2009年06月11日

それでも僕はやってない

という映画みたいな事件が東京高裁でひっくり返ったという。

冤罪を生むよりは「疑わしきは被告人の有利に」という裁判であって欲しいので、この判決はとても良かったと思う。

しかし、元来が天の邪鬼ゆえ、こういう判決を聞くともう一歩進んで、少女やうら若き女性には、ゼヒとも電車内とかで、香水スプレーなどをサッと取り出せる準備をしておいて欲しいと思ってしまうのだ。

少女が相手を間違えたとするにしても、彼女が間違えるにたるイヤな経験をしたのは事実だと思われる。

他人の手かもしれないし、カバンか何かかもしれないが、不快だと思うからこそ、示談金目的以外の場合、真に助けを求めて「痴漢だ!」と訴えるのだから。

となると、相手を特定するコトがまず大事で、犯人と思われる相手さえ特定すれば、その手に残る物質を鑑定するコトが可能になる。

それにはまず、相手を証拠と共に特定するコトが必要になるし、ペンキなどだとより強い証拠になるかもしれないが、満員電車とかで使用すると下手して無関係の人を巻き込んだり、犯人の手が付着した他のモノに対して問題になりかねない。

少なくとも匂いを付けただけならば、その内に消えるモノだし、その時にだけ特定の相手やその周囲の人々を確定出来る可能性が高いので、証言なども取りやすくなると思うのだ。

冤罪は防がなくてはならないが、真犯人をのさばらすのは問題が拡大する可能性が高くなる。

正しく、犯罪者が逮捕され、罪を償わせるのが法治国家として最良の策だ。痴漢などという卑劣な犯罪に対して泣き寝入りしないタメにも、多くの女性達に、優雅に戦う女性になって欲しいものです。
人気blogランキングへ←応援よろしくお願いいたします

この記事へのトラックバックURL

 
にほんブログ村 健康ブログへ