2008年12月03日

狂気とバブル

我々がバブルと聞くと、真っ先に思い出すのがやはり1980年前後ではありますが、そうした狂気じみたコトは、全世界的に昔からあったのだと思わせてくれるのが、この一冊。

この本の中で著者は「いつの時代にも、その時代ならではの愚行が見られる。それは陰謀や策略、ある いは途方もない空想となり、利欲、刺激を求める気持ち、単に他人と同じことをして いたいという気持ちのいずれかが、さらにそれに拍車を掛ける」と150年以上も前に述べている。

1980年代後半の日本の株式市場や2000年あたりのアメリカや日本の株式市場のITバブル、現代の混乱もサブプランム・ローンなどという途方もナイ考え方に踊らされた結果なのだろう。
 
狂った投機熱から聖遺物崇拝まで、集団妄想にまつわる幅広いテーマを扱ったとてつもなく分厚い本なのだが、大衆の狂気、群衆の行動、人々の愚行に関する研究は大したものだ。

詐欺というべきか、それともいかさまという行為なのか判別し難い行為に対して、巻き込まれて行ってしまう大衆の弱さを描き出すと共に、その結果として、魔女の火刑や壮大な十字軍運動、ノストラダムスの予言、16世紀のオランダの国中を巻き込んだチューリップバブルにまで話は展開する。

冷静になって考えてみれば、たった一つのチューリップの球根に全財産をつぎ込み、全てを失なう投機家に対して、何と馬鹿げたコトをしているのだと思うのに、我々も類似の行動をしかねないのだ。

例えば、途方もない儲け話に対して資金を提供したり、破産するような会社の株を買ったりした人が存在したではないか‥‥

そう考えると、人間には絶えず世の中の動向に付和雷同して動きやすい性格が潜んでいると言えるだろう。

その結果として毒殺を一般人がしてみたり、決闘に血道を上げたりと生命まで賭して行く姿の行き着く先は、十字軍の現代版であるイラク戦争であったりするワケだ。

人間とは、本当に進歩しない生物なのかもしれない‥‥

狂気とバブル―なぜ人は集団になると愚行に走るのか (ウィザードブックシリーズ)
狂気とバブル―なぜ人は集団になると愚行に走るのか (ウィザードブックシリーズ)
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