しつけと称して、平気で子供を殴る親も居るが、良い方向に考えれば、子供のタメを思ってとも言える。
だが、そうした目に見える虐待だけで無くとも、子供のタメを思って、学業などに異常に熱心なのも、「見えない虐待」というコトで、子供の側から見れば、虐待なのだが、親は子供のタメを思えばこそと勘違いしていて、青年期以降になって、問題行動を起こした数々の実例を紹介しているのが、こちらの本。
愛の反対は無関心と言うが、無関心も虐待であり、過剰の愛も虐待になりかねない。
やはり、子供とはいえ別人格なのだから、本人がどうしたいのかというコトを、まず考えてから、親が行動を取る必要性を感じる。
教育熱心も行き過ぎれば、相手には不快になりやすい。
子供は親の従属物ではナイのだと。
ともあれ、親になりたくてもなれずに苦しむ人も居れば、なったらなったで苦しむ人も居る。
他人の芝生は青く見えるだけで、自分で手入れをすれば大変。
ちなみに、芝生は大変という話を聞いているので、やらないけれど、徐々に庭の雪が融けて来ると、そろそろ庭仕事も待っている。
綺麗に花を咲かせてくれたりすれば嬉しいけれど、それでもその為には沢山の手を入れてこそ。
頂いたチューリップの球根から、一つまた一つと芽が出て来るのを心待ちにしているが、雪国の春も、もうそこまで来ている様である。