2008年12月26日

不要な身体を切除した方がイイの?

西洋医学が日本の医学の王道になって久しいのだけれど、対処療法の行き着く先はコレなのかと、かなりビックリした小説。

廃用身

思わずノンフィクションかと思ってしまう仕掛けになっていて、奥付が二つあるという凝った本の作り。

前に書いた「破裂」が予想外に面白かったので、というかリアルに怖かったりしたので、著者の処女作を読んでみるコトにしました。

東洋医学的な考えをすると、全ての臓器は繋がり合って存在しているのですから、この本の様な結論には、中々ならないと思うのですが、この手法が良きにつけ、悪しきにつけ、医学の進歩は人体実験にあるのだというコトを改めて感じたのです。

確かに、この本の様に回復が望めるのであれば、こうした手術は将来認可されるコトもあるかもしれないとは思うのですが、出来れば「廃用身」になる前に、手を打てたら全く違うのではないかと思います。

整体をやっていると、完璧に麻痺して感じない場所がとても硬くなっているコトに気付きます。

そういう部分が少ないと、やがてその部分に知覚が戻って来る時に、痛みを伴いますが、自然治癒のタメの痛みと割り切って頂けます。

しかし、麻痺している部分が多過ぎる場合、痛みを覚悟して頂ける場合と、そうでナイ場合に分けられてしまい、その方の年齢を考えると一概に「痛みをこらえてでも、機能復帰をすべき」と言うべきなのかどうか迷うトコです。

モチロン、選択権は患者さんに存在するのですが、どちらを進めるのが本人のタメになるかというコトを考えてしまいます。

やると決心された方には、全力を挙げて施術致しますが、こちらの感触としては硬さが解れて、柔らかくなったと思っていても、身体がゆるむタメにプロスタグランジンが多く分泌されてますので、必ずしも患者さんが良くなっていると実感し難い場合もあります。

そうしたコトを思うと、信頼して好転反応を受け入れて下さる方々には、とても有難く思いますし、その山を乗り越えて、軽快な身体の動きを取り戻された場合は、とても嬉しいもの。

だとしても、本当に機能を全く失った場合は、一体どうするべきなのかと、思わず真剣に考えてしまう本でした。

究極の選択を迫る小説が多い著者ですが、もう少し読み進んでみたいと考えています。ともかく、現実問題というのは、何が正しいのかというコトは、必ずしもスグに決め付けられるコトではありませんし。

高齢化が進む現在、少なくとも年齢よりも若返ってシャッキリなさる方々の姿を見るにつけ、『コレがワタシの進む道』と思いながら、不況なのに連日満員を有難く感謝しつつ、疲れ果てている日々が続いております。
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この記事へのコメント
下の娘が昨年、卵巣を取りました。せっかくお腹を開けたのでついでに盲腸もとりました。新米医師だったので3時間かかり途中で麻酔がきれて大変でした。
これが原因かどうかは分かりませんが、それ依来「接食障害」になり入退院を繰り返し治療していて現在は快方に向かっています。

手術というものが人体に与える影響に不安を感じています。
Posted by takachan at 2008年12月27日 17:26
takachanさん、それは大変でしたね。

一番気になった部分は、「せっかくお腹を開けたのでついでに盲腸もとりました」というトコですね。盲腸は無用という方も居ますが、全く無用なモノだったら、既に人間の身体から退化して消滅しているハズ。

あまり不安を与えたくはナイのですが、新米医師というコトで手術ミスすら疑いたくなります。

ともあれ、医療訴訟はホトンド負けるのが現実ですし、現在は快方に向かわれているのですから、人間の再生力を信じて、過去に目を瞑った方が気持ちは落ち着きます。

タダ、次回、御家族の方が手術するコトになった場合は、この話をなさって、上手な先生をと希望された方が良いと思います。
Posted by koyuri at 2008年12月27日 19:06
 
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