2019年07月19日

歳をしたら

色々と大変な事になる場合が増えるけれど、しっかり死ぬ時の覚悟をしておいた方が良さそう。


著者の志賀貢さんも、こうした本を書かれるのかと思って、借りてきた一冊。

ともあれ、一番気を付けたいと思ったのが、末期の病床に有る患者さんに対して、「ありがとう」と言うのは死の宣告に等しいのだというコト。

無論、今までそんな事を言った試しもナイのだけれど、言われてみればそうかもと思う。

ともあれ、日本は世界に冠たる長寿国になった。

となると、最期の時に備えてどうするべきかとか、考えるコトも結構増えて来る。

まだ、そんなに先のコトは考えられないというのではナク、ある程度は若い頃から、将来に対して様々な準備が必要なのかも。

少なくとも、人生の後半を生きるには、一人では中々厳しいので、やはり若い時に自分の手で、新しく家族を作る努力とか、信頼出来る仲間を作っておく必要性を感じる。

身元保証人が居ないというのは、とても大変なコトらしいから。  

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Posted by seitaisikoyuri at 22:52Comments(2)

2019年06月27日

参議院選挙だというのに

マスコミは、選挙報道に及び腰。

せめて、ネットではチャンと国民の為になるのはどちらなのかというコトを、ハッキリさせないと。

安倍首相「消費税上げても大企業・富裕層に増税はダメ」443万回再生の動画が暴露、年金の「国家的詐欺」という話もあるけれど。

ともあれ、現在、年金が不足するというモデルとして計上されている収入が約20万という額を稼げない非正規労働者の人々が存在しているというコトも、考えるべきではないか。

例えば、一日900円として、八時間労働で週休二日とした場合、単純計算で週休36000円。四週間で、14万4千円である。祝日が休みだったりすれば、もっと少ないだろうし、六月みたいに祝日が無ければ、もう少し増えるだろうが。(面倒だから、税金を無視して計算していても、この金額である)

夫婦二人の内、妻は専業主婦でも、老後は二人で約20万の年金という水準に、非正規労働者の人々が老後なるのは、ハイパーインフレでも無ければ、絶対に無理だし、しかもインフレになってしまえば、その価値は今の額より目減りするのは間違いナイ。

という簡単な計算は、誰にでも可能ではなかろうか。

だからこそ、結婚しない人が増えているのであり、少子化になっている可能性が高いなどというコトは、少し頭を使えば類推出来ると思うし、当然、今後の年金の額が減額されなければ、年金制度は持たないに決まっている。

そうした問題を無視して、子供は三人産んでだの、保育費用は無償にと言われても、そもそもの分母である婚姻数を増やさなければ、どうにもなるまい。

そんな事は、別に専門家で無くとも、少し考えれば誰にでも判ると思うのだが‥‥

空手形の「大丈夫」なんて言葉を信じていたら、日本の将来は絶対に破滅としか考えられない。

どんなに不都合な真実でも、正しい統計を出して、これからの事をキチンと議論出来る政治にして欲しいモノである。  
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Posted by seitaisikoyuri at 21:54Comments(2)

2019年06月12日

大本営発表は玉砕への道

年金だけでは、必ずしも安心の老後が送れないというのは、当然の話だと思うのに、金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」すら受け取れないと政府は頑な。

政府が報告書の受け取りを拒否しても、標準的な場合でも2000万円不足するというのは、今の時点でホボ確定であり、下手をすると今後、もっと不足する可能性が大なのに、あまりにも呆れた話。

そもそも、ネットで読んでも5分は必要としない報告書を、担当の大臣は全部読んでナイと言い切った。

確かに、文章を普段から読みなれてナイのであれば、読むのが苦手なのは仕方が無いけれども、だとするならば職責を果たせないのだから、即刻辞めて欲しい。

報道を聞いた時にまず思ったのが、『認知症にでもなったとしたら、2000万円でも不足するんじゃないか』と。

報告書を読んだら、その辺も留意して書かれてあったけれど、我が家には90代の認知症の主人の母が存在する。

少なくとも、今は介護保険が機能しているので、施設に預けなくとも何とかやってはいるが、施設に預けるとなると、特養で無ければ、概算で月に20万円ほど必要になる。

今の状況での単純計算で、年間約240万円であり、雑費などを考えればそれで済まないかもしれないが、約4年間で1000万円。約20年なら、5000万円必要である。

ちなみに、80代で認知症になり、徐々に症状が進んでいるモノの、独り暮らしではナイので、家で介護しているから、そんなに金銭的に大変ではナイけれど、もし自分が高齢になったらどうなるかと言えば、おそらく、団塊の世代が上に存在しているので、とても施設など夢の夢だし、ディ・サービスすら無理だろう。

希望的可能性が存在しているとすれば、それまでに介護ロボットがそれなりの値段で普及してくれれば、何とかなるかもしれないが、そうでなければピンピンコロリ以外に、どうにもならないと覚悟をしている。

太平洋戦争では、敗北していても、転進という言葉を使って、国民に状況の悪化を知らせず、最後に玉音放送で敗戦を日本国民は知らされた。

その日に付けられた名称は、「敗戦の日」では無く、「終戦記念日」。

おそらく、このまま少子高齢化に政府が手をこまねいているだけなら、今度は「一億総玉砕」の日を迎えかねない。

安全性に問題のあるF35を爆買いするという無謀を繰り返す限り、そんな日が訪れたとしても、驚く方が変だと思ってしまうのだが‥‥  
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Posted by seitaisikoyuri at 22:36Comments(0)

2019年05月17日

老いて格差と戦う

池袋の暴走老人は、弁護士に言われて反省の手紙を被害者に送ったのではないかと考えてしまいたくなるほどに、任意の事情聴取では、未だに自分の過失では無く、自動車に問題があったかの如く、答えているなどとニュースでは報じられている。

かくの如く、如実になりつつある格差社会を実にユーモア溢れる小説として書いてあるのが、こちら。


あくまでも、小説なので、絶対にあり得ない設定にしてあるのだが。

それにしても、最終的に反乱が起きるというのは、流石に小説ゆえ。

今の日本人には、もうそんな気力も残ってナイのかも。

少なくとも、怪我で済んだのであれば、ともかく、愛する妻と娘を失ってしまった遺族の気持ちを考えれば、未だに車に不具合を主張している加害者の謝罪など、絶対に受け入れられないだろう。

当然、「厳罰に処して欲しい」と願うハズである。

過失を認めた謝罪の手紙の真意はと、誰もが思うのではないか。

少なくとも過ちだったのだから、許して欲しいと加害者から言うのは、勝手な言い分であろう。

上記の事故が起きてから、高齢者ドライバーの意識調査などが行われているけれど、高齢者になればなるホド、自分の運転に自信があるという、自意識過剰の人々が増えている。

なるほど、下手な高齢者が大きな車を乗り回しているハズだと、理解はしたが‥‥

我が家の周辺は、4m道路なので、そういう人々をやり過ごすタメ、遠出をする時以外は、軽自動車で他者の上手とは言えない車を避けて走行しなければ、外出時に手間が掛かって仕方がナイ。

無論、老人ばかりでナク、狭い道路の真ん中を通る人々もかなり存在する。

仕方がナイので、避けてしまうと増々中心に寄られてしまうので、ワザとこちらも真ん中に出るというフェイントを掛けたりなど、軽自動車であっても、より小型のモノを選ばないとすれ違いに苦戦する。

そうやって、「己を小さく 人を大きく」的に、摩擦を回避する習慣が、もしかしたらこの世の中を駄目にしているのかもと思ってしまった、ハチャメチャだけれど、小説故にスカッとした一冊。  
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Posted by seitaisikoyuri at 22:31Comments(0)

2019年04月17日

認知症と長寿社会

本日は、仕事も忙しかった上に、地元の新聞をヨイショしているワケでは無いのでずが‥‥


耳にさからいやすいとしても、こうしたルポを踏まえて、世の中を改善すべきなのかもしれませね。

介護を継続的にしている身としては、その先も気にはなりますが、結局、生きるコトを肯定しつつ、共感出来る人でナイと、長い介護生活は難しいかもしれません。

眠りつつ書いていたので、短いですがこんな時間になってしまいました。

明日は、もう少ししっかり書きますので、本日はコレで失礼します。  
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Posted by seitaisikoyuri at 23:43Comments(0)

2019年01月28日

在宅死という選択

主人の父は、がんだったが発見時には手遅れだったので、無理な治療はせずに家に居て、本当にダメになってから病院に入って亡くなった。

自分の両親は、突然死だったので、二人共自分の家で簡単に一生を終えた。

作家である医師が、信念の基に同じく医師の父親を自宅で見送った話がこちら。


中々、普通の家でココまで大変な最期を迎えられるかというと、難しいかもという気もする。

我が家の御客様の中でも、自宅で見送られた方々の話を聞いたコトはあるが、付きっきりで世話をやく事が可能な人が、何人か居てこそなので、必ずしも簡単にとは思えない。

少なくとも、今、認知症の主人の母親をディ・サービスなどを利用しつつも、在宅で見て居られるのは家に何人か居るからであって、おそらく独りで見ていたら、難しいかも。

ともあれ、なるべく家に居たいという気持ちがある以上、何とか出来る範囲で見てはいるが、最期までというのは、出来るかどうかは判らない。

人間、長生きしても良いかどうかは、最期にどんな死に方で終わるかによると思うが、これこそ天命なので、誰も死に方を選べない。

在宅死も可能ならであって、それを選ぶのは簡単ではナイと思う。

ともあれ、一人一人人間が違う様に、死に方も様々。

在宅死の貴重な体験談なので、読んでおくと良いかもしれないが、全ての人がこんな風に出来るかというと、おそらく無理と応える人が多いだろうと。  
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Posted by seitaisikoyuri at 23:17Comments(2)

2018年12月18日

超々高齢化社会に向けて

日本は、世界各国より、一気に高齢化社会から、超高齢化社会になったという。

高齢化社会とは人口の7%、超高齢化社会は人口の14%が、65歳以上の場合に言うのだとか。


フランスでは、114年必要だったのに、わが国ではたったの24年と聞いて驚かない人は居ないのではないか。

故に、2030年には予想によると、総人口1億1522万人の内、15歳未満は1115万人、15〜64歳は6740万人で、65歳以上は3667万人だという。

つまり、人口の三割以上が65歳以上の高齢者になると推定されているのである。

超高齢化社会の割合が、倍増するのだから、超々高齢化社会と言うしかナイ。

そんな時代に、国防に多額の出費をしても、どうにもなるまい。

そもそも、戦う兵士が充足出来るかどうか。

若者は、低賃金故もあって、結婚もせず、子供も産まずという人達が増えている。

2030年に生まれるだろう子供の数は、たったの69.5万人。

団塊の世代と比べると、その少なさが際立つというモノ。

そして、その団塊の世代が2030年には、後期高齢者になっている。

たった3〜4%しか出来ないというピンピンコロリとなると、どんな社会になるのか、少し想像力を働かせてみれば、判るのではないか。

社会予算を、しっかり福祉に振り向け、社会を拡大するよりも、上手に縮小する以外に、この先の未来は描けない。

小手先だけの改革など、数十年後には無意味になりかねないというコトを、この本は教えてくれる。  
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Posted by seitaisikoyuri at 22:26Comments(4)

2018年11月17日

この先はもっと

大変な社会になるだろうと思うと憂鬱になるけれど、今でそうなら未来はもっと大変だというコトを知らないと困ると思うのがこちら。


特に、印象に残ったのは、フリーライターの方々の老後はかなり大変だというコト。

ノンフィクションライターとして、著名な本田靖春さんですら、晩年は糖尿病のため両足を切断、大腸がんなどさまざまな病魔と闘い、金銭的にも大変だったとか‥‥

猪瀬直樹さんは別格と書かれてますが、そもそも、亡くなられた奥様は教師として、しっかり働いた方でしたし。

大宅壮一ノンフィクション作家でも、生活保護レベルなんだとか。

雑誌も売れず、『創』は原稿料が出ないとか。

出版不況ではナク、もうそれが当たり前だというのだから、良い本を読みたいと思っても、逆に本業が別に有る人以外は、書く事だけで生活出来ない時代が来ているらしい。

故に、お金で転んだ様な文章を書く人すら、出て来るのだなと思ったり。

銀行でも、証券会社でも、詐欺まがいの取引を行って、老人に損をさせる場合も有るというのは、昔から知ってはいたが、投資信託が解禁されてからは、より多くの老人が食い物にされているらしい。

老人だから無関係と思わず、両親や祖父母が居る方々は、気を付けてナイと、大変なコトになりかねない。

加えて、今後、誰もが老人になると思えば、是非とも一読しておきたい一冊かと。  
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Posted by seitaisikoyuri at 22:04Comments(4)

2018年11月13日

介護に行き詰る人々

最近、夜はホトンドTVを見ないので、知らなかったのだが、一昨年放映された番組の書籍化されたモノを読んでみた。


何年も、家族介護している当事者として、そして何年も前に子供が居なかった認知症の叔父を見送った一人として、実に身につまされる話であった。

そもそも、亡くなった叔父と主人の母親とは同じ年の生まれだったのだが、先に叔父が認知症になったので、主人の母の認知症の発見はかなり早かった。

叔父の場合は、初めての認知症というコトもあり、そうだと確信したのは、かなり症状が重くなってからだった。

叔母は、独りで一生懸命見ていたが、精神科に行ったあたりから、本当に変になってしまって、結局、最後は違う精神病院で最期を迎えたのだが、入院するまでには、本当に色々なコトがあり、主人や兄は特に大変な一夜を明かしたコトもある。

ともあれ、主人の母親は早期に認知症を疑い、早目にディ・サービスに通って来たけれど、結局、ボケで行くのは誰にも止められナイ。

徐々に、徐々に悪くなっている。

それでも、進行は遅い方だとは思うけれど、流石に九十歳を過ぎて来ると、ボケてなかった実の父親も一気に認知症が進んだりして、九十六歳で天に召された。

ともあれ、認知症の人を何人もで見ているから、まだ何とかなっているけれど、もしたった一人で見ていたら、スグに行き詰ってしまっただろう。

施設なども考えてはいるけれど、本人は家に居たいと言っている以上、中々、踏ん切りもつかない。

おそらく、こういう人は各地に沢山居るのではないかと思う。

消費税が上がったとしても、当初とは違って、様々な部署に配分されて、介護などは手薄なままになる可能性が高い。

真面目に介護したからこそ、追い込まれてしまう人達をどうするべきかというコトを真剣に考えなければ、この先、介護不能になった人々は路上に放置されかねない。

殺人を犯すよりは、介護せずに棄てた方が、罪は軽くなる可能性が高いから。

そういう社会になってから、慌ててももう間に合わなくなっているだろう。

もう少し、真面目に社会保障をどうすべきなのかを、社会全体で考える必要があるのではないかと思うのだけれど‥‥  
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Posted by seitaisikoyuri at 21:50Comments(2)

2018年11月08日

在宅医療の現実

医療費削減や、介護費削減のタメに推奨されている在宅での看取り。

それでも、中々、現実は厳しく‥‥


この本に書かれている現実も、大変なのだけれど、現実にはもっと大変な話も聞く。

親が大変でも、一緒に住まず、加えて介護の派遣も頼まず、放置したと言われないタメに、一週間に一度位は在宅診療だけは頼むけれど、施設に入れるお金も勿体ないのか、入れるお金もナイのかという人も存在するのだという。

格差社会というけれど、お金がナイ(逆に全く無くて、社会保障の網に掛かった人の方が、もしかしたらマシなのかもしれないけれど、本来ならフォローされるべき人でも、日本は申請主義なので、セーフティネットに救われない人もかなり存在しているらしい)人は、おそらくこうした小説にもなれぬほど、大変な目に遭っているらしい。

おそらく、現在でこうした人が存在しているのだから、将来になったらどうなるのか、考えるだに恐ろしい。

このブログで、何度も「ピンピンコロリ」を推奨しているけれど、誰もがそうなれるとは限らない。

でも、そうでなければ、かなり大変な現実が進行中。

未来を、自分でどうデザインするべきか、この手の本を読んで覚悟を決めるべきなのかもしれない。

長生きするのは、とても良いコトだと思われていたのだけれど、物事には表もあれば、裏もあるのだと知っておくべきだと思わせてくれる一冊。  
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Posted by seitaisikoyuri at 21:14Comments(4)

2018年11月04日

確かにそうかもしれないが‥‥

とはいえ、判っちゃいるけど止められナイのが老い。

特に、認知症と思う。


既に読んだ本を、新たな本と間違えて読んでしまったり(昨日読んだというワケでは無いのが救いではあるが‥‥)、既に見たドラマの再放送を、どんな話か確認しつつもう一度見たり、どちらも最低でも半年以上若しくは数年前のではあるから、仕方ナイのかもしれないのだが。

上記の本の通りに、40代から始まっているというのなら、仕方がナイとは思いつつ、ドンドン老いているのは感じてしまう。

ともあれ、どんなに頑張ったとしても、本当に高齢になってしまえば、もう人間の手には中々負えないというコトも判ってはいる。

90歳を過ぎてしまえば、ホボ正常な生活などというのは、無理な話。

それでも、介護生活をしてナイ方などには、タメになる話が満載かと。

介護というのは、ある意味、相手との距離が遠ければ、上手く付き合える可能性は高いと思いますが、家族間介護は大変。

介護される人の、若かった時代などを知っている人の方が、落差にガックリすると思います。

そういう意味でも、もっと他人に頼める介護体制が必要だと思うのに、なるべく家族でという行政の方針では、何れ介護は行き詰るのではないかと。

主人の母が、なるべく家で過ごしたいというので、家族全員疲れつつも頑張ってはいますが、何れは施設が、迫りつつあるのが現状です。

理解は出来ても、解決は難しいのが、認知症かもしれません。  
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Posted by seitaisikoyuri at 20:46Comments(2)

2018年09月22日

困った老人のトリセツ

本日の本はこちら。


高齢の親を間近で見て無い方には、良い本ではないかと思いますが、既にかなり高齢化して、認知症が進みまくっている人には、もの足りないかもしれません。

我が家も、徐々に家で介護するのが、かなり難しくなって来ているのですが、それでも、本人が在宅を希望しているので、何とか頑張ってます‥‥

ともあれ、我が家で一番献身的に介護している主人を気晴らしさせようと、息子のトコへ行かせ様とすると、必ず色々な問題が発生し。

それでも、仕方ナイので、娘と仕事をしつつ、何とか面倒を見ているのですが、やはり嫁には遠慮があるらしく、結局、娘が大変な思いをしています。

明日は、娘に用事が有るので、主人の母と二人で家に居るのですが、どうなりますことやら。

本当は、ショート・スティに行く予定になっていたのですが、具合が悪いと自己申告して、少し前からディ・サービスを途中で離脱しているので、急遽、家に居るコトになりました。

というコトで、上記の本を読んではみたのですが。

「介護はプロに任せたほうがお互いのため」というコラムもありますが、そうは思っても、本人の意思も有るので‥‥

何事も、見ると聞くのは大違いですし、実際に体験すれば、知識とは全然違います。

まだ、高齢者が少ない時代でこうなら、数十年後は本当にどうなるのか。

これから高齢者になる人々は、強い意思を持って「ピンピンコロリ」になる様に、自分の身体を整えておくしか未来は無さそうですね。  
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Posted by seitaisikoyuri at 22:10Comments(0)