2007年07月13日

共依存を考える・3

本日も更新遅れてます。かなり御仕事ハードでした。なので、枕も思い付かないので、続きに直接参ります。

ぢ梢佑悗琉預舷瓦強く、ひとりでやっていけるという自信がなく、見捨てられ危機感に襲われる‥‥ひとりでいると不安になってしまう人は、練習して、一日に10分でいいから、じっと何もしないでひとりで過ごしてみよう。さびしさや不安感感じても、あわてずじっとしている努力をし、虚無感から徐々に距離を置こう。自分こそが、自分の一番大切なよき友達であり、一生涯見捨てることはないのだから。

ス佑方や視野が狭い‥‥依存している特定の相手と、自分だけとの世界に没入すると、友達から離れて孤立してしまう。コントロールできない相手との関係よりも、努力すれば変化する地域や社会への奉仕、自然の中でリフレッシュ、友達や仲間、近所の人、家族や親類たちとのふれ合いや、自助グループへの参加を試みよう。

Ω充造篁実の否定,否認をする‥‥問題の大きさを直視せず、いやなことを無意識のうちに心の奥に押し込む人がいる。実際に起きていることと、自分との関係を見極め、被害はどれくらいなのか、第三者には自分の行動がどう映っているのか、信頼出来る人物の意見を聞こう。回復や癒しは、現実や事実を認めることから始まるのだ。

Д灰潺絅縫院璽轡腑鵑竜蚕僂坊腓韻‥‥自分の言いたいことははっきり表現し、自分の必要なものを容共したり、「ノー」と言う努力を。自分を主語にして話す。相手を思いやる。相手の話に注目する。援助を求めるには、コミュニケーションの技術の学習が不可欠である。イヤなことに、はっきり、しかも尊敬をもって「ノー」というのは、とても大事。

相手と自分の境界線をはっきりさせられない‥‥相手からの心的、性的、身体的な侵入を許したり、相手の問題にお節介に入り込む。相手の落ち込みに合わせる。相手の気分を変えようと必死になりそうになったなら、相手との間にはっきりとした境界線を引く努力をしよう。暴力は受け付けず、相手の問題には頼まれない限り関わらず、落ち込んでいても様子を見るだけで充分。自分の周りには、目に見えない輪があると想像したり、自分は透明なドームに入っているのだとイメージしよう。

まだまだあるので、とても書き込みきれません。「〈明日出来るコトは今日しない〉(遠藤周作さんの著書にアラブの諺として書かれていたものです)という生き方をしたらどうですか」と、本日、自分でお薦めしながら実行しないのは、マズイので。本日は、これまで。
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この記事へのコメント
「共依存」って本当に見極めが難しそうですね。
「あとから思えばあれが“共依存”だったんだ」になってしましそうです。
親身になればなるほど、世界に固執してしまい、その度が過ぎると「私がいないとこの人はダメなんだ」って思い込んでしまう。
その時にはすでに「共依存」になってしまってるんですよね。
極論かもしれませんが、優しい人ほど陥りやすいってことでしょうか?

すぐに人助けをしたくなる人はkoyuriさんが要約して書いて下さったことを
頭の片隅にでも入れておかないと、すぐにハマってしまうかもしれませんね。
Posted by BOOちん at 2007年07月14日 00:09
BOOちんさん、そうですね。

ともあれ、ワタシも「他人のタメになる人間になりなさい」と育てられた様な気がします。

日本人の大半はその要素が強いのかもしれません。農耕社会だったのですから。

ともあれ、本当に農耕社会だったら、自分で支えられなくても、周囲の人々の援助があったのですから、それでも良かったのでしょうが、今は社会が変化してますから、個人で努力し続ければ、個人が持たなくなってきていると思います。

無理せず、出来る範囲で、「他人を助ける」くらいのスタンスが、一番良いのではナイでしょうか。
Posted by koyuri at 2007年07月14日 07:14
 
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