2008年02月17日

喪失感を埋めたのがオウム

昨夜の本の続きになりますが、「オウム真理教」に入信したエリート信者に対する考察も、見事というしかありません。

日本の教育を考える人々に、ゼヒとも読んで考えて欲しいモノですが、おそらく無理なんでしょうね。「ゆとり教育」が望まれたのは何故なのかというコトを、深く考察もしないママに、元に戻せば何とかなると考えるのですから。元に戻して、もっとダメだったら、今度はどうするつもりなんでしょう?

簡単に言えば、理想の父親像と合致させた麻原に、多くの科学おたくなどが、引き寄せられたと言うコトだそうで、
現行の学校教育のタイプもまた、彼ら若いエリートがこの《前向きの逃げ》、つまり、教団に向かったことと深い関わりがある。学習とは暗記以外の何ものでもないという論理が先行し、若い日本人は問題を掘り下げて考える力に乏しく、何かの主張の正当性を自分で判断する能力に欠けることが多い。さらに、毎日長い時間を勉強や試験の復習で過ごしているため、社会から切り離され、社会的・道徳的な指針を失いがちである。大学に入れば専門化が極端に進み、若い科学者は自分の研究に集中することができるが、これは教育的なバランスを欠くので、専門外の問題が生じた時に柔軟に対処することができなくなる。こうして自ら象牙の塔に閉じこもった彼らは教団にとっていいカモであり、麻原彰晃は彼らの常識のなさをついて美辞麗句を吹き込んだのだ。
ともあれ、オウム真理教はホボ勢力を失くしたけれど、青年の充足感は未だに満たされてナイに違いない。

その隙に、新たな宗教は忍び寄っているかもしれないし、アニメだったり、フィギュアが喪失感を埋めているのかもしれない。

だとするならば、「オタク」な若者が変なのではナク、「オタク」を生み出さざるをえない現実が変というコトになる。

でも、我々は変な世界を認めずに、彼らに「オタク」というレッテルを貼って、他者としてやり過ごすコトで、社会の暗部から目を逸らしているのかもしれない。

「出る杭」を打つ日本社会の方が、変なのかもしれないというコトを考えずにやり過ごすコトは、無理があるのだろう。そして、この本の出版から約十年が経とうといういる現在、闇は深まるばかりかもしれないと思うのだ‥‥
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この記事へのコメント
ゆとり教育の失敗は、そもそも校内暴力やおちこぼれが出てきた原因を学校に探した事ではないか?と思っています。 
本当の原因は、家庭の変化、だったと思うのです。子供が、家庭やそれをめぐる「現場」を失い学校の「机上」だけで学習を進めなければならなくなった結果、土台がゆるみ考えることもできなくなった。
現実に、中教審のお偉方だって観察力ないし。本当に「ゆとり」が効果を発揮すべき理解力の高い層は、「ゆとり」教育導入時以前から学校外での補填に走っていますから見かけの「学力」は落ちるはずがなく、折角の余力も「ゆとり」の目的と合致する方向に向けられてもこなかったのです。それを、学校現場の指導力の弱さと見るのは、正直言って故意ではないかとすら思えるほどです。中教審にはうんざりです。
Posted by あきこ♪ at 2008年02月17日 23:55
なんでもバランスが大切なのね
Posted by 松じゅん at 2008年02月18日 09:38
円周率が「用途に応じて3としてよい」から「3.14」になったそうですが、そんな瑣末なことを提示してくる文部省には笑いが出ます。コンピューターに慣れている世代だから初めからΠ(ぱい)を使って最後に代入することを教えてしまえばいいのに。「へぇ〜、なんで3だったり3.14だったりするのかな」って思う生徒が出てくる方が大事な気がしますが。
閑話休題。私が大学生だったころ、熱い理想を掲げて勧誘してくる自然科学の会なんかがありましたが、ついていった同級生は卒業できず放校されてました。これも一種オウムに似たところがあった。「知識や下地がない状態での思想は夢想にすぎない」と鑑み、地道に自己を貯めていくしかないということを教えないと。これは親の役目でしょうね。
Posted by のうげみならい at 2008年02月18日 12:57
あきこ♪さん、おっしゃる通りです。

本当に教育を考えてる人が、中教審のメンバーならイイのですが‥‥

政府の御要望に沿った答申しか出来ないのなら、何も高い給料を払って頂かなくても結構です。

ともあれ、それでもっと悪くなったら、チャンと責任取るつもりがあるのかどうか?

無責任で済むなら、猿でも出来ますしね〜(ポーズだけでも反省するだけ、猿の方がマシ?)
Posted by koyuri at 2008年02月18日 19:05
松じゅんさん、おっしゃる通り「なんでもバランスが大切」です。

子供は子供らしくノビノビと、という時代にはあまり問題が無かったハズなんですけどね‥‥
Posted by koyuri at 2008年02月18日 19:07
のうげみならいさん、現実に色々と勧誘ってあるのですね。

勉強の出来る方々が、詐欺師まがいの人々にダマされてしまうというのは、本当に日本の損失です。

勉強よりも、ダマされない人間にするコトの方が大事じゃないかと思いますが、でも、それだと政府が困るのかな?

お上の言うコトは、「全て正しい」と思って、奴隷みたいに働いてくれるコトを求めているのかもしれませんから(笑)

「へぇ〜、なんで3だったり3.14だったりするのかな」って思う生徒が出てくる、と困ってしまうのかもしれませんね。
Posted by koyuri at 2008年02月18日 19:11
本来オタクって言う人は専門家と大差ないんだと思います、テレビのコメンテイターとかもある意味オタクですからね。
ただ見た目がスーツ組とはかけ離れ感覚が多くの人と違うってとこから「オタク=きもい」の図式が出来たんでしょうね。
それを作り上げたのは国だったり世間の人間だったり。
それが近年のすごい図式に・・今に秋葉原が首都になる!?

ヒルズ族もオタクの部類ですからね、ちなみに俺はパチスロオタク(キ○ガイ)です(笑)
Posted by 小太郎 at 2008年02月18日 23:10
小太郎さん、「オタク=中毒」というコトになると、ワタシも活字オタクなのかもしれません。

ともあれ、趣味の範疇に留まれば何も問題はナイわけで。

のめり込み過ぎるかどうか、なんだろうと思います。
Posted by koyuri at 2008年02月19日 18:23
ヲタクと専門家の違いは何か?ということについて、内田樹氏によると教養があるかないかの違い、なんだそうです。その教養とは「自分が知っていることが、この世の知のどの部分に存在するかをマッピングできる能力」のこと。ギリシャ哲学(だっけ?)では「無知の知」を備えていることでしょうか。
合理的に入試で得点する手法が発達流布した結果、点数化しにくい教養はどんどん捨て去られ、天下の(?)東大生でも教養を備えていない学生が8割、とは養老先生だったか。。。忘れましたが。
自分の持つ知識領域以外に関心が全くない、ということはコミュニケーションを劣化させ、門外漢領域で思わぬ落とし穴にハマりやすくなる。コワイですね〜
Posted by あきこ♪ at 2008年02月19日 22:26
あきこ♪ さん、正におっしゃる通りです。

「自分の持つ知識領域以外に関心が全くない、ということはコミュニケーションを劣化させ、門外漢領域で思わぬ落とし穴にハマりやすくなる。」

というコトが、勉強だけしていた人には、理解されて無かったというべきなんでしょうね。
Posted by koyuri at 2008年02月20日 11:25
 
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