2008年04月04日

いい加減さの大切さ

昨日の話題に一部補足しておきますが、医療事故については、基本的に『医者といえども人間ですから、ある程度のミスは存在する』と思ってます。

だから、故意に行ったワケで無ければ、ミスがあった患者には、保険でしっかり賠償するコトにしても、刑事の罪は微罪にしとかないと、良質な医師や看護士を確保出来ない時代が来るだろうとも思います。それと、必ずミスを犯した医師や看護士は、誠意をもって謝罪するコトは必要でしょうし、何度もミスをする方には、保険料の増額により、「医療現場から退場して頂く」というコトも、当然行われるべきです。

ともあれ、死亡原因は特定して、失敗を次の成功に活かす努力というコトは、大事なコトです。モチロン、そのコトは医療ミスだけに限定したコトではありませんが。

何故、最初にそんなコトを書くのかと言えば、次の本を紹介したいからです。
厄年の男たち―揺れるこころとからだの処方箋
この本の中に、男女を問わず精神衛生上、とても有効だと思うコトが書かれているからです。
いい加減さというのが実は非常に大切なことなのです。
いい加減さがないと、私たちは生きていられない。生きていられないと、はっきり言い切ってしまうのは少々オーバーかもしれませんが、そのいい加減さの上に私たちは立脚しているように思われます。
病気の治療もそうですが、どんな仕事も、だいたいこうだろうということでやっているのであって、はっきりとした見通しがあってやっていることなんてまずない。そう私は思うのです。
つまり、先の結果が見えないで、みんなやっているのですが、心気神経症を病んでいる方たちは、そうは考えません。確たるものがないところで、どうしてそんなふうにのんびりやっていけるんだと、不思議に感じられてならないのだろうと思います
つまり、失敗したら必ず次は改めようとさえ思っていれば、人間はそうそう重篤な失敗など、逆にしなのではないかと思うのです。緊張して、失敗を恐れすぎると、逆にミスを呼ぶ。人間、ファジーな状態でリラックスしているコトが大事なのではないかと思うのです。

何度、失敗してもそれを隠蔽する体質のトコには、決して進歩はありません。(政府機関がイイ見本ですが)自分の未熟な部分も認め、他者の未熟な部分も許し、互いに失敗を克服して、成長を続けていくというコトの大切さを、我々はもっと大事にするべきではないかと、この本を読みながら思いました。

ソレにしても、中年というモノは、男にしろ、女にしろ大変な時期ですね。それでも、老年になって「死」と真正面から向き合わざるをえない時期よりは、マダ、身体も動くだけマシなのかもしれません。

明日が、娘の入学式、明日に回せないので、少し余計にお引き受けしたので、本日はとてもバテバテです。何だか、チャンとまとまってナイかもしれませんが、本日はコレで失礼します。
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この記事へのコメント
「いい加減さ」は大切ですよね。ちょっと言葉のニュアンスとしては悪い印象が強いような気もしますが、ある程度の融通が効く状態というのが、一番いろんな事象にぶち当たっても対処できるということなのでしょうね。
今は融通が効き過ぎる人や融通が効かない人、極端な方が多いのでしょう。バランスが大切ですね。
Posted by 鍼医K at 2008年04月05日 16:04
鍼医Kさん、「バランスが大切」。

正に、その通りなんです‥‥
Posted by koyuri at 2008年04月05日 20:03
 
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