2009年08月06日

フリーペーパーの功罪

今は、インターネットもあるし、有料タウン誌が消えてしまうのも無理ナイのかもしれないとは思っていたが、一番の原因はフリーペーパーなのだという。言われてみれば、長野あたりでも各種のフリーペーパーが出ている。

フリーペーパーの衝撃 (集英社新書 424B)フリーペーパーの衝撃 (集英社新書 424B)


ほんの少しだけだったが、タウン誌の編集をしていたコトもあっただけに、なるほどと頷けるコトも多い。

広告という媒体で考えれば、無料にしてでもより多くの部数を出しているモノの方が、意味はあるだろう。

とはいえ、基本的に昔から「タダより高いものは無い」という言葉もあるが、是非ともゲットしたいというクーポンでもあればともかく、フリーペーパーというのは読み捨てられる運命にあるワケで、例え無料であっても、ココが読みたいという部分が多くなければ、手にする人ばかりでもナイかとも思う。ゴミになるのがイヤという人も多いだろう。

世の中の新聞を取らないという方の中にも、新聞や広告をまとめて出すのが、重くて大変という人すら居るのだから、おそらくこの先、新聞を売り込みに行く場合に、集金の時に古新聞を引き取りますからというのが、セールス・ポイントになる時代も近いのかもしれないと考えたりもする。

記事の長さは800字以内みたいに、コンパクトさが求められる中で、是非とも読みたいというモノを連載し続けるのも大変だろうし、フリーペーパーが今後繁栄するかどうかは、流行っていて割引する必要がナイ様なトコから、クーポンが出るとかしなければ、マンネリ化というコトも考えられる。

この本の末尾にも、「フリーペーパーの移り変わりはまことに激しく」と書いてある様に、時々刻々と世の中は変化している。

フリーペーパーもそうだが、どうして若者が新聞を読まなくなっているのかとか、時間をどう使っているのかというコトも、なるほどと思う。

昔は、大人になれば情報の入手経路として、当然新聞やTVが存在したのだが、インターネットなどの隆盛で、何もかもがチェンジしているのだなと改めて感じる。
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