2008年02月16日

オタクの世界

フランス人が日本のオタクを取材した本を読んでみました。
オタク・ジャポニカ―仮想現実人間の誕生
オタクというモノの定義がしっかり書かれているというのも、外国人ならではなんでしょうか。

オタクとマニアとの違いは、「自分好みに改変したくなるか否かというコトにある」と看破してます。

日本の若者に対するクールな観察に驚きます。

でも、一番ビックリしたのが、そうしたオタクを商売にしている女子高校生専門カメラマンの若者に対する話。
「日本の若者が恵まれているのは事実です。お金があって、好きなところに行くことができて、言いたいことを言える。----実際は誰も聞いてくれないかもしれないけど----そして、まあまあ将来に対する不安もない。彼らはそういったことに気づいていますが、反面、人生それだけなのかということを感じて混乱するのです。どうやって自分の存在に意味を求めたらいいのか、それを教える者が彼らの歩みのなかで見つからないのは不幸なことです。つまり、日本の若者が何よりも求めているのはコミュニケーションなのです」
どうして、今、ネットなどに若者がハマるのかも判るような気がします。

時代が変わっても、人間には誰かとコミュニケーションしたいと思って生きている。でも、現実に他人の言葉を真剣に聞いてくれる誰かを見つけるコトは難しい。それが、ネットでのコミュニケーションだったり、何かに対する異常な(と言うと言い過ぎになるだろうが)愛情になるのだろう。

リアルに誰かとコミュニケート出来ないコトに苛立って、自分だけの世界に籠るとは、とても逆説的だけど、それにしても、おそらくそれが真実なのだろうという気がしてならない。
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この記事へのコメント
アニメなどに深入りする人の感覚はホモだったりレズだったりおかま・おなべ・・・とかと大差ないんだろうけど理解は出来るけどわからないと言った感じですね。
俺もテレビはニュースとアニメしか見ないといっていいくらいのちょっと変な人といわれるような部類ですが(笑)
ときどきアニメの女の子にしか身体が反応しない男というのがいますがコミュニケーション過不足だったんでしょうね、きっと今も!
何かが進化すれば何かが退化するから仕方のないこととも言えるんですが、そういう感覚の延長(かなりでしょうが)にネットでのなんでもあり発言が有るような気がしてなりません。
偽名だから何を吐いてもいい、顔が見えないから何を吐いてもいい・・言葉の暴力でも何でも目の前にいる人は人じゃないから何を吐いてもいいって・・
人って・・いらねえじゃん・・・何それって・・
Posted by 小太郎 at 2008年02月17日 01:38
全く閉じこもってしまうのではない・おタクてき部分もある程度はあっても言いと思うのですが(何かに夢中になることは 認めてあげてもいいと思うの)


何でも度を越すか越さないかの違いになると思うなぁ

Posted by 松じゅん at 2008年02月17日 11:40
小太郎さん、日本人て「オタク」とレッテルを貼ってしまうと、それで一括りにして判ったつもりになってる場合があると思います。

ちゃんと、「オタク」と呼ばれる人々の意見を聞くというコトも、大事なコトなのにね。

結局、理解されナイから、理解して貰わなくてもイイよというコトでスネてしまったんでしょうね。最初は。それでドンドン深みにはまって行ったのだろうと、入り口の部分に付いては理解出来る様になりました。
Posted by koyuri at 2008年02月17日 19:59
松じゅんさん、結局「度を越すか越さないか」なんですよね。

世の中と交流を持ちつつ、趣味の世界に没頭しているだけなら、別に問題もナイわけで。

「過激なオタク」=「全てのオタク」的な発想は止めるべきなんでしょうね。
Posted by koyuri at 2008年02月17日 20:01
 
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