スマートフォンを使ってはいけない場面でも、つい手を伸ばしてしまうのを「スマホ依存症」と呼ぶそうだが、営業的な仕事をしている人には、ある程度仕方ナイ部分もあるとは思う。
タダ、便利な道具のつもりで使っていたら、いつの間にやら道具の奴隷になってしまったのでは本末転倒。
しかし、TVの広告の中には、仕事中でもゲームにハマっている会社員みたいなモノがあって、正直、それでイイのかと思ってしまう。
前にも書いたと思うが、仕事に集中したいので、携帯電話は外出時に他者から連絡が取れないと困る時にしか身近に置かないし、運転中は使えないしというので、携帯電話番号を知っている人は限られているし、その人々も携帯電話に出る可能性は低いと考えているという奇妙なコトになっている。
故に、「不携帯電話」だからと公証している位なので、ネット環境には不接続にしてある。
別に、それを自慢するワケではナク、自制心がとても強い人間だと自惚れては居ないだけの話。
パソコンでネット接続と決めておいた方が、色々な時間が作れるからだ。
ちなみに、アルコール依存症に近付かないタメには、家にアルコールを常備しないコトという話があるが、それと同じ理屈だ。
少なくとも、飲みたいと思った時にスグ手に入れば、迷わず誰でも飲むだろうが、飲みたいけど買いに行かないとダメとなると、少なくとも何度かに一回は買いに行くよりも、飲まないでおこうという選択が生まれる余地があるのと一緒。
メールが来たらスグ返信する人だと思われていると、とても大変だけれども、メールを見た時には返信してくれる人だと思われてしまえば楽だし。
確かに、ネットは便利だけれど、ネットで商売をしている人でナイ限りは、それ以外で稼いだりしなくてはナラナイ。
稼ぐというのは、有給か無給かに関わらず人間的生活を営むタメに身体を動かさなくてはナラナイというコトだ。
お金で誰かにその代用をさせるコトが可能であったりすればともかく、それ以外にはとても人間的な生活は営めないだろう。
昔から、「依存症」は存在していて、現代の依存対象が「ネット」になっただけかもしれないから、そう簡単に脱却するのは難しいとは思うが、「酒は飲んでも、飲まれるな」という言葉がある様に、あくまでも人生を決める主体は自分であり続けたいものだ。