2008年12月05日

裁判員制度はもう少し時間が必要

ではないかと思います。前から、そう主張してますが、この本を読んでマスマスその意思を固めたかも‥‥

悲劇もしくは喜劇
何故なら、この本の中では真の犯人は裁かれないのですから‥‥にも関わらず、おそらくこの裁きでイイのだという思いもあり。日本人の性格がとても色濃く出てたりして。

あまり真偽を争わない微罪あたりから、裁判員制度を始めるコトにして、いきなりの裁判員制度導入は避けるべきでしょうね。

来年の裁判員裁判に向け、裁判員候補者名簿への記載通知を受け取った人からの問い合わせに応じるコールセンターに、5日間で寄せられた電話は計約1万5680件でその約六割が辞退を望んでいるらしいというコトも仕方ナイのかなと思います。

上の小説にある様な状況の裁判だったら、おそらく誰が裁判をしても、こういう間違った判決を下すだろうと思います。

この本の場合は、ソレも致し方ナイという終わり方になってますが、現実にはそうはいかないだろうと。

何しろ、全くの無罪の人に有罪の判決がくだされるのですから。ソレが何故かというコトは、ミステリーなので書き込めませんが‥‥

裁判官になろうとしてなった人々が判決を下したのであれば、それがミスジャッジだったとしても、その責任というか後味の悪さを受け止めるコトは仕方ナイと思えるでしょうが、単に国民であるという方々に、複雑な裁判を求めるのは如何なものか。

ジャッジミスで無辜の民を死刑にでもしてしまったとなれば、おそらくとても嫌な思いをしなければならないでしょう。無論、上級審もあるのですが、日本では余程なコトがないと一審判決は覆らないので。

「急いてはコトを仕損じる」という諺もありますし、まだ裁判員制度の開始にはしばし時間があるのですから、再考出来るコトはして、改めるべきコトは改めた方がイイのではないかと思います。
人気blogランキングへ←応援よろしくお願いいたします

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/seitaisikoyuri/51128315
この記事へのコメント
裁判員制度は私も微罪事件にとどめたほうが無難と思います。

判決とは相当な重みがございます。

公判過程で法解釈が必要となり素人の人達の判断がどこまで出来るかが疑問となります。どうしても感情が入ってしまう可能性が否定できません。

只、先般の福岡で起きた飲酒運転による死亡事故などは国民世論を踏まえた審理が必要だと思うのです。
それは時に法の番人である裁判官が法には精通していても社会性に疎い人もいるからです。
Posted by takachan at 2008年12月06日 16:57
裁判の迅速化などへの要望はあったものの、根本的な司法の枠組みへの疑問はあまりなかったわけですよね。裁判員制度は、ひとえに、年次要求のせいではないかと思わずにいられません。でも、この機会に裁判に参加することに意欲的な市民も結構な数いらっしゃるようで、そのことに驚いています。
Posted by あきこ♪ at 2008年12月06日 18:12
takachanさん、本当にそうですね。

ともあれ、日本しか市民が「死刑判決」を出す国はありません。もう少し考えてから、実施した方が無難だと思います。
Posted by koyuri at 2008年12月06日 22:31
あきこ♪さん、日本はアメリカのいいなりですからね‥‥

裁判の迅速化というコトが当初の目的でしたけど、微罪は市民で、凶悪犯は裁判官がという棲み分けでイイはずなんですけどね。
Posted by koyuri at 2008年12月06日 22:34
 
にほんブログ村 健康ブログへ