おはようございます。昨夜の本で、もう一つ目を引くのは、政治に関する部分です。ココは本論ではナイので、しっかり書き込みしておきますが、とても恐ろしいコトが書いてあります。
古い話になりますが、一九七九年にイラン革命が起き、その年の十一月にテヘランのアメリカ大使館全員が人質になった事件がありました。一九八一年一月にアルジェリアの仲介で解決するまで、人質は監禁されたままとなり、カーター政権の行なった米軍特殊部隊による人質救出作戦は、砂漠でヘリコプター同士が衝突事故を起こして失敗。その結果、カーターは危機管理能力がないと共和党から攻撃され、一九八〇年の選挙でレーガンが勝つ要因のひとつになったのです。
この時、レーガン陣営では、人質が選挙前に解放されるのを恐れていた。何故なら、選挙の直前に人質が解放されてしまえば、カーターが英雄になってしまって、選挙に勝たれてしまうからだ。
そして、就任式当日、大統領就任の前に人質全員解放の知らせはレーガンの耳に入った。当然、そのニュースを一日千秋の思いでまっている人質の家族は居るのだが、何事もなかったかのように就任式をし、就任演説を終えた。
そして、昼食会になったとき、そのとき初めて知ったような顔をして、人質解放のニュースを発表したというのである。
イランによる人質の解放は、何かの取引が行われた結果だった。そしてその取引を行った人物は、そのときはまだ大統領ではなかったのである。
というコトが書かれています。米国だから、オープンにこういうコトがされたとは思いますが、この人質を、日本の拉致被害者と置き換えて考えてみる(それは事実の歪曲だという批判もあるかもしれませんが)と、何やら似た様なコトがあったとしても、少しも不自然ではナイと思えます。
あまりに偶然すぎるタイミングで何かがあったりした時は、こうした裏がある可能性を考えるべきなんだろうと思います。
票を集めるタメには、相手の失策が大事だったりして、本当に救われるべき人に手が迅速に差し伸べられるワケではナイ。タイミングを見計らって、助けられたり、助けられなかったりするコトすらあるのだというコト。
政治を行う人々の心は、善良とばかりは言えません。今回、タマタマ、その娘が作家だったゆえに真実が明らかにされましたが、おそらくホトンドの場合、こうしたコトは闇から闇へと、葬りさられてしまうのが、常だと思います。