2007年11月21日

人はに色々な部分が‥‥

カテゴリーは「宗教」でイイのか、チョット悩むのではありますが‥‥ひろさちやさんが、こんな本を書くとは??などと思いつつ、あとがきを読んで納得しました。『問題小説』に本名で連載していたモノを「ひろさちや」の名前で書籍化したそうです。

なので、かなりH系の宗教本と考えて頂いた方がイイのかも。ともあれ、笑いながら宗教的な考えが読めるという点では良いのでしょうが。昔話をセクシーに改変してあります。
昔話にはウラがある
こういう下ネタも書けてしまうトコが、逆にスゴイのかもしれませんが。こんな感じで息抜き出来ない人々が、逆に転落とかしてしまうのかもしれませんね。北海道の警察の方とか‥‥

昔から、「聖職」と呼ばれる方々ホド、色々とあるみたいですし。京都のお坊さんやら、長野では善光寺さんの関係者が、不況風の今でも歓楽街を賑わしてらっしゃるみたいですしね。

その辺を見誤ってしまうと、「オウム真理教」あたりにハマってしまうのだろうと思います。他にも、とても多いですよね。尊師とかって崇められて、トップだけは傍若無人に何をしても許されるのに、信者には節制だの帰依を求めたり‥‥

少なくとも、自分はOKだが、信者にはNOみたいな宗教は、チョット変だと思った方が間違いナイと思います。

少なくとも、ホトンドのマトモそうな宗教の開祖の方々は、自分は禁欲的な生活だったとしても、他人にはそれを求めないか、自分と同じだけの宗教的生活を求めるのが普通ですからね。

段々、教団が膨脹するに従って、トップは何でも許されて、下々はトップのタメに奉仕という堕落的になりますけど。

何だか、宗教も政治も権力の座に長く君臨すると、専制的になるという意味では類似しているのかもしれませんが。

とにかく、全ての全世界の人間は多少の差こそあれ、ホトンド似たり寄ったりです。他人に期待し過ぎず、自分と全く別の人間だと思い込むのは危険です。必ずどんな人間にも聖なる部分もあれば、邪なる部分もあるのですから。
人気blogランキングへ←応援よろしくお願いいたします

この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
昔から坊主は助平が多いとか\(^o^)/
一年経つとこのくらいの歳ごろは随分成長します。
女性は特に目立ちますね。
Posted by としき at 2007年11月21日 23:23
器が大きくなればトップ(ひとり)がどう思おうと回りがまつりあげることも少なくないですしね。
たいていはトップも主導だと思いますが。
Posted by 小太郎 at 2007年11月22日 17:42
としきさん、結局、禁止されるとしたくなるのが人間のサガというコトなのでしょうが‥‥

ともあれ、「入信する」のはより慎重であるべきでしょうね。
Posted by koyuri at 2007年11月22日 19:32
小太郎さん、そうですね。

ともあれ、トップがその教団の大部分をの性格を決めてしまうのですから、トップが立派ならそれなりの集団になり、トップがアホなら、イイカゲンな集団になるのでしょう。

他人に自分の人生をゆだねるのは危険過ぎると思いますけど、日本人は自分の頭で考えるコトが苦手ですからね。
Posted by koyuri at 2007年11月22日 19:34
 
にほんブログ村 健康ブログへ