世界の一パーセントの超富裕層が世界の富の九九パーセントを所有し、九九パーセントの人が世界の富の一パーセントを分け合う配分構造になってしまった現在、自由は富める者にしか存在せず、大半の人々はその差こそあれ、奴隷労働をさせられているというショッキングな本。
教育と格差社会
南アフリカの砂糖キビやオレンジ農園では子どもが日当四〇円で、一二時間労働をしている。
日本でも、外国人研修制度の名の下に、一六万人の約八割が奴隷的状況で働かさせらている現状がある。
しかし、政府や経済産業省や経団連は実態を知りながら、この制度を維持しようとする。
超富裕層がその恩恵を受け、そうしたA層は姿を見せない。
そして、中間層のB層と貧困層のC層、さらにほぼ無収入のD層や外国人労働者で世の中が形成され、B層はC層を「能力が低い」と蔑み、C層はD層や移民に対して「社会保障費をムダ食いしている」と非難する。
C層はB層「自分と同程度しか働かないのに高給を得ている」と妬み、D層はどうしても這い上がれないのを感じとり、世の中に深い恨みを持っている。
B・C・Dの各層が身近な階層を互いに非難している限り、A層は安泰であるというファシズム的状況が出来あがるのであると。
各国が共通テストをしたがり、教育を金の力とリンクさせて、産業化する実態を日本のみならず、米国や英国の実態と合わせて説明している。
働く者の収入の三倍以上が、働いてない者の収入になっても、最早「ピン撥ね」ではナイ、何故なら規制緩和の結果、それが合法になったからだ。
ワーキングプアに権利意識があっては困る、だからこそ「感謝」の心性を植えつけるタメにも、教育を為政者の支配下に置きたいのだ。
「共通一次」には少し残されていた教養が、「センター試験」の時期には消滅した。
中高一貫の学校に予算が回ると、他の多数の学校の予算は削られるのだが、自分の子どもが一貫校に入れると幻想を抱く親たちが賛成する。
そうやって、我々は自分で自分や自分の子供達の首を絞め続けているのだという警告の書である。