人身事故になると示談の必要性があるからか、昨日の事故の相手が御主人に連れられて謝罪に来た。不服そうではあるが、それでも主人も少しは気がおさまったみたいだ。ボクシングの内藤選手の気持ちがヨク判る。
時事通信によると、母親と内縁の夫が、1歳だった長男の遺体をコンクリート詰めにして捨てたとして、京都府警に死体遺棄の疑いで逮捕されたというニュースや、昨日の小2殺害事件の話の絡みで書こうとしていたラスベガスの警察は15日夜、3歳女児に性的暴行を働き、その模様をビデオ撮影し指名手配されていた37歳男をラスベガス郊外で逮捕したというニュースなど、信じられないニュースばかりが世の中を駆け巡っている。
ちなみに、「タマをうて」なんてのは、関西なら「生命を奪え」というコトで、直訳すればもっと大問題になるのだろうが、関東なら「殺ってしまえ」というコトで、ピストルでも渡したのならともかく、あの場面での発言を一々揚げ足取りする報道の薄っぺらさを感じる。
大体、最初からあんなパフォーマンスに「No!」を突きつけておくべきだったのに、ヤーサンみたいな態度をさせておいて、『勝てば官軍、負ければ賊軍』みたいに手の平返しする根性にタダタダ恐れ入る。
子供のコロから、様々な職種の人々を間近で見てきたワタシに言わせて貰えば、亀田一家みたいにキャンキャン騒ぐ人間は、虚勢を張っているだけで案外脆い。それも見抜けずチヤホヤして、こうなったというのは、サークルに毛の生えた程度だったオウム真理教を、サリンを撒くコトが出来るだけの教団にしてから、散々叩いたマスコミを思わせるので、とても不快だ。
物事は何でも初めが肝腎なのだ。
国境
この小説は、北朝鮮のコトもある程度判るし、かなり面白い痛快アクション小説だったりするのだが、この中に出て来る強面の方々は、ケンカとなれば負けそうなら目潰しくらい平気でやる。
大体、ボクシングというのはスポーツとはいうものの、一般人が喜んでやりたがるスポーツとは思えない。リングで死ぬコトすらあるのだから。闘牛みたいに牛あたりならともかく、人間がやっているのはソレなりの背負うモノがあってのコトだろう。
自分は手を汚さないで、外野でワイワイやる人間が一番小汚いと、何時も思っている。内藤選手は立派だが、自分が一躍全国民衆知の時の人となったのは、相手が「ダーティ・ヒーロー」だったゆえだと充分知っているからだろう。
大体、今、ワイワイガヤガヤ騒いでいる人間で、内藤選手がタイトルマッチ保持者だったコトを数ヶ月前にチャンと知っていた人間は、どれだけ居るのか?
日本の「いじめ」の構図みたいな、亀田バッシングに加わる人間をワタシはあまり信用出来ない。光市の殺人事件のバッシングも似た様な構図だ。「ワルはワル」かもしれないが、イエス・キリストがマクダラのマリアに石を投げていた民衆に告げた様に、「汝らの中で、罪無き者のみ石を投げよ」と言いたい。
何事も、当事者の問題は当事者に任せて、外部は冷静に判断すべき問題だし、集団ヒステリーみたいな反応は、洗脳されて戦争を賛美した時代を思わせる。それを煽るマスコミは、大本営発表を流した時代に類似して来ているんじゃないか?
何事も文句があるならば、数を頼まず、一対一でも堂々と本人の前でハッキリと言うべきだ。自らは安全な場所に居て、蔭でコソコソ言う人間をワタシは一番軽蔑する。