2009年10月02日

臓器移植の闇

臓器移植法案が可決して、脳死からの移植が前よりも容認され易くなったけれど、十年前に書かれたこの本を読むと、ドナー・カードを持つべきなのかと考えさせられてしまう。

臓器提供者―ドナー臓器提供者―ドナー

もしかしたら、本当にこういう病院があるかもしれないと思ってしまうからだ。

必要とする人のタメに臓器を提供しようとしたら、こういう病院が生まれても仕方ないのかもしれないし。

今や、病院経営も大変なトコが増えている。

こういう臓器売買に手を染める病院が実際に現れないコトを祈っている。
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この記事へのコメント
人間の臓器も自動車の解体部品のような感じがしてなりません。

私は地球上の生命体すべてが大宇宙(神)からの誕生と思っています。
臓器移植は科学的な論理かとも考えます。

人工透析の患者さんと接して思うことは、只生命が維持されているだけと云うことで生きがいとか充実感とかは感じることが
出来ないのです。

そして一人また一人とこの世を去っていくのです。昨日もまた・・・・。
Posted by takachan at 2009年10月04日 16:04
takachanさん、臓器を提供するのは善意であればイイのですが、欲が絡むとトンデモナイ問題が起きます。

人工透析の患者さんだけでナク、お歳の方に生きがいを持たすコトは容易ではありません。

お若い方々に、希望を持たせるのも、それなりに大変なんですけどね。病気とは「気の病」とはヨク言ったものです。

タダ、それだけに立ち直って頂いた時の喜びはひとしおですが。
Posted by koyuri at 2009年10月04日 21:47
 
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