2011年02月15日

こんな調査意味あるの?

高速道路無料化の社会実験で、対象区間の事故が急増しているというコトで、国交省は「並行する一般道では事故が減少した可能性がある」としており、沿線の一般道などへの影響についても検証する方針らしいが、沢山、自動車が通れば必然的に事故は増えるに決まっているし、少なくなれば減るに決まっている。

加えて、高速でぶつかった方が損傷は大きいに決まっているし、低速でぶつかった方が損傷は少ないに決まっている。

としか思えないのだけれど、何でそんな当たり前の調査をするのか?

そもそも、高速道路の無料化というのは、活性化した方がイイのか、どうかという問題じゃないのだろうか。

社会実験と言いつつ、そんな調査をするのであれば、実験する意味などナイと思うだが‥‥

例えば、卒業論文だとしたら、仮説が本当かどうかを実験して証明するする意味も存在するとは思うが、現実に判り切ったコトを、税金まで掛けて実験する必要はナイので、調べるべきは高速道路の無料化によって、その地域の経済が活性化されたかどうかとか、その辺の問題じゃないのだろうか。

コレで、やはり事故は増えました、だから高速道路の無料化は止めますなんて結論だったとしたら、正直、あまりに馬鹿げている実験としか思えない。

あまりに当然なコトを実証したに過ぎないのだから。

ともあれ、高速道路の無償化というのは、どういう理念に基づいて行われたのか、根本的な問題は、その理念が実証されたかどうかという話じゃないだろうか。

理念無き改革は、全くの無駄に過ぎないし、目指しているモノが明確にならないのでは話にならない。

マニュフェストというのは、政策実行を約束するのであって、思い付きで良さそうなコトを列挙したから、どうぞというのでは困る。

世論の動向で左右されるのであれば、最初から公約などしなければ良い。

正しいと思うコトは、世論が何を言っても行うという決意が必要だし、簡単に左右されては困る。

例えば憲法を変えるのに賛成が三分の二だから、大変なので過半数にしようという意見もあるが、憲法は国の基本。

そんなに簡単にコロコロ変えるのであれば、裁判の結果までコロコロと左右されてしまう。

基本は守って、枝葉は現実的に解釈という方が、ある意味無難なのでは。

何事も、換骨奪胎されては困るけれど、基本には忠実に、多少はバランスを取って、今の理念に照らし合わせるという方がイイんじゃないかと思う。

簡単にマュフェストを変えるというのでは、恐ろしくて投票も出来ない。

公約とは違って、本気で実行するのがマニュフェストというのは、嘘だったのだろうか‥‥
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