2008年08月18日

苦しみから逃れるには

小説を読むのは何故かというコトを突き詰めて考えると、結局、ノンフィクションよりも、時としてしみじみと心に染み入る話があるからと答えるしかナイ。無論、ユーモア小説で心を解きほぐしたり、推理小説で頭を使ったりする楽しみもあるのだが。
夜想
この小説は、宗教に救いを求めざるを得ない人々の心を救い上げると共に、新興宗教への苦言が織り込まれている様な感じの本なのだが、正に闇の中を手探りで生きている感じの人が読んだら、おそらく一条の光を見つけられるのだろうと思う。

この話が、心理学の本として書かれていたとしたら、『あぁ、そういうコトもあるのかもしれない』と思いこそすれ、そんなに心の中に浸み込まないのだろうと思う。

小説なればこそ、もしかしたら自分にもこんなコトが起こりうるかもしれないと思わされ、最期の「救済」に救われた思いがするのではナイだろうか。

人間の心の奥底を丁寧に描く作家だけに、とても読んでいて心が揺さぶられる。今年、読み出した作家の中でかなりのランクに位置づけられているので、しばし、ブログに書く書かないに関わらず、没頭して何冊も読むつもりだ。

もし、人生に疲れたコトがあって何かにすがり付きたくなった時には、まずこの小説を読んでから、すがるべき相手を探して欲しい。

そうすれば、おそらく間違った選択を回避出来る可能性が高いと思うから。

今日は、午後はとても忙しかったが、この本の御蔭でイイ夢が見れそうだ。
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この記事へのコメント
人間弱ってるときは特にやばいんじゃあないかな?

なんか不幸があるとすぐ勧誘着たりするらしいね
Posted by 松じゅん at 2008年08月19日 19:12
松じゅんさん、そうなんですよね。

そして、洗脳されてしまうと『イイ事があると教祖様の御蔭、悪いコトがあると御参りが足りなかったから』と思ってしまうのですから、外部の人間から見ると「エッエー!!」なんですが‥‥

心が弱っている時には、宗教には近付かない方が無難です。ともあれ、信教の自由も保障されてますので、それで楽になるとおっしゃるのなら、御勝手にどうぞではありますが。
Posted by koyuri at 2008年08月19日 20:06
 
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