2008年08月03日

小さな幸せを喜ぶ

83歳 誕生祝本日は飯綱のイタリア料理店Trattoria il Calorosoに行って、主人の母の83回目の誕生日の前祝いをしてきました。写真は、お祝いのケーキです。本当はカボチャのプリンのホールをお願いしたのですが、お忙しいらしくてコチラのケーキになりました。かなり可愛いでしょ。美味しかったです。

本日も長野は猛暑日。それでも、一番暑い時に避暑出来たので、少し良かったかも‥‥主人の仕事が入ってたので、トンボ帰りでしたけどね。

さて、何度もこの事件の話題を不思議がっていますが、それを理解しようと借りてきた本の中から、読んだのがコチラ。
不幸になりたがる人たち―自虐指向と破滅願望 (文春新書)
正直、この著者の本も何冊も読んではいるモノの、あまり書き込みたくナイ感じだったのですが、この本はかなり自分のコトもさらけ出しているので、とても共感が持てます。(しかし、この方もアドラー心理学ではナイですけど、自分の弱い部分を克服したいがタメに精神科を選んだのかしらと思う部分もありますが‥‥)

幸福の回数が決まっていそうなので、10円玉は拾わないという話(著者もそうらしいのですが)もありますが、ワタシはこの本に出て来る筋金入りのギャンブラーの友人と一緒で、そういう幸運は「ツキの波」への足掛かりと思う方ですね。

ちなみに宝くじが当たっても、賞金を取りに行かないというコトはナイと思うけど、あぶく銭によって、人生が変になると怖いので、宝くじは当たらない確率が高いコトもあって買わないという慎重さは持ち合わせているのですが‥‥(何十億円も当たるのであれば、残り何億かで目が醒めそうな気がするけど、数億円だと浪費癖が付くだけマズイ気がするタメ)

とにかく、ココにはワザワザ自分から不幸になりたがる感じの方々が数多く取り上げられていて、おそらくカナダでの殺人者もそうだったのであろうとしか思えないのです。
基本的に昔も今も「日常のごくささいな死の欲望」や自虐指向や破滅願望はヒトの心に普遍的に潜在していて、ただしそうしたものの析出の仕方が世間の風潮や精神傾向に呼応して変わってきただけ
なのかどうか、明確な答えは出ませんが、とにかくそういう人々は存在するのだと考えて、割り切ってしまった方が楽なのかもしれません。

とりあえず、「些細な幸福を喜ぶ」コトから始めて、自分の心のバランスを崩すコト無く生きるのがイイかなとだけは思いました。
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この記事へのコメント
お義母さまのお誕生日おめでとうございます。
良いお祝いだったようで何よりです!

koyuriさんのおっしゃるとおりだと思います。
身近な幸せを楽しめばよい、かと。
昨今のあれもこれも 他人の気を引きたいという強い欲求 を含んでいますよね、と思っているので、また内田コラムに納得でした。
 http://blog.tatsuru.com/2008/07/13_1025.php
Posted by あきこ♪ at 2008年08月04日 11:28
あきこ♪さん、日々、色々な出来事があって、毎日真面目に他人の理解をしようとすると疲れます。

「変人は変人」としておくのが一番なのかもしれませんが、そういう芽を摘み取ったり、そうならなくする努力もしないと、安心して寝てもいられない時代になった様で‥‥

内田さんは「下流志向」の著者ですよね。今度、もっと読み込んでみます。
Posted by koyuri at 2008年08月04日 11:40
東京はさきほどから雷と大雨。近くに雷が落ちましたよ。
Posted by としき at 2008年08月04日 19:18
としきさん、雷ですか‥‥

長野も東信地方はスゴかったらしいのですが、こちらはそれほどでもありませんでした。

タダ、風はとても涼しくなりました。近くでも雨が降ったんでしょうね。
Posted by koyuri at 2008年08月04日 20:15
 
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