2018年08月14日

久々の長い休みなので

本来なら、大掃除などをすべきなのですが、あまりの猛暑なので、少しだけの整理整頓に留めております。

で、余暇に読んでいるのが、古代史の本達。

とはいえ、一般の方々には、さほど興味がナイ方も多いと思いますので、簡単に。


そして、

どちらも、異論と片付けられ易い話ではありますが、とはいえ日本の古代史に欠けている部分が見えて来ます。

というのも、正史は真実を伝えているのか、いないのかを理論的に研究する材料は、現代であれば幾らでもありそうなのに、古墳の研究は天皇陵と推定されてしまえば、絶対に出来ないという不自由さ。

推定が確定になるには、ある程度の調査は必要なのですが、全てダメだと拒否してしまうので、正しい研究が出来ぬまま、不毛な歴史論争が続くだけ。

結局、真実の日本の歴史を知る努力がナイので、今も不都合な話は隠蔽してしまうというコトが続いているのかも。

歴史は、勝者側からの報告でしかありませんが、真実の歴史を知り、どの様に過去が存在したのかを知り、それをどう未来に活かすのかを考えてこそ、意味があります。

例え、暴論だとしても、そうした意見に対して、完全無視してやり過ごしてしまい、正史の裏付けも取らぬまま、というのでは、とても未来に役立つ歴史感など、手に入れられません。

せっかく、我々の先祖が努力して今の日本を形作って来たのですから、何があって、何が起き、どうしたのかを正確に知るコトこそが、未来へ続く日本社会への道標になるのではないかと思います。  

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2018年08月08日

神社の意外な位置関係

本日は、少し毛色が変わった本。


著者は、古代史研究家ではナイと、最初に断られてます。

では、自然科学研究の二人が見つけた古代の真実とは。

それは、インターネットで誰でも確認可能な意外な真実でした。

特に、長野県に住んでいる人間にとっては、諏訪大社と伊勢神宮の意外な関係に驚き。

おそらく、今までこんな風に古代史を考えた方は無かったのではないかと。

この考え方をもって、古代史のパズルがより綺麗に解けるかもしれません。

無論、著者の考え方が完璧に正しいとは限りませんが、地図から見つけた幾つかの神社の意外な法則は、今までの古代史の考え方を改めなくてはイケナイ部分を示唆しています。

古代史に興味がある方なら是非、そうでナクとも日本有数の神社に参拝したいと思う方なら、読んでおけば直接訪れた時に、より新鮮な目で神社を見つめ直すコトが可能になると思います。  
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2018年08月07日

明治維新の裏側

を書いている作家の、ホボ完結編がこちら。


これが真実の歴史なのかはともかく、昔からとても不思議だった、「どうして楠正成が、明治になってから、忠臣としてクローズ・アップされたのか」という謎が氷解した様な気がする。

そもそも、万世一系なのかどうか、古代を思えばかなり怪しいけれど、南北朝からに限って考えれば、北朝よりも南朝の方が、正統派であろうと思われる。

ともあれ、日本の歴史に於いて、天皇が錦の御旗になる時は、天下が混乱する時と決まっている。

太平洋戦争後の、平和憲法で象徴という曖昧な立場になったコトで、今の平和が続いていると言っても過言ではなかろう。

そういう意味でも、憲法改正論者達の主張は、日本が再び戦争が出来る国になろうという意思を感じる。

普通の国民は、戦争になどなったら、タダ損をするだけというのは、歴史が証明している。

歴史を正しく知ろうとする努力なくして、将来の紛争のタネを潰すコトは無理ではナイだろうか。

教科書で習った歴史とは違った歴史も知り、自分の頭で考えるコトは、生きて行く上でも、とても必要なコトであろう。  
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2018年05月24日

多元的な目を持とう

若い頃から、何冊も本を読んで来たのは、ある意味この世の中で知らない真実が有るのなら知りたいという単純な欲求からである。

その中でも、特に日本の古代史ほど、胸が躍るものはナイ。

そして、その先に今の日本が有るのだと思うと、余計に真実の日本史を知りたいと思ってしまうのだが、古代史と言えば多少なりとも興味の有る方なら知っているだろう、古田武彦さんの古代史コレクションを何冊か纏めて読んでいる。

中でも、特筆したいのは、


古代のことなので、必ずしもこの本の全てが真実とは言い切れないが、以前から、明治時代で初めて今の日本という国が統一されただけで、それ以前は必ずしも一枚岩では無かったし、狭い様でも結構南北に広い日本列島が、かなり昔から中央集権国家だっとは、到底思えない。

少なくとも、近畿だけに都が在ったというよりも、地域地域に権力者が居たという方が信じられる。

そういう意味でも、画期的な本。

実際に、古代に於いて日本は一か国では無かったと、利害関係の無い周辺国家の歴史書が書いているのだから、それを素直に読めば良いだけだし‥‥

明治維新の際に、無理に西欧諸国と肩を並べようとして、全国統一は過去からとか、天皇の現人神化によって宗教の統一などと、無理をした結果が、多様性を否定し、トップの気持ちを忖度し下へと押し付ける官僚的支配国家になってしまった。

確かに、鎖国を解いてスグの国ともなれば、多少は仕方がナイ事だったのかもしれないが、既に世界各国が国力を蓄え、インターネットが全世界を網羅して来ている現代では、その手の誤った国家感では、とても世界的に通用しない。

世の中の真実を知り、それに対して適切な手を考え、未来に向けて新たな手を打つコト無くして、グローバルな競争に勝てるハズもナイ。

地道な研究無くして、画期的な発明が生まれない様に、過去の研究を通して未来への布石を考えるべき。

そもそも、どんなに文明が進んだとしても、人間という動物としての機能は、さほど変化してナイのだから、過去の出来事を分析して、まだ来ぬ未来への策を練る以外に、未来への処方箋を書くコトは出来ない。

そして、それには正しい歴史の探求があればこそであり、為政者による歪んだ歴史など、解を間違えやすくなるので、全く役に立たないと思うから。  
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2018年05月19日

東大寺の暗号

久々の「歴史大好き日記」になります。

何冊か読んではいますが、是非ともコレを書きたいとか、新説というのはあまり無いモノで‥‥


藤原氏の計略と、それに対抗する為に東大寺は造られた可能性があるという説なのですが、結構斬新で面白かったです。

藤原氏が、どうやって天皇を追い詰めて行ったかという部分と、今の天皇の戦争反対の想いを、どう今の内閣が潰そうとしているかというのとが、変にダブってしまいます。

そもそも、自分達の利益になりそうな会社応援内閣なんですから、平和を希求するハズの憲法を持っているというのに、武器輸出に熱心で、お金さえ儲けられるならば、何でもやってやるという間違った新自由主義の申し子。

果ては、種苗に於ける農家の自由すら奪って、種苗会社の奴隷へと農民を貶めかねないTPP加入に絡んだ悪政など、我々日本人はどの職業に於いても、「働けど働けど我が暮らし楽にならざりし」になりかねません。

本当に民衆を思いやる政治というのは、難しいモノですね。

律令に抜け穴を沢山作って、荘園を増やした藤原氏と類似の臭いがする、今の政治について、過去の歴史からも考えさせられました。  
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2018年02月24日

教祖と呼ばれる人は

誰でも偉大なのだと、改めて感じます。

去年から、法然、親鸞、日蓮などなど、昔から伝記小説は好きでしたが、彼等の人生を読んでいると実に面白い。


それにしても、現在の全ての教団の方々は、教祖様達の教えをどれだけ真剣に受け継いでいるのかしらという、少し意地悪な気もしてしまうのだけれど‥‥

ともあれ、仏陀入滅後2000年が過ぎて、今は一万年間の末法の世というコトかもしれないが、どの宗教が優れていて、どの宗教が駄目とは教義などを読んだだけでは何とも言えない。

ホボどんな宗教も、目指すのは類似の世界だったりするからだ。

昔から、あえて特定の宗教に帰依するコト無く、自由に多くの教えを読んでいるとよりそう思う。

ともあれ、世の中が幸せであって欲しいと誰もが思っているハズなのに、どうしてそう上手く行かないのか、本当に残念な気がしてナラナイ。  
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2018年02月09日

出る杭は打たれる

というのは、過去から続くモノなのだと改めて気付かされた一冊。


ちなみに、最初はあまりに有名な他者の言葉の引用が多くて気になったが、後半になると俄然自分自身の言葉で語られているので感情移入がしやすい。

ともあれ、嫉妬の怖さもそうだが、北条早雲がどうやって出世の階段を登ったかというのは、あまり近世の歴史を掘り下げてナイので知らなかった。

されど、日本であれ、世界であれ、何事かを成すには、とても稀有で大変な力が必要になるが、逆に成し遂げてしまうと、それを継続するには、ある意味凡人の方が上手く行く場合が多い。

他人と比べて、比類なき能力の持ち主というのは、乱れている時には重用されるが、平時にはどうも周りと協調するのは難しかったりするモノ。

特に、『和をもって貴しとなす』という日本では。

『能ある鷹は爪を隠す』だの、『実るほど頭の垂るる稲穂かな』などという言葉が生まれるお国柄。

そういう意味では、世界の中で一番嫉妬深いというコトなのかもしれないが。

会社組織に属していて、優秀ゆえに他人から妬まれたくナイという人と、妬まれても関係ナイと思っている人にこそ読んで欲しいかも‥‥  
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2018年02月03日

明智光秀に迫る

本日も、中々忙しくブログを書く考えが纏まりません。

タダ、何日か前に上手く下書き保存出来ればと思って、試したら上手く行きました。(この辺が、何年経ってもネットを使いこなせナイ古い人間なのですが‥‥)

以下は、書けない時のタメにと保存しておいたブログです。あまり古くならない内に公開しますね。

織田信長が天才だとすると、豊臣秀吉や徳川家康は常識人というコトになるだろうが、結局、明智光秀の謀反があってこその天下取り。

そういう意味でも、どうして『本能寺の変』は起きたのかというコトを、真剣に考えるコトは意味がある。


以前から、色々な人が色々な説を唱えているけれども、そういう考え方も有るのかという意味で、目を見開かせてくれた本。

特に考えさせられたのが、山崎で秀吉軍に敗れた明智方の侍大将・斎藤利三の娘・福が、なぜ徳川家光の公募乳母に選ばれたのか、そして、後の春日局になったのかという部分。

無論、もっと違う真相があるのかもしれないが、少なくとも、春日局は家康にかなりの信頼を得ていたのだし、江戸時代の最大の安定期が三代家光の時代であったというコトを考えると、春日局という女性の力は表向きの歴史にハッキリとは出ては来ないが、かなりのやり手である。(徳川家とて、鎌倉幕府の源氏みたいに、幕府を開いたけれども、北条氏に実権を奪われてしまった可能性も無きにしもあらずなのだから、家光が必ずしも三代目になれたかどうかは定かでは無く、春日局の働きあればこそという部分もあったり、家光がそれなりの将軍として務められたのも乳母の力も有ったと言えなくもナイ)

結果だけを見るのが歴史ではあるのだが、どうしてそうなったかというコトを自分の頭を働かせて考えてこそ、過去の教訓は生きて来る。

ある意味、信長の死は「上手の手から水がこぼれる」というべきコトだったのかも。

歴史の本を読むのは、ミステリーとは違う推理力が必要で、とても愉快な時間。  
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2018年01月26日

仏師という仕事

運慶といえば、鎌倉時代を代表する仏師であるが、その人生を小説にした本がこちら。


小説なので、現実を描いたとは言えないだろうが、一番心に残ったのが、運慶の娘からの父への言葉。

仏師は、才能があってもなくてもつらい仕事。

おそらく、世の中の仕事の大半はそうではナイだろうか。

才能が有れば有るホド、その才能を極めて行かなければナラナイし、自分には才能が無いと判っていても、その仕事を辞めるというワケには、生活がかかっているので辞められまい。

特に、誰かの指図も無く、自ら何かを生み出さなくてはナラナイという職業に就いてしまえば、尚更のコト。

どんな道でも、歩めば歩むホド、険しくなって行く。

それでも、歩み続けなければ、進歩しないのが判っているから、誰もが歩みを止めないのだろう。

自分を活かせる仕事に就くコトの、大変さとやりがいを描いていて、結局、歴史を読むというコトは、過去の人生をして、自分のこれからの生き方を考えさせられるというコトなのだなと、気付かされるのである。  
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2018年01月16日

しっかり寝てしまいました

昨日から、かなり厚い本を読んでおりました。

で、目が疲れたらしく、思わず今まで寝てしまいました。

読んでいたのは、


日本の宗教には、キリスト教的な部分があるというコトは、以前から指摘されていたけれど、こんな感じでスッキリと描かれてみると、脱帽。

詳しく知りたい方は、読んで頂くとして、以前からこのブログを読んでらっしゃる方は、長編小説が大好きと御存知の方も多いと思います。

読んでも読んでも終わらない本を読んでいる時の喜びは、何物にも替え難いモノがあります。(結局は、終わってしまうのですが、それでも面白いと思った本が延々と続く喜び)

日本の歴史に対する憤りは、以前から強く、そういう意味でも正しい歴史を発掘しようとする著者の態度には敬服します。

ともあれ、今のままでは、必ずしも著者の説が正しいのかどうか、裏付けを取るのは難しいでしょうが、それでも何時か、歴史をもっと正しく研究出来る時が来るコトを願っています。

嘘で塗り固められた歴史よりも、真の歴史が掘り起こされる時代が来るコトを心から願っている歴史愛好家の一人として、是非ともより多くの人に読んで欲しい一冊です。  
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2017年10月31日

歴史を再認識する

歴史を一々思い出しながら、古都を訪ねるというコトは、余程の歴史好きでなければしないモノ。

それでも、題名に魅かれて読んでみた本がこちら。


あまり知らなかった話や、教科書の歴史で習っただけで、実際の場所とリンクして無かった部分が補強され、とても面白かった。

この本で、取り上げられた時代よりも前の時代の本も出ているらしいので、機会があればそちらも読みたいと思ったシリーズ本。  
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2017年10月28日

時代を変える

過去を振り返るという行動は、自分だけの場合だとあまり意味が無い。

しかし、世の中の歴史を振り返って、未来を考えるとなると、意味深いモノがあったりする。

室町時代が末期に近付いた頃、やがて来る戦国時代に向けての男達の戦いは、もしかすると未来への提言になったりするのかもしれない。


日本人は大人しいと言われて久しいが、生命の危機に見舞われれば、一揆という行動に出た時代もあった。

いわゆる、今のテロと呼ばれているものと、根底では通じるモノがある。

貧富の差があまりに激しくなり、死が身近になると、破れかぶれになる者達も増えて来る。

時代の変わり目の時には、自らを捨て石にして、次の世代へと繋ぐ架け橋になろうとする者が、出て来るけれど、ホボ最初の人々は挫折して終わる。

それでも、その人々が出て来なければ、時代は変わらない。

何も、武力を持って革命を行う必要もナイけれど、世界でも独立運動というのは、各国で相次いでいる。

少なくとも、日本は周囲の国々から流入して来た人々との混血が、かなり昔から繰り返されていて、多少の相違があったとしても、ホトンどが日本人種という括りになっているが、世界ではもっと複雑。

下剋上前夜という時代背景の中での、成長小説はとても痛快。

「小説家 見て来た様な 嘘を付き」とは言うけれど、時代小説の醍醐味は僅かな実在の歴史という骨組みに、自分で思い描く肉付けを大胆に行うコトが可能。

久々に、心が沸き立つ歴史小説なので、読んで頂きたい一冊。  
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2017年09月29日

人生は戦い

という部分も多く。

結局、勝てば官軍、負ければ賊軍というコトになる。


それにしても、人生は無常で、代々続くというコトは難しい。

タダ、この本に対して難を言うならば、秀吉のお墓である豊国廟を京都女子大へ上がる坂の途中と記してあるのは間違いで、京都女子大の正門を過ぎて、坂の上にある階段を登って初めて到着する。

それにしても、選挙も勝負事。

「サルは木から落ちても猿だが、議員は選挙に落ちたらタダの人」と言われている。

故に、ある意味どんな手を使ってでも勝ちたいという人は多い。

少なくとも、選挙に勝てるからと軽挙妄動して右往左往するのではナク、個人で勝てる自信のある人々は、無理に党に所属せずに戦うという手もあるのでは。

自民党にしても幅が大きいし、野党にしても幅がある。

我々が思った通りに選民が行動するかどうかは、神のみぞ知るところ。

それも、アメリカのトランプ大統領が、当選してからの行動を思えば、間接民主主義であれば仕方がナイ。

我々は、真剣に自らの選挙区の候補者を見極め、全体として一番信頼出来そうな政党に清き一票を投じて、社会に意思を表明する以外に無いのでは。  
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2017年07月08日

とてもタメになるけど‥‥

著者の『逆説の日本史』シリーズは、いわゆる歴史学者とは違った視点で書かれているので、全部は読んでナイけれども、最初の方は結構しっかり読んだ。

なので、『逆説の世界史』を読んでみようと思ったのだが‥‥


エジプトのヒエログラフについての話について、かなり関心していたら、何故か急に朱子学の問題点について解説し出してしまって、話の方向が脱線。

読んでいたら、眠くなってしまって、やっと起きたというワケで。

とりあえず、次回を読んではみるつもりだが、その次はどうしようかという感じ。

何というか、作家の中には、本当に処女作は素晴らしかったが、徐々に尻つぼみという感じの方もいらっしゃる。

で、結局、こういうのを書いたら金になるかもという方向へ動く人も多いと思っている。

ともあれ、上記の本の半分までは、とても面白かったとだけ書いておきますね。

あまりに、しっかり爆睡してしまったので、今日ももう上手く書けそうにありません‥‥

違う部屋から、松居さんの話題をやっている声が聞こえています。

で、気付いたのですが、あまりに主観的な感じを一生懸命押し付けられてしまうと、こちらとしては、『何だかな』と思ってしまいがち。

冷静にならないと、真贋が見極め難いですね。  
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2017年06月10日

女性天皇を拒否する人達へ

正直な話として、どうしても女性天皇を誕生させたいとも、男系で男性をとも思わないのですが、どうも歴史を本当に知っているのかと思う人々の話を聞いていると、黙っていられないので。

そもそも、今は本当に天皇家の歴史をチャンと知っているのかしらという人々の話を鵜呑みにして発言している人達が多い気がするので、これだけは知っておいて欲しいと思う、平城京から平安京への遷都の間に起こった騒動を、教科書的にではナク、実際に起きた現実を自分の頭でじっくり考えて下さいね。

ちなみに、大前提として知っておいて欲しいのは、例えば中国では帝が変わると、民族も変わる場合がとても多かったので、前時代の王族は皆殺しという場合が大半でしたが、日本では前時代の王の娘と結婚して、新たな王が何世代も前の王の血筋を引いていると(かなり時代がズレているので真偽が不明であっても)というコトで、綿々と続いて来て居ます。

でも、だから大量虐殺や内乱は少なかったので、必ずしもそれがダメとも思いません。

ともあれ、史実が判り難い古代は置いておいて、既に文字も定着し、流石に完全に嘘は付けなくなった時代、天武天皇直系の孝謙天皇(女性)の後に皇位に就いたのは天智天皇の孫の光仁天皇。

聖武天皇の皇女で孝謙天皇の異母姉妹である井上内親王と結婚していたが為に、天皇となった光仁天皇には、百済(朝鮮半島の古代国の一つ)王の子孫の渡来系の高野新笠との間に、後に平安遷都をした桓武天皇となる皇子が。

光仁天皇は井上内親王を皇后に、井上内親王との皇子である他戸親王を皇太子に立てたけれども、皇后が呪詛したとして、皇太子と共に廃され、井上内親王・他戸親王母子が幽閉先で急死して、天武天皇の皇統は以後天皇にはなれなかったのである。

という様に、まだ天智天皇の孫ではありますが、即位の正当性を考えると、正にクーデターと紙一重。

前に書いたと思いますが、そのかなり前の継体天皇と応神天皇に至っては、どちらも神武天皇の直系と言えるかどうか、とても疑わしいですし。

それでも、そういうファジィを認めた皇位継承だからこそ、島国でもあるが故に、大きな内乱が起きず、前王朝を全て粛清するよりは平和的解決したとも言えます。

もし、女性天皇を認めずというコトになって、将来に於いて、かなり以前の天皇家の人々が男性だからと言って、急に即位するというコトになった時に、誰が一番正当性があるかなど、紛糾するコトになったら、とても平和国家の象徴では無くなると思います。

その辺を本当に理解した上での議論なら良いのですが、日本の歴史を必ずしも理解しているとは思えない人々が、生半可な知識で可笑しな扇動者に煽られて、間違った選択をするというコトだけは避けて頂きたいものですね。  
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2017年05月26日

失われた古代文明の

鍵を握る石版を巡る長編小説とくれば、読まずにはいられません。


三部作なのですが、うっかりして二部を借り忘れていたコトに気付き、チャンと借りて来て、ドップリと楽しんでおります。

とにかく、今の時代は中々、長編小説が出ない。

終わらないストーリーは無いのですが、それでもエンドまでの長い道のりを楽しむというのが、本好きの人間にはとても嬉しい。

流石に、まだラストまでは読めていません(仕事をほったらかしにして読むコトは不可能なので‥‥)が、ラストがどうなるにしろ、次々と展開する小説というのは、短編小説にはナイ喜びが有ります、

そもそも、短編小説というのは、捻りが上手いか否かというのが、最大のポイントになってしまって、小説の世界に浸り込むというコトは絶対に無理ですしね。

現実世界から、本を読んでいる時だけは、逃避して違う世界に旅立てるので。

若い頃から、生きたいと思いつつ残っている、北欧とオーストラリア。

どちらかでも、行ける時はあるのでしょうか?

無論、日本でも中々行けない場所も有るのですが。

休みがそんなに取れなくて、ゆっくり海外旅行も行けなくなっているだけに、小説で旅を楽しみつつ、ミステリーを読み、古代史の味付けまでしてあれば、とても幸せというモノです。  
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2017年02月25日

人麻呂と赤人は同一人物?

かなり昔の本なのだが、今はKindle版で出ているらしい。

無論、こちらは紙の本で読んだのだけれど。


ちなみに、人麻呂と赤人が同一人物とは、作風の違いと年齢の問題から、とても認められないのだけれども、主張はとても良く判る。

それを題材にしたミステリーは、とても良く出来ているので、万葉集に興味のある方と、ミステリー好きな方にはオススメかと。

ちなみに、著者は正史と言われている「日本書紀」と「続日本記」に対して、信頼を置き過ぎでいる感が。

「日本書紀」は奈良時代に成立して、「続日本紀」は平安時代初期に編纂されている。

奈良時代と平安時代の違いは、単に遷都があっただけと考えられているけれども、とてもそうとは思えない。

中国の場合、前代の王族を全て滅ぼして、新しい王権が歴史書を創るというコトが行われているけれども、日本という国は、前代の王族の娘を娶った新しい王が、そのまま政権を引き継ぐという形式を取るので、前政権を改まって批難はしないけれども、実際は異なる政権だったりするし、その間の争いは隠蔽される傾向が高いからである。

特に、平安時代の始まりは、とても平安ではナイのであるが、ココでその論をするのは大変なので止めておくけれども、ある種の政権交代があったコトは間違いナイ。

つまり、「日本書紀」を書いた政権と、「続日本紀」を書いた政権とでは、ある程度敵対関係にあるのだが、その辺はオブラートに包まれているので、良く読まないと気付かないし、書かれているコトが真実だけだと思うと、見過ごしてしまうのモノ。

歴史とは、勝者によって書かれ、敗者にとって不都合なコトは書かれないものであるというコトを知らずにいては、真の歴史は埋もれたまま。

人麻呂の人生には、かなりのドラマチックな出来事があると昔から思っている。

タダ、それがどういう真相なのか、未だに自分なりに何十冊も本を読んで考えているけれども、ハッキリとはコレとは言い切れないけれども‥‥

そういう意味では、色々な示唆は与えて頂いた。

生きている間に、おそらくコレが真実ではないかというトコまで、煮詰められると良いのだけれど。  
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2016年11月26日

江戸時代の生活を知る

何時の時代にも、人々はしっかり生きていたのだなと思ったりするのが、こちらの本。


江戸時代にあっても、全ての職業に生きる人々は、それなりに大変で。

例えば、御殿様と言えど、仕来たりなどに雁字搦めにされていて、中々、不便。

ともあれ、将軍の、大名の、農民の、豪商の、長屋の、子供の、医者の、居酒屋の、遊郭の、本屋の、鍛冶屋のなどと続いて、十八種類もの生活が描かれている。

無論、記録として残っているモノを参考にしているので、全ての人々がこう生きたというワケではナイのだが、興味深い記述も多い。

無論、今の時代よりも、もっとワーカホリックに働かなくてはならなかったりするものの、少ない楽しみを求めつつ、地道に生きていたのだなと考えさせられる。

ともあれ、真剣に勉強しなくては、私塾での昇級を許されなかったというのは大変ではあるけれど、だからこそ、一気に明治維新の時に、他国と渡り合える人々も生まれたのだなという気もする。

何となく、他国に寄り切られてばっかりの日本の外交を見ていると、もっと切磋琢磨しないとダメだった時代に戻らなくてはナラナイ部分もあるのかもしれないと思ったりもする。  
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2016年11月15日

歴史を直視すると

必ずしも、神武天皇が実在したのか、はたまたその系統が現世まで続いているのか、確定的なコトは言えないというのが、普通であろう。

しかし、そうだと決めつけて、この国の象徴として君臨して頂きたいと思っている方々によって、今上天皇は自ら望んでいる退位すら出来ないというのは、全く矛盾した話ではないか。

本日読んだ本は、


であり、必ずしも「古事記」と「日本書紀」の年号は一致しないコトを、丁寧に説明している。

そして、今、読もうとしているのが、


なのだが、どちらの本も、実際には存在してナイと思われている年号が、日本各地の寺社縁起や地誌、歴史書などに残っていると書いてある。

ともあれ、古代に於ける皇統断絶の可能性は以前から指摘されてはいるものの、時代の変遷の中でも、象徴としての天皇制は、受け継がれで来た可能性は高く、征夷大将軍の任命などが、それを裏付けている。

とするならば、象徴として大事にすべきであるというモットーの人々が、今上天皇の意思を守ろうとしないのであれば、不敬か二枚舌かの何れかであろう。

そもそも、天皇制を認めないという人々の発言であれば、何を述べようと言行不一致ではなかろうが、自分の思惑に利する時だけ持ち上げて、それに反する時には批判するなど、人として許されるべきではナイ。

そういう人々は、真実の歴史の究明にも反対するに違いナイからである。

正しい歴史感を持つコトも大事であり、今上天皇の意思を尊重するのも、当然のコトだと思うのだが、どうも身勝手な人々は、人としての道理というモノが通じないらしい。  
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2016年10月21日

歴史というモノは

勝者の歴史であって、真実の歴史とは限らないというコトを考えさせられた一冊。

子供の頃に、大河ドラマになったコトを朧げに覚えているが、家にあった小説を読もうとして止めてから、何十年振りかで、読む気になって読んで見た。


少なくとも、この位の駆け引きが出来る政治家が今の世に生きていたらと思わざるを得ない。

思ったコトを、黙っていられずに口にしては、物議を醸す人々には、是非とも一読して頂きたいモノ。

「男は黙って‥‥」という風潮が良いとも思わないが、後先を考えずに言葉を口から出す政治家の何と多いコトか。

その程度だから、回りの風に流されて、自分の行動が将来に於いて、どんな結果をもたらすかも考えずに行動する政治家も多い。

自分の目と耳とで、自分がどう動いたら、国のタメになるかを考えずして、どう動けば自分の利益になるかばかり考えている政治家への、メッセージ足り得る小説なのだが、チャンと読んで考える人はどれだけ居るのだろうか。

別に、この小説を読まなくとも、真に国のコトを考えてさえくれれば良いのだが、どうも期待しても無理そうな人達が多いと、つくづく思う。  
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2016年06月11日

江戸時代はアンモラル

今年は、「ゲス不倫」の話題が多いけれども、昭和の半ばまでは妾宅に囲うという話は結構あったし、今でも類似のコトをしている人々は存在しているだろう。

ともあれ、そのタメかどちらかというと、男性の不倫に対するバッシングは軽く、女性に対してはより厳しい。

ともあれ、叩いている側の人々の方が問題ではという話もある。

少なくとも、昔の日本人に対して、アンモラルであると西洋人が述べていたというのは、結構、歴史好きなら知っている話。

そうした話が満載の本がこちら。


ワケあって、江戸時代のコトを少々調べているので読んでみたのだが、元々知りたかったコトについては全く無関係だったが、鴎外の小説に載っていた話題で昔読んだら良く判らなくて、そのまま放置していたコトについては、何十年目かにして、『なるほど、そういうコトだったのか』というコトが理解出来た。

ともあれ、他人の色恋沙汰などを報道するタメに、マスコミは存在しているのだろうか?

もうすぐ、参議院選挙だというのに、その話題を避けるタメに絶好の話題が出来たと喜んでいる様にしか見えない。

どのチャンネルを回しても類似の話題という状況こそが、憂うべきではナイだろうか。

イエス・キリストが、マクダラのマリアを糾弾する人々に対して、「自らに恥じるコトが全く無いものだけが、石を投げよ」と諭した様に、低俗な話題を公共の電波で流し続けるコトの是非を鑑みないコトの方が、問題ではないか。

フランスの元大統領の様に、「それがどうしたの」と言われて済むというワケにはいかないだろうが、少なくとも「メルト・ダウン」したコトを隠蔽したまま、下火になってから公表したり、未だに汚染が継続しているかもしれない問題の方が、余程、報道すべき話題ではナイのか。

「日本人総白痴化」に貢献するだろうと言われたTVが、正にそうなりつつある方が心配だったりするのだが‥‥  
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2016年05月28日

歴史を振り返ると

歴史というモノは、必ずしも正しく伝えられているとは限らない。

故に、本当はどんなコトがあったのだろうと思いつつ、過去を調べるのはとても楽しい。

この本もそんな一冊。


世阿弥は南朝のスパイだったとか、北条早雲は「北条」を名乗ったことはなかったなど、『エッ!』と思う話も多く。

とはいうものの、「嘘でも百回言うと真になってしまう」とは言うけれども、流石に現在でも「息を吐く様に嘘をつく」人が存在するという気もする。

アベノミクスで世の中は良くなったと言っていたけれども、新興国の御蔭で「リーマン・ショックの頃と類似」などと他国の前で述べて、諸外国のトップから、サジを投げられているのが我が国のトップ。

どう考えても、消費税をむりやり増税してから景気が悪くなったと分析すべきであるし、そもそも財政規律を正すべきなのに、増税分はタダばら撒くは、年金資金は株に投資して損するは、単に日本だけが困っているのに、他国にも押し付けるというのは、厚顔無恥以外の何物でもナイ。

何れ、現在も過去になり、歴史になって行くのだが、将来の人々は現在をどう評するのだろうかという思いを拭えないのだが‥‥  
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2016年05月16日

現在を類推するには過去を知ろう

ブログを書こうとしていたら、関東地方で大きな地震があったという。

巨大地震が引き金となって、火山の噴火もあるという。

御嶽山で噴火に巻き込まれて亡くなった方も多く、群馬白根山や新潟焼岳など東日本一帯で火山活動が活発化しているのは間違いナイ。

そして、当然のコトながら、地震も頻発している。

正直、東京オリンピックに来るのは怖いと思っているアスリートも多いだろうとすら思う。(金で買ったオリンピックなどと思っている人も存在するだろうが‥‥)

ともあれ、過去を見直すコトで見えて来るコトもある。

下記の小説は、源氏の鎌倉支配は何故、三代で終わったのかというコトに主眼が置かれているのだが、『なるほど』と思う話題も多く。


興味の在る方には読んで頂くとして、歴史を知るというコトこそが、未来予知に繋がる一歩。

今は、万一に備えて準備する以外、方法はナイという時期に入っているに違いない。  
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2016年02月24日

真田幸村というヒーロー

子供心に初めてトキメキを抱いたのは、真田幸村ではなかったかと思うホド、いわゆる郷土の英雄なのだけれど、今になると逆に兄の信之の方が、目立たなかったけれども、凄い人だったのではないかという気もしている。

本名が、信繁だったのに、どうして幸村と呼ばれたかというのは、諸説あるだろうが、武田信虎の子で、武田信玄の弟の武田信繁の名にちなんで付けられたと初めて知って、名声が上がるに従って、同名では紛らわしくて仕方がナイというコトなのかなと、こちらの本を読んで思ったりもした。


真田一族の、歴史をコンパクトに紹介してあるので読んでしまうと、これからの大河ドラマの展開が判ってしまうのが難点だが、そもそもあらましは、子供の頃から知っているので、仕方がナイ。

ともあれ、真田幸村が息子共々、負けると判っている勝負に出て、しかも自分の策略に難癖つれられたが故に、負けてしまったというコトまで、知っていただけだったので、逆に兄の信之が、当時としては長寿も長寿九三歳まで、長生きして亡くなったというコトに、感慨が深い。

長野市松代は、真田の六文銭が有名で、加えて太平洋戦争中に仮御所にするべく地下に造営した跡地が地震観測所になっているコトから、子供の頃に遠足で訪れた場所である。

弟の様に、日本人の大部分に名を知られるコトはナクとも、自分の血筋と弟の血筋を今に活かしたというのは、当主として立派というより他は無い。

若い頃は、華やかな幸村ばかりに目が行っていたけれども、歳をすると改めて兄の凄さが理解出来る。

そして、負けると承知の上で散って行った真田三代の儚さと対比してしまう。

ヒーローたるのは、やはり幸村なのだろうが、いぶし銀としてしぶとく生き残った信之の生き様を、我々は見習うべきなのかもしれないと、今の時代だからなのかもしれないが、しみじみ思うのである。  
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2015年12月12日

時代に操られる人生

運命なのかもしれないが、時代の変遷に立ち会うと、色々な困難が降り掛かる。

伝記というのは、それだからこそ面白いのかもしれないけれども、波瀾万丈な人生というのも大変そう。

タダ、この本は人に薦められなければ読まなかったと思うので、そういう意味でも、本にも出会うべくして出会うのかもしれない。


現代にも名前だけは残っているけれども、ホトンド知られてナイ存在があるとは。

「咳声喉に浅田飴」というキャッチフレーズで有名なのど飴は、この本の主人公が働いていた人に、造り方を教えて出来上がり、その名声ゆえに売れたのだという。

スペイン風邪の流行時には、完売に次ぐ完売だったそうだ。

江戸時代に将軍の侍医だったのだが、明治維新になり世の中が全て洋式になる風潮の中で、漢方医が廃れて行ったのだけれども、大正天皇が健やかに育ったのは、主人公の腕あればこそ。

西洋医が、何人も失敗したので、呼ばれたというのだから、無理やりに西洋医学一辺倒にして、そうした漢方の系譜がチャンと残されなかったというのは、現代に於いてもかなりの損失だろう。

人は、時代の流れに翻弄されて生きるものだというコトを改めて感じた一冊。  
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2015年12月08日

正しい古代史を求む

日本は、中国や朝鮮半島と歴史認識を擦り合わせれば、正しい古代史が見えて来ると思うのだが、明治維新で「神の国」として、天皇家を祭り上げた時に、より間違った方向へ向かったのではないかと思われる。

そもそも、古代史を普通に考えれば、中国や朝鮮から逃れて来た人々が、日本の先住民族と婚姻しつつ、現代の日本人なるモノを生み出して来たのであり、それを認めさえすれば、近隣諸国とは同じ民族であると共に、太平洋戦争での出来事も、失われた先祖の地を奪還したいと願った結果であると言えなくもナイ。

要するに、捻じ曲げた歴史感を捨て、互いに胸襟を開けば、何も対立すべきとは思えないと言えよう。

昨日の本の続編であるこちらの本にも書かれているのだが、


日本の最初の正史である、『日本書紀』に間違った歴史が書かれ、それ以降、そうしたモノを踏襲して来たが故に、今の歴史が歪んでいる。

この本の最後に、中国の歴史研究家が日本の歴史書とは無関係に、中国文献からのみ研究した論文が載っている。

それを読めば、真実を述べているのはこの本の著者なのか、それとも大勢に流されている学者達なのかを、誰でも認識出来るハズです。  
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2015年12月07日

人麿を考える

日本の学問が狭い考え方に凝り固まっているという批判の書がこちら。


万葉集の代表的歌人、柿本人麿の人生にスポットを当てつつ、万葉集の成り立ちに対する、推察をしているのだが、学会の常識に縛らない自由な発想。

著者の論には、頷けない部分もあるモノの、こうした議論を深めて行ってこそ、正しい歴史が掘り出される。

そもそも、旧唐書に「倭国」と「日本国」の存在は書かれているというのに、知らぬ存ぜぬを通すというのは無理がある。

長いモノに巻かれて生きようとするのか、それとも孤高の道を進んで真実を求めようとするのか、今の日本でも必要とされるのは、そういうコトではないだろうか。  
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2015年10月30日

対極にある話

歴史とは、常に勝者の側から書かれるものである。

というコトを考えると、様々なモノが見えてくる。


上記の本は、フリーメーソンの活躍を肯定的に捉えているので、マッカーサーへの評価はまずまずだが、違った観点から見ると、激辛になる。


ともあれ、明治維新の黒幕が英国だとしても、少なくとも江戸時代の様に、「切り捨てゴメン」が許される国では、世界の鼻摘みものにしかなれまい。

加えて、戦前の様に思想を取り締まる特高などが闊歩する時代をして、とても良い時代は言えるハズもない。

愛国心というのは、必ずしも良い方向へと導くものではナイというコトを考えて欲しい。

例えば、アメリカの「愛国法」は、通信傍受を可能にする法律だったワケで、そもそも「国を愛せ」と強制する時には、胡散臭いものを感じなければナラナイ。

自らが生まれ落ちた国は、誰かに強制されずとも愛するモノ。

愛せないとするならば、間違った指導者が間違った政策をしているだけ。

戦前の様な歪な愛国心を求めるのではナク、自由に国を愛するコトが可能になる様な施策を推し進めるべきだろう。  
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2015年10月14日

維新の闇を探る

今度の朝ドラは、江戸から明治へと舞台を移そうとしていて、五代友厚というかなり歴史好きの人でなければ知らない様な人が、ヒロインと絡んで本日は終ったのですが、読んでいた本に、丁度彼の話が。


龍馬の最期の推理については、かなり強引な展開と思わなくもありませんが、それ以外はホトンド歴史の闇を暴いているのではないかと。

そもそも、普通に毛が生えた程度の人々が明治になって、一気に頭角を現せたのは、バックが存在しなければ無理な話で。

龍馬の最期について、是非とも読んでみて頂いて考えてみて欲しいモノ。

現代の日本にも、相通じる部分があると思いますし。

ともあれ、歴史というのは勝者の側から書かれているので、真実は隠れてしまいがち。

ある程度の歴史を学んでから、朝ドラの『あさがきた』を見た方がより面白いかもしれません。

歴史に限っては、「真実は何時も一つ」とは限らないのですから‥‥  
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2015年08月06日

古代史に魅せられて

更新が遅くなりました。


上下巻を一気読みしていたので‥‥

速読な方ですが、それでも飛ばし読みも出ませんし。

古代史は、特にミステリアスな部分が多いので、興味が湧きます。

結論をココで書くわけには行きませんが、全てがこの著者の新発見というワケではありませんが、結末だけは今まで読んだ中には無かったので、古代史ファンの方なら抑えておくべき一冊かと。

にしても、この本にも書かれてますが、古墳を調査させないというのは、正しい歴史の隠蔽と思われても仕方がナイ部分もあるでしょう。

文部科学省が、「歴史総合」と「公共」を新必修科目として導入するそうですが、世の中の歴史の全てが勝者の側から書かれたものであって、真実の歴史とは限らないという認識を持たないと、誤った世界観に縛られる可能性があると、つくづく思いました。  
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2014年12月03日

季節の変わり目は

明日から、寒気が来るのかという感じの天気。

何だか、とても疲れて眠くて仕方がありません。

それでもと思って、何とか書いては居るのですが、瞼がくっ付きそうです。


上記の本を読んでみて、一番『ん』と思ったのが、永井明さんの『ぼくが医者をやめた理由』に関する記述というのも、失礼な話かもしれませんが‥‥

ともあれ、そんなに歳が違わないので、若い頃の話の中のエピソードは、『今の携帯電話などが普及してナイ時代の話だな』と思ってしまったりして。

そんなにTVを見ないので、著者の書かれたドラマをほとんど見て無くて、申し訳ナイ感じだったりします。

ユーミンの『卒業写真』に対する記述など、時代を感じる部分にだけは共感出来るのですが、それでも、著者が好きな人ならもっと面白い本なのかもしれません。  
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2014年09月07日

歴史の見方を変えてみる

明治維新を通常と違う視点から書いた本がこちら。


詳しく書いてしまうと台無しなので、御知りになりたい方は読んで頂くコトとして、我々が知るべきコトとして歴史というモノは勝者が歴史を書き換えてしまうというコト。

なので、真の歴史を知りたければ、裏を読むしかナイということか。

歴史どころか、現実でも国内では、ホトンド報道されないが、昨日の話もあり久々に外国のネットニュースを覗いてみたら、福島第一原子力発電所の周辺で、遺伝子レベルで突然変異が起こった植物や動物が見つかったという。

それだけではナク、日本全土に分布するヤマトシジミ(蝶)の体長は著しく減少した。 また死亡率も高まり、発育異常もみられるようになった。

福島に巣をつくっているツバメの形態異常も増加していて、研究者たちは、チェルノブイリと福島での事故による生物学的影響は似ているとの見解を示しているというコトを、我々はTVなどで聞いたコトがあるだろうか?

常識的に考えれば、この報道は八月半ば、既にもっと話題になってしかるべき問題だと思うのだが‥‥

隠蔽される事実というモノが、世の中には色々あるというコトを、我々は常に意識するべきだろう。  
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2014年08月15日

乱倫の果ての

物語なれど、仏縁へと繋ぐ物語であると知っていながら、何時か読もうと思いつつ読まずに来た本を原案とした小説がこちら。


抄訳ものは読んだことがあるのだが、読んでみると歴史的価値もあるので驚いた。

史実には残らなかった鎌倉時代が見えてくる。

これを原案にして扇情的に書けば、現代でもビックリの話になると思うので、現代語訳の本でもこちらでも良いので、興味のある方はどうぞ。

それにしても、世の中にはミステリー的な事件が数多くあってと思うけれども、人というのは業が深いモノだと思えば納得もいく。

おそらく古今東西、人間の本質というのは、闇の部分も多く抱えているのだろう。
  
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2014年06月14日

阿修羅のモデル

最近、読み出した作家なのですが、歴史の細部を丁寧に書く方なので、とても面白いです。

歴史小説の好きな者としては。


現在、三冊目の本に取りかかっていて、そちらも期待が持てます。

私事になりますが、改築が迫っていて、かたづけをしなくてはナラナイ期限が迫っています。

なので、仕事も両方しなくてはいけないので、しばらくブログが簡略になってしまうかもしれません。

申し訳ありませんが、少しの間だけお許し下さい。  
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2013年11月12日

そもそも人間は

かなり久し振りの歴史大好き日記です。

かなりマニアックな本も多数読んではいるのですが、そういう本は完全に趣味が一致しないと万人向きではナイので、このブログではホトンド紹介してません。

でも、本日のは大好きな長編小説家で医師の帚木蓬生さんの歴史小説。

しかも、最大の興味分野の古代が舞台なので、ワクワクして読み終わりました。


無論、九州の方なので邪馬台国論争の舞台は九州ですが、元々九州説を支持していますので、すんなり受け止めました。

タダ、この小説の本質は、舞台がドコなのかというコトにあるワケではナク、「人としてどう生きるのが素晴らしいか」という点に絞られてます。

そもそも、アフリカ発の一女性の子孫と言われている全人類の中で、近隣の国といざこざする必要があるのかどうか。

古代の話ではありますが、今を生きる人達へのメッセージでもあると思います。

「人を裏切らない」「人を恨まず、戦いを挑まない」「良い習慣は才能を超える」という基本と共に、精神科医をしながら長編小説を何冊も書き上げている方だからこそ、「寝る時が休息で、それ以外は仕事を変えるだけで骨休めになる」という普通の人では真似が出来なそうなもう一つの教えを、代々の教えとしたのでしょうが、それがどういうコトなのかは、興味を持った方はお読み下さい。

ともあれ、誰かに裏切られたからと、誰もが裏切り続けていればこの世は破滅ですし、才能に安閑として技術や能力を磨き続けなければ、世の中の進歩はナイでしょう。

久々に、心が洗われる一冊ともいうべき歴史小説に巡り合えたと思います。  
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2012年05月20日

男系とか万世一系と言うけれど

最初に断っておくけれども、「悪法でも法は法」と言って亡くなったと言われているソクラテスを尊敬しているので、憲法に規定されている様に、「天皇は日本の象徴」であると思っている。

タダ、世の中の人々の中で天皇の威光を利用して、崇め奉った上で何かしら自分に役立てようとする人には、嫌悪を覚える。

で、そういう人々が今、話題にしている男系だの女系だのという問題に対して、どうしても議論する前の前提として知っておいて欲しいのが、戦前にとても有名な人物であった神功皇后と夫の仲哀天皇と息子で応神天皇となった三人の関係。

無論、史実だったかどうか議論があるコトは承知しているが、日本初の正史「日本書紀」に書かれているのであり、それによる正当性によって、現在の天皇制が存続している以上、「日本書紀」の記述を我々は知っておくべきと考えるが、知らない人が多いと思うので、ネットにこの情報を書くコトは意義があると思うので、今日は休みだから、じっくりと要点を整理して書き込んでみたい。

仲哀天皇は、景行天皇の孫で、日本武尊の息子だが、叔父の成務天皇に男児がなかったので後継になった。

熊襲征伐に妻の神功皇后を同行して行き、神の言葉を信じなかった故に、仲哀天皇九年二月五日に病気で亡くなった。

神功皇后は既に孕っていたが、熊襲を征伐し、新羅に九月に出兵した。

そして、新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約束したので帰国して、十二月十四日に後の応神天皇となる息子を産んだ。

その翌年、二月に仲哀天皇の香坂皇子、忍熊皇子が、腹違いの弟に将来従わされるのは嫌だからと反乱を起こしたが、敗れたと書かれている。

ちなみに、神功皇后は九月十日には臨月になっていたが、石を腰にはさみ、出産を遅らせたコトになっているのだが、あまりに現実的ではナイ。

つまり、応神天皇は本当に仲哀天皇の息子なのかという疑問もあるけれども、一応、神功皇后は開化天皇の血をかなり下ってはいるが受け継いではいるので、実質的な天皇として君臨したし、仲哀天皇の実際の父親が誰であれ応神天皇は天皇家の血を引いているというコトになる。

かいつまんで言うと、応神天皇は女系天皇の流れで天皇になった可能性が高いというコトを言いたいのだけれど。

その他にも、継体天皇の正当性は自分の血筋よりも、次に即位した天皇は先代の天皇の娘であったというコトで補強されている部分があると思うので、あまり男系女系を煎じ詰めると、万世一系にすら疑問符が付きかねない。

古代史では、王権の断絶があったとする意見もあり、おそらくそう考える方が理論的に正しいと思っているが、少なくとも日本が、外国の様に血で血を洗う如き戦争にならなかったのは、倒した王の娘を妻にして、自分も王となり、その子供を王とするという流れが、昔から多かったからであり、前政権を根絶やしにするタメに絶滅させるというよりも平和的な解決法というコトで、それはソレで良いのではないかと思っている。

少なくとも、何世代も前に分家となった家の子供の方が、正当性があるという様な考え方よりも、なるべくならば本家の子供が継承するという考え方の方が、継承に伴うイザコザも無ければ、利権争いも少なくて良いと思う。

特に象徴たる地位は、平和的に権限委譲が行われるのが最良であると思うので、書かなくてもこれからの天皇家がどうすべきかは、誰でも似た様な結論が出るのが本来だと思うのだが。

古代の天皇についてより詳しく知りたい方は、現在、入手出来るかどうかは判らないが、下の本を参考にして書いたので、そちらをどうぞ。

日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)
  
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2010年06月11日

邪馬台国論争の入門書

に最適だと思います。

邪馬台国論争99の謎―「卑弥呼の鏡」が謎を解く? (サラ・ブックス)邪馬台国論争99の謎―「卑弥呼の鏡」が謎を解く? (サラ・ブックス)


ちなみに、著者の結論にはあまり頷けませんでしたが‥‥

世の中には、あまり斬新な説を展開するのは無理っぽいけれど、各論・総論を纏めさせると右に並ぶ人は居ないという人が、時々存在しますけれど、そういうタイプですね。

三角縁神獣鏡は国産だという話は、とても論理的で理解しやすかったです。

古代が好きな人だったら、必ず一冊欲しくなる本だと思います。タダ、最近の本の命はあまりに短いので、ちょっと残念な気がします。  
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2010年01月05日

江戸時代の女性天皇

少し前に主人の母を連れて行った病院で待っている間に置いてあった本を読んでいて、後半になったトコで時間切れになった本があったのだが、今日図書館で偶然同じ本を見つけたので、続きを読み終えてスッキリした所。

保科正之の一生保科正之の一生


上代(日本史の区分だと古代)から中世のあたりは、かなりミステリアスなので大好きなのだが、どうも近世あたりからの歴史に疎く、読んでみて初めて戊辰戦争の時に、白虎隊まで出して会津藩が江戸幕府のタメに戦ったのかというコトが、理解出来ました。

ついでに、明正天皇という徳川の血を引いていた女帝が江戸時代に存在していたコトを知り、その裏には徳川家と天皇家との綱引きもあったのだと、改めて驚いてます。

ともあれ、やはり知らない時代の話を読むというのはワクワクするモノ。もう少し、守備範囲を広げて今年も読書に励もうと思った一日でした。

伝記というのは、押し並べて全て美談に書かれてますが、それにしても保科正之みたいに私心の少ない人にこそ、世の政治は司って欲しいモノですね。  
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2009年10月07日

卑弥呼と邪馬台国

ミステリー作家の多くが心そそられるのが、やはり邪馬台国なのだとは思うけれど、史実的考証とミステリーとが並び立つというのは、中々難しいもので。

卑弥呼の殺人 (ハルキ・ノベルス)卑弥呼の殺人 (ハルキ・ノベルス)

ともあれ、流石に教師をしてらっしゃるだけあって、邪馬台国に関する分析は緻密。残念ながら、ミステリーとしては、あまり押さないけれど、歴史の考証に関しては、かなり秀逸。

昨今の考古学者の近畿地方こそ邪馬台国、一辺倒の考え方に対する否定は素晴らしい。

邪馬台国を治めた卑弥呼が、今の天皇家の祖先であるならば、記紀での記述はあまりに変なのは、誰でも理解出来るだろうに。

万世一系などに捉われるから、歴史が変節されてしまう。

とにかく、全国統一を早くした国が偉いワケでも何でもナク、正しい歴史を知り、ソレを現在に応用して、未来に活かすというコトが、歴史を学ぶ最大の意義であるべきなのに‥‥

ドコが邪馬台国なのかという説は、この本を読んで頂くとかなり判りやすいので置いておくとして、少なくとも、個人的には、邪馬台国が九州の何処かにあったというコトは、かなり昔から事実だと思っているし、何冊本を読んでも、新聞に書かれた記事を読んでも、ソレがゆらぐコトは全くナイし、おそらく卑弥呼の末裔は現在の天皇家に滅ぼされた一族であり、天皇家自身も何度かの勢力争いに巻き込まれているのは自明の理。

タダ、日本的なのは滅ぼした一族と完全対立するのは得策ではナイとして、大体、その娘を征服した男の妻として、滅ぼした一族を支配下に置くという技を使うので、複雑な血縁関係になるのだが。

ともあれ、今までの邪馬台国に対する様々な説を整理しているので、ミステリーと思って読むよりも、邪馬台国入門書として読んで、自分だったら、どう古代史を推理するかと考えれば、楽しい一冊だと思う。  
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2009年06月25日

真実の歴史が知りたい

と改めて思ったのが、鎌倉幕府を開いた「源氏」が三代で滅びたのは何故かという問題を扱った、ミステリー小説を読んで、日本の歴史には裏の裏がとても多いのだというコトをマタマタ知ったから。

何度も書いているので知ってる方は、知っていると思いますが、古代史が幻想であったり、妄想であったりと、空白を埋めるタメの想像が出来るので楽しいから、大好きなのですが、歴史全般は嫌いじゃないので、面白そうと思うとツイツイ手が伸びてしまいます。

その中には、玉石混交で滅多に、「あぁ、そうなのか」と思うモノが少ないのですが、本日はかなりの傑作にぶつかりました。

実朝を殺した男―『吾妻鏡』殺人事件実朝を殺した男―『吾妻鏡』殺人事件


本格ミステリーを期待する人には、頼朝から実朝までのドロドロとした政権争いの裏に蠢くドロドロとした物語を楽しめるかどうか、少し疑問になりますが、こういう見方もあるのかという、歴史の真実を知りたいと思う人には、たまらないミステリーになってます。

「歴史は勝者の歴史であって、敗者は抹殺されるもの」という真実を思い起こさせるモノ。

もしかしたら、日本も歴史的転換期を迎えているのかもしれないとも思いつつ、十年後に今年はどう評価されるのだろうかと、歴史は日々創られるのだという気にもなります。

今まで、全く思い付かなかったコトに、気付かされました。ソレを書くと、この本を読む楽しみが半減してしまうので、書けないのがツライけど‥‥  
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2009年06月12日

平成維新になるのかどうか‥‥

少し前にも書いたのですが、近代からの歴史を知らずして、現代を語れないと思い古代から中世に傾注した歴史的興味をもう少し広げようと、司馬遼太郎のエッセイ的作品を纏めたシリーズを読んでいる。

司馬遼太郎 歴史のなかの邂逅〈3〉坂本竜馬~西郷隆盛司馬遼太郎 歴史のなかの邂逅〈3〉坂本竜馬~西郷隆盛


かなり厚い本だし、吟味して読んでいるのだが、全四巻の丁度三巻を読んでいる時に、鳩山邦夫総務相が、西川善文日本郵政社長の再任問題をめぐり辞任し、自らを政府に反発して下野した明治の元勲西郷隆盛に重ね、離党も否定しなかったというニュースが入って来た。

明治時代は、江戸時代の幕藩体制を瓦解させたとはいうモノの、新しい権力者を生み、新たな権力闘争の時代となったワケで、山県有朋が軍隊の強化のタメに、天皇を徐々に現人神に祭り上げるコトで、最終的に第二次世界大戦にまで突入した時代背景をある程度は理解した。

そういう中で、「もし西郷が政府に残留していたならば、もう少し天皇を人民に身近な存在としてしたであろう」という趣旨のコトが書かれていて、民衆の気持ちを理解した人物として、司馬さんは捉えていた様に思う。

明治時代に、太政官として官僚を復古的に人民の上に立たせたというコトも、述べられているのだが、もしかしたら、官僚と政治家と企業家の三位一体で上手い汁を吸い、人民から上手く税金を吸い上げる仕組みを、今度の選挙では多少は風穴を開けられるのかもしれない。

もし、そういう事態になったとしたら、今回の「鳩の乱」は確かに歴史の一ページになるのかもしれないと思いつつ、そうなるには、政権交代があればこそ、歴史というのは作られて行くものなのだと、実感した今日一日になった。

全ては、この後に来る衆議院選挙で、我々がどういう投票行動を取るのかに掛かっているのだが、アメリカのノモンハン事件の研究者に「あんなに国家が無茶をやっているのに、国民は羊だったじゃないか」と言われた日本人は、どういう選択をするのだろうかと、改めて考えてしまいました‥‥  
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2009年02月18日

四国は遺跡の宝庫だとか

本日の御客様の実家は、土器がとても発掘される場所なので、土器町という地名なのだそうで。

それから話が繋がって行って、四国の最高峰である「石鎚山」には、イスラエルと似たお祭りがあるので、イスラエルの人が大勢、現地調査に来ているという話などを聞かせて頂いた。

空海の唱えた真言密教には、キリスト教の痕跡があるというのも、かなり有名な話だったりするのだと言うと、それは知らなかったそうで。

香川県の「金毘羅」という名前は、インドから来ている名前だし、インド象の置物みたいなのも有るとか。

日本という国は、外国からかなり色々なモノや人が流入している国なので、我々が知らない本当の歴史も、かなりあると思われ。

四国というと、「伊予風土記」があったり、「日本書紀」で天皇が行幸で温泉に湯治に行ったという記述もあったりと、古代史の中でもかなり重要な地域で。

ちなみに、「邪馬台国」は近畿と九州が有力な説であるというコトは、多くの方々が知ってらっしゃるとは思いますが、四国を押す方も本当に少数ではありますが、存在してますし。

そう考えると、最近、あまり古代史関係の本を読んでナイのだけれど、これからは四国にもっと注目すべきかとも思われ。

日本という国は、アイヌ民族と日本民族という風に言われますが、アイヌの方々と沖縄の方々のDNAが類似しているというコトもあり、混血がされ難かった人々がアイヌ民族で、アイヌも含めて、色々な国々の混血した民族こそが日本民族ではないかと、そういう話をしているとより強く思います。

そういう意味では、島国の民にして、本質的に「コスモポリタン」の可能性も高いのですから、もう少し諸外国に対して閉鎖的にならない方がイイのだろうと思います。

要するに、江戸時代の鎖国の名残なんだろうかと、思ったりするのですが、実を言うと江戸時代にも、結構、幕府が知らない所では貿易が行われてたりしてました。

本物の「コスモポリタン」になれそうなのに、その可能性を潰しているのは、もしかしたら日本人いう狭義の考え方なのかもしれませんね。  
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2009年02月11日

歴史は全て勝者が作る

本日は、祝日で休みだったので、しっかり寝て日頃の疲れを取りましたが、TVニュースを娘と見ていて交わした会話が大体こんな感じ。

本日が建国記念日というコトで、賛成と反対の集会が其々あったというニュースだったのですが、

娘「何にしろ、祝日で休みで嬉しいんだから、反対なんてしなくてもイイじゃない」

ワタシ「そう言えば前に小学校の時に、建国記念日について、お母さんが『建国記念日』とは言っているものの、『日本書紀』に神武天皇が即位したと書かれているだけて、神武天皇の存在が、本当かどうかというコトで歴史家の意見は分かれているみたいなコトを書いたら、先生が知らなかったとか言ってたよね」

娘「そんなコトもあったね」

ワタシ「旧暦のコトもあって、本当に今日が『建国記念日』かと言うと、不確かなんだよね。別に、お母さんも休みで嬉しいので反対までする気はナイけれど、少なくとも歴史というのは、勝者が作るというコトだけは知っておいて欲しいな。歴史をある程度、知っていながらもソレを受け入れるのと、真実ではナイ歴史を本当だと頭から信じるのとでは違うのだから」

娘「そう?」

ワタシ「少なくとも、この前の戦争はホトンドの人が、歴史が真実であるかナイかを考えるコトも無く、信じこまさせられたコトから起きたのだから、少なくとも反対している人達が存在するというのは、そういうコトを考えるコトが出来るというキッカケになるので、別にそういう人達が居てくれてもイイと思うよ」

というコトで、何が言いたいかというと、日教組という団体があっても教師=日教組ではナク、娘の小学校の先生みたいに、歴史に無関心な人は実際に存在してますし、
全てのコトは必ずしも簡単には割り切れナイと言うコトですね。

本当の歴史などというモノは、ナカナカ誰にも判らないもので、結局、その時々の政権を握った人々が、好きに解釈して残したモノだというコトです。

かなり、理解し難い書き方になってますが、本日の両方の集会があったという話題も、将来の政権によっては、どちらかが抹殺されているかもしれないし、歴史としてはどちらも採用されないかもしれないというコトです。

でも、本当はどちらも本日の事実としてはあったワケですが。

というコトで、結論としては「歴史を簡単に鵜呑みにしてはナラナイ」というコトでしょうか。「ニュースだって、あくまでも編集した人のフィルターが掛ってます」し、要するに自分で色々と真剣に考えないと、表面的な情報で踊らされるだけというコトですね。  
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2007年11月03日

真実の歴史が見える可能性

かなり久々の「歴史大好き日記」になります。あまりコレはという話題も無かったので、御無沙汰してましたが、全国的には報道されてませんでしたが、画期的な発見が長野県でありました。

ちなみに、こんなに歴史に入れ込んでいるのは、昔から大胆に描く古代史の仮説があり、何時の日にか、何らかの形で自らの仮説を紹介したいと思いつつも、まだあまりに仮説に過ぎないと思っていたのですが、どうも単なる仮説ではナイという裏付けになりそうな話題なのです。

古代史に興味のナイ方には、何のコトやらと思うでしょうが、ハッキリ言って日本の歴史はホトンド「古事記」や「日本書紀」という古代天皇家によって書かれた歴史書のみを出発点にしていて、科学的な裏付けは乏しいワケです。

天皇陵に指定されてしまうと、発掘は許されずにいますので、仁徳天皇陵と我々の時代に教わった御陵は、既に成立年代から考えると仁徳天皇が在位していた時期とは合わないというコトは知る人ぞ知る古代史の常識となっています。

それでも、文章化された資料が他にナイというコトで、中々歴史は書き換えられるコトはありません。なので、今、話題になっている太平洋戦争中に沖縄戦を控えて、軍部が戦争をしやすい様にと、一般住民に自決を迫ったという事実が、教科書から削除されるというコトは、現時点ではさしたるコトと思わない人も居るかもしれませんが、何世紀か後には、ソレが真実として扱われる可能性があるので、生き証人が存在する今の内に、歴史の真実だと確定しておかないと真実は闇に葬り去られる可能性があるのです。

歴史というモノは、勝者のタメの記述であり、敗者は存在してナイが如き扱いか、化け物の類の扱いになるのが通常です。

しかし、歴史の真実はドコかに、その形跡を残しているワケで。ワタシが古代史に惹かれるのは、限りないロマンを感じるからと共に、その隠された歴史を思うと、現代の歴史の改変の手口が見えるからなのです。

遺跡などは地中深く眠っているので、大規模な工事でも無ければ、そのまま何百年でも何千年でも眠ったママになるというコトです。

つまり、全ての地方で発掘調査が行われると、今までの常識だった歴史が一変するコトもありうるワケで。ちなみに、明治維新に於いて御手本だったヨーロッパが、「鬼畜米英」と呼ばれる時期があり、そして今や「親米こそが日本の生きる道」と政府の態度は、その時その時で変遷しているコトは、一目瞭然です。

「何が真実なのか」、「何が正解なのか」というコトは、簡単には判らないのが人生です。だから、何時も疑問を胸に、冷静に政府の動向を見守るコトの大切さを忘れてはイケナイと自分に言い聞かせています。

真実は月日と共に変化し、風化するコトすらあるのですから‥‥  
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2007年04月04日

善光寺から古代瓦大量出土

最近、全然書いて無かった「歴史大好き日記」。久々に血が騒ぐ話が出てきました。

善光寺は謎のお寺」だと、前々から思っているのです。

まず、秘仏であって、本物の仏像は見ることが出来ない。(ちなみに御開帳で七年に一度見せて貰えるのは、前立本尊なので本物ではありません。本物のコピーだと理解しておいてください。となると、果たして本物は存在しているのかどうか、なんて空想すら可能なお寺なのです)

知っている人は知っているかもしれませんが、蘇我氏と物部氏の戦いで、本尊が池に捨てられたりしながら、長野に辿りつくまでの軌跡が、何故か物部氏の退却したであろう道筋と似通っているコト。

それだけでナク、大宝律令以前の条里制と思われる呼称が書かれた瓦が過去にも出土しているのです。

今回の出土した瓦は、白鳳時代あたりと見られているので、「ベールに包まれた古代史」の全てが判る可能性は低いのですが、明治時代に行われた廃仏毀釈と似た様な、宗教関係の争いゴトが、「国分寺」や「国分尼寺」を作るころにも、必ずやあっただろうと思われるので、もしかしたら何らかの手掛かりが掴めるかもしれません。

ともあれ、これだけ全国的に知名度がありながら、建前上は「どの派閥にも属さない、無宗派のお寺」なのです。(大勧進は天台宗の系統だったと思いますけどね)

日本の古代史を本当の意味で正しく研究するには、前から言ってますが、宮内庁によってデタラメな部分もあるにも関わらず一度天皇陵として指定された御陵は調査が出来ないコトがネックになっています。

おそらく、調査出来ないのは、調査されては困る様な、「本当の歴史」の鍵が埋もれているからに相違なく、だとするならば、こういうコトをキッカケにして、現代の優れた技術を持って、民間の過去の歴史をしっかり調査することでしか、「日本の正規の史実」に少しづつでも近付くコトは出来ません。

古代は闇に包まれているので、ロマンは増すばかりです。  
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2006年12月25日

正しい歴史を教えよう

さて、今朝の本ですが、『日本書紀』とすり合わせようと画策していて矛盾だらけの部分も多いので、とにかく中国の正史に書かれた部分だけを読めば、日本の歴史が間違って教えられているコトに必ずや気付きます。

『隋書』の600年の「使」について書いてある部分は、「倭王姓」は「阿毎」、「字」は「多利思比孤」、「王妻」は「雞弥」「太子」の「名」は「利歌弥多弗利」と書いてあるのですから、『日本書紀』では、推古天皇は女ですし、「倭」の太子は皇太子の意味ですから、「聖徳太子」とは無関係ですよね。

しかも、「内官」は「十二」で「大」「小」と「徳」「仁」「義」「礼」「智」「信」を組み合わせて、「大徳」「小徳」「大仁」‥‥と位が下がるのです。ちなみに『日本書紀』の冠位十二階では、「徳・仁・礼・信・義・智」の順番。

そして、「阿蘇山」が「有」るというのですが、近畿地方に都が在るとしたら、何で「阿蘇山?」と思うのが普通でしょう。

『宋書』に詳しく書いてある「倭」の「五王」が『日本書紀』とは合わないコト。

そして、『旧唐書(くとうじょ)』はほとんど教科書で取り上げられていませんが、「倭国」は「古」の「倭の奴国」とはっきり書かれている上に、「日本国」は「倭国」の別種。「日本」は「旧小国」の「倭国之地」を「併(あわ)」す。「西界・南界」は「大海」で、「東界・北界」は「大山」が「有」り、「山外」は「即」ち「毛人之国」と書かれています。

以上を整理すると、

 峩皸」が出た「倭」の「奴国」が中国と代々、通交していた。

◆嶇繊廚蓮嵌槎鏝董廖崑耆拭廖峪拭廖嵬錙廖嶌僉廖峩宗廖嵒陝廚箸いμ召硫Δ中国に使いを出した。

妻も皇子もいる「阿毎多利思比孤」が600年と607年に朝貢して、608年に「倭国」に使者が来た。

ぁ崙本国」は小国の「倭国」を併合したものの、東と北の山を越えた所には「毛人」の国が存在している。


ともあれ、これが客観的歴史の真実なのです。  
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「倭人」・「倭国」とは?

おはようございます。「倭国」とは「日本」の昔の名前で、「倭人」とは「日本人」の昔の呼ばれ方だと思っている人が多いかと思いますが、予断を持たずに、中国の正史に当たれば、違うというコトを書いた本があります。
中国正史倭人・倭国伝全釈
この本は、中国の正史に出てきた「倭」と書かれていた部分を全て抜き書きして、現代語訳してあります。ちなみに解説で書かれている部分は、御本人の意向が反映されていますので、書かれていない部分も補強されてますから、それが正しいかどうかは、読み方によって違うと思う人もあるかと思いますが、ともあれ、日本の古代に対する研究をしたい人にとっては、格好の本になると思います。

まず、「倭族」という部族があり、それは「漢族」が長江流域を原住地として各地に移動分布した民族を総括して命名した卑称。

「倭」は古代中国では「wo(ヲ)」と発音され、「越」の古音「ヲ」に通じる可能性がある。〔越は「越前」「越中」「越後」の「越」である〕物部一族の名門で愛媛県の越智国造(おちのくにのみやつこ)があるが、現在でも「越智」姓の人は「越」を古音のまま伝えている。

「倭人」は「越人」の可能性があり、その本拠地は浙江省紹興市。中国の春秋時代末に「呉」を滅ぼしたが、戦国時代末に「楚(そ)」に討たれて亡びた。

ちなみに「梁(りょう)書」によると、「倭者、自ら太白(たいはく)の末(すえ)と云う」とある。「越」に滅ぼされた「呉」王の子孫だというのだ。〔日本に「呉(くれ)市」が現存していることを思い出してください〕

文身(入れ墨)・断髪の習俗を持つのが「倭人」の特徴。

ココまでで、古代日本人の「倭人」は中国から来たことは明々白々な事実なワケですね。ともあれ、アフリカがホモ・サピエンスのルーツだとするならば、東へ東へと移動したら、一番最後あたりに定着するのは当然のコトですから、さほど理論的にも何の問題もナイと思います。  
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2006年11月18日

学ぶべきものは学ぶ

今朝の本ですが、「ナルホド!」と思うコトもあります。

例えば、「南北朝の内乱」の時の話として、

一三五一年、足利尊氏は、弟・直義と対立したため、南朝と和睦する。それにより、北朝の光巌上皇の治天(政務の実質的指導)と崇光天皇は廃され、北朝が所持する神器は「虚器」として南朝に接収される。南朝は光巌・光明・崇光の三上皇を、賀名生(あのう・吉野の西南)に拉致する。まもなく、勢力を回復した北朝では、崇光上皇の弟(後光巌)を即位させようとするが、「神器」も、即位を命ずる上皇(譲国者)も南朝に連れさられていた。窮した北朝は、後光巌の祖母の広義門院(西園寺寧子)に治天の代行をさせて、後光巌天皇を即位させる。広義門院は、藤原氏(西園寺家)の出身で、皇族でない女性が上皇の代理をしたのである。

この事件は、天皇の地位が、治天の譲国を必須としたことを示し、この時代の天皇の制度をよく示している。また祖母・母の社会的地位の高さも示す。

という時代もあったのです。ともあれ、三種の神器に関して言えば、現在の様に海底探査機など無かったのですから、安徳天皇が母である平清盛の娘・徳子と共に一緒に海へ飛び込んだ時に海の藻屑となってしまったコトは、想像に難くナク、神武天皇以来ズッとというコトもナイでしょうね、どうみても。ちなみに三種の神器も、時代の変遷と共に変わって来たコトも、古代史を少しかじったコトのある方なら、周知の事実ですし‥‥

幕末の時代も、公武合体・大政委任をしようとしていた孝明天皇の死は、毒殺説もあり、急死を受けて明治天皇が十六歳で皇位についた。討幕派の主導権を握った岩倉具視・大久保利光らは、天皇の知らぬまに「倒幕の密勅」が薩摩と長州に下った。この勅には、勅を奉じた者の署名も花押(かおう・書き判)もなく、勅としての効力がうたがわれるものであった。

というコトがあったそうです。つまり、天皇の権威を利用しつつ、自らのしたいようにした人々の何と多かったコトか‥‥

維新政府は、天皇の現人神化をめざし、神道国家教と仏教抑圧の政策をすすめた。故に、古来より、仏教に親しんできた天皇家は、その時期に神道へと変わるコトを余儀なくされたのであると。

それが、現在の靖国神社の問題へと続いて来ているのです。というワケで、人間は全て正しいコトを述べるとは限りませんが、学ぶべきコトは学べるのです。自分と違うからと、排除してしまえば、それは不可能です。どんな人も、先入観だけで見ずに、冷静に見るコトが出来れば、学ぶべきトコは必ずあります。時には、反面教師となるコトもあるでしょうが‥‥  
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違う意見を認める

おはようございます。色々言っても、「いじめ」問題は多様な生き方を認めることにつきるのではないかと思います。

運動が不得意な子もいれば、勉強が不得意な子もいるし、ディベートの不得意な子もいたり、弱虫な子供もいる。それでも、「OK」なのだというメッセージを伝えないとイケナイのだと思いますが、口ではそんなキレイゴトを述べつつ、「これで日本の教育は良くなる」と数の力にモノを言わせる与党の行動は、自己矛盾しているのではないでしょうか?

ともあれ、日本の本来の古代史は『日本書紀』に書かれているのとは、ズレているだろうと考えているワタシではありますが、だからといって、そうした考えの持ち主の方の著作だけを読んでいるワケではあのません。

日本の史実に対しては、「ちょっと‥‥」と思う様な方々も、他国の歴史書に対しては冷静な頭脳で、明快な説を展開するコトが多いからです。例えば、
歴史のなかの天皇
という本を読むと、

六〇〇年の遣隋使は、天を兄、日は弟と説明したので、隋の皇帝に相手にされず、役人から教え諭された。その屈辱感によるものであろう、『日本書紀』はこの遣使についてはまったく言及しない。

と、御自分も国内に関しては、とても都合がヨク解釈してしまわれるのだけれど、この方が、中国史を語ると、

王朝の交替の方法も大きく変化する。∞ ε發泙任蓮崛犠」が一般であった。「禅譲」とは、皇帝が「自分は不徳であって天子の任にたえられない」という名目で、徳のあるものに位を譲り、新しい王朝が成立することをいうが、実体は実力による「放伐」(前王朝の打倒)であった。禅譲したはずの王朝の最後の皇帝の約三分の二が、まもなく次の王朝によって殺されていることが、そのことをなによりも雄弁に語っている。

とあります。日本でも、前の政権から順当な継承をしてないと思われる時は、必ず前の政権の皇子は沢山殺されているのですが‥‥などと、様々な矛盾を感じて、やっぱりあのあたりの交替(色々あるのですが、有名なトコでは継体天皇とか)は変だなどと再認識させられます。ともあれ、日本では、前の政権の娘を后にするという方式が一般的なので、前の政権の婿に当たるので、前政権を悪し様に言わないというスタイルになっているのですが‥‥

つまり、自分が正しい正しいと言うばっかりで相手の話を聞かないでいるよりも、違うと思われる相手の話を聞くコトで、自分の考えが正しかったか、間違っていたかの再認識が出来るのです。よくネットでも、自分の意見と違う人をバッシングする人がいますが、そうでなくて、冷静に自らの正当性を述べ、相手の意見も聞くという「大人の対応」こそ、今の日本に求められる最大のモノではないかと思っております。  
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2006年11月14日

正しい歴史を知る必要性

ともあれ、今の話とゴチャゴチャになっていますが、古代史について興味がある方は、是非古田武彦氏が書いた本をお読みになってみてください。中でも、一番のオススメは、
法隆寺の中の九州王朝
です。

九州年号なるものがあること、法隆寺金堂の釈迦三尊像の光背銘にある上宮法皇と『日本書紀』に書かれた「聖徳太子」の没年が違うという事実に驚かされます。

ちなみに、法隆寺の蔵の中の様々なモノは、開封されずに現在まで来ています。おそらく、開けると困るモノがあるからなのだろうと思います。

そして、天皇陵であると制定されてしまうと、研究すら許されないのですが、正確な日本の歴史を知りたいと思うならば、やはり調査すべきだと思います。

天皇陵であるとされていないモノは、高松塚古墳を始め、研究は許されているのですから‥‥

こんなに文明が進んで来ているのに、不確かな歴史のままでいるというのは、どうなんでしょうね?

ともあれ、昔は今の様に高速道路網や新幹線等々の鉄道も無かったのですから、九州には九州の、近畿には近畿の、関東には関東の王朝があったとしても、少しも不思議はありません。

無論、東北には東北の王がいたと思われます。日本が本当の意味で統一されたのは、明治時代だとワタシは思っていますが、別にそれで困るなんてコトはナイと思います。

沖縄には琉球王国があった。それは歴史の一ページです。

歴史を正しく理解するコトは、これが正しくてこれが間違っていたなどと、後世の人がこれからの判断材料にするコトが出来ます。

そうして初めて、過去の間違いを繰り返すコトなく、未来を構築出来るのです。だから、歴史なんて、過去のコトだから学んでもしょうがないとか、入試に関係ナイからとパスすると、確かに刹那的にはそれで済むかもしれませんが、誤った選択の繰り返しは、やがて民族の滅亡をもたらします。それは、既に歴史が証明しているコトなのですから‥‥  
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