2006年08月16日

真の人格者にはナカナカなれないが‥‥

おはようございます。(何度も書いてますが、一日二回更新を心掛けているので、午前の部なのかどうか、後からスグ判る様に書いてますから、時間外の方は読み飛ばしてください)

いよいよ、この本の最終回です。

真の人格者について、様々な言葉が述べられています。現実に暮らしていると、そうもいかない時もあったりしますが、ともあれ、だからと言って理想もナク、自堕落な生活をしても仕方ありません。時々は、そうだなと頷いてみるコトも大事かと思います。

真の人格者は、名誉を重んじる心が強く、卑屈な行動をとらないようにいつも気を配っている。言葉や行動においては何より誠実を心がけ、小細工やいい逃れをせず、不正やインチキには手を染めない。あくまで正直を貫き通そうとする。

勤勉実直な人間は、無節制な連中ほど早く財を成したりはできないかもしれない。だが、インチキや不正な手段を弄せず良心を貫いて得た成功は、ほんものの成功である。しかも人間は、いっとき成功から見離されたとしても誠実さだけは守り通さねばならない。品性を堕落させるくらいなら全財産を失うほうがまだましである。なぜなら、品性はそれ自体がすぐれた財産だから――。

真の人格者は、他人の行動をコテンパンに批判して事態をさらに悪化させるより、自分が多少傷ついても辛抱するほうを選ぶ。また、自分より恵まれない境遇にいる人の弱さや失敗や過ちには寛大な心で接しようとする。富や力や才能に驕らず成功しても有頂天にならず、失敗にもそれほど落胆しない。他人に自説を無理に押しつけたりせず、求められた時にだけ自分の考えを堂々と披瀝する。人の役に立とうという場合でも、恩着せがましいそぶりはみじんも見せない。

何だか、「仁」という考え方と似ていますね。タダ、漱石ではありませんが、こういうのを読むと、「誠は天の道なり、されど人の道にあらず」とも思ってしまうヘソ曲がりでもありますが、浮世の垢をマトッタ身体だとしても、タマには賢人の言葉に自らを省みるのもイイなと思うのであります‥‥
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