことをしたときにその場で叱るべきだ、という方法論です。しかし、従来のこの方法は、キレる子どもたちには通用しません。
ということは、子どものことを考えている「熱血先生」タイプほど、子どもたちをキレさせてしまう可能性が高いということになるかもしれません。もちろん、悪い点があったら、見逃したり、見ないふりをしろ、というのではありません。その場では軽く注意するにとどめて、あとで一対一でじっくりと話せばいいのです。
教室から、締め出して「さらし者」にさせようとするコトが、如何に屈辱的なコトか。悪いコトをしてでも注目を集めたいと思っているにしても、本当はイイことで「誰かに認められたい」のです。
そういう子供達を別室でじっくり話を聞いてやるという気持ちにならなければ、世の中が良くなるはずはナイと思います。
一人の人間として尊敬されることが一番の救いであり、一人ひとりの個性の豊かさを認められるのが最大の癒しであり、歯止めにもなる。表面的なものではなく、自分自身の心の豊かさ、あるいは他人から認められている実感こそが救い
であると著者が主張しているコトこそ、今の教育改革に求められているコトでだと思います。
日本の同質教育というのは、あるところまでは、ひじょうに効率のいい教育システムだった。大多数の集団のレベルを上げて、後進国から中進国、そして先進国に、追いつけ追い越せというところまではいいシステムだったと思うのですが、それを達成したあと、どうすればいいのかということがいま問われている
正に、その通りです。その問題への著者の答えは明日に。皆さんも、じっくり考えてみてください。もっと管理教育を進めるコトが、本当にイイのかを。ワタシには、どうしてもそうは思えないのですが‥‥