2009年03月29日

昨夜の雑感

「ジェネラル・ルージュの凱旋」は、映画としては面白い部類に入るとは思いますが、まだ封切りしてそんなに経ってナイのに、客足はイマイチでした。

画像が暗くて見づらいのも一因かも。「容疑者 室井慎次」が思い出されました。

速水先生役の堺雅人さんは、前に疑問に思ったホドではナク、それなりに良かったのですが、この後も映画化するとなると田口先生が若い女性の設定では原作的に、どうしても無理が出てきそうで、案外、映画というコトからの美男美女の起用というコトであれば、白鳥役の阿部寛さんが原作とは違ってもハマっているので、最初から田口先生役にこそ、堺雅人さんの方が良かったかもなどと思いました。

それにしても、映画の速水先生のラストシーンは、原作と比べると感動が皆無。原作の一番の盛り上がりを軽く流してしまうとは、原作を読めという製作者の考えなのか、それとも‥‥

などと、思いつつその後の仕事も終えて、夜、疲れてゴロゴロしてTVを見ていたら、正に金持ち優遇の「贈与された資産を住宅や車の購入に充てた場合に限り、贈与税を掛からなくする」というニュースの何時間か後に、NHK教育で「ひとりと一匹」とかいう番組をやっていて、見るともナシに見続けてしまいました。

多摩川のホームレスの方々と捨て猫、そしてそれらを撮り続ける写真家のドキュメントだったのですが、生存権を盾に生活保護を受けようともせず、自己責任だからと、自力で何とか生きようとしてもがいている方々が、アルミ缶を拾って僅かなお金で生計を立てようとしていたり、本当にダメになりそうになった方が、やっと保護されて福祉のお世話になれたり、貧しくても自分が食べなくても、生命ある捨て猫や捨て犬を助けようとして生きていたりと、効率化を旗印に走って来た日本への警鐘みたいな番組を放送してました。

「ジェネラル・ルージュの凱旋」でも、あるべき医療と病院の効率化とは必ずしも一致しないという話でしたが、弱者に対して差し伸べるべき手を、強者にばかり差し伸べていたのでは世の中は変になってしまいますよね。

原作では、この後の作品で、完璧な医療崩壊が起きてしまうワケですが、出来うるのであれば、現実がその後追いをして欲しくはありません。

赤字部門の切り捨て、弱者を排除した社会は、決して薔薇色ではナイのだと、二つの作品が、語りかけてくれました。

なるべく早く政治家の方々が、そうした現実に気付いてくれるコトを希望します。
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この記事へのコメント
政治の役割とはなんだろうか?と考えると、やはり“富の再配分”者としての基本方針は必要だろうと思います。
とにかく選挙は行かないといけませんね。
Posted by あきこ♪ at 2009年03月29日 22:18
あきこ♪さん、全くおっしゃる通りです。

ずうずうしい人が税金を利用してのさばり、殊勝な一般人が泣きを見るのでは本末転倒ですからね。
Posted by koyuri at 2009年03月30日 15:54
 
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