誰かを殺すというコトは、自分の命も引き換えにしても仕方がナイと思わないと出来ないのでしょうが‥‥
国民が関与した死刑判決について、最高裁が初めて判断して、強盗殺人罪などに問われ、1、2審で死刑とされた被告側の上告を棄却したというニュースと重なって、考えさせられたのがこちらの本。
上記の本は、現実には不可能な小説上での出来事だが、今回判決が決まったのは現実の出来事。
当時の記憶はかなり薄れて、その時書いたブログを確認して記憶を辿ると、沖縄出身の男性の遺体が民家の車の中から異臭と共に発見され、警察が調べると今回の裁判の事件で殺された三人家族の中の長男がおそらく犯人だというコトになったが、その長男の足取りが判らない。
で、色々と捜査していたら、殺人犯が家族と共に殺されていたコトが判り、その動機は借金のカタに奴隷状態にされていた人達が、沖縄の男性が殺されたのを知って、このままだと自分達も殺されてしまうと思い、ならばその前に一か八かで闇金の家族を全部殺してしまったというコトだったと思う。
殺して強盗する前に、沖縄の男性の殺人事件をきっかけに奴隷状態から解放される様に、行動した方がと思うのは正常な判断が出来るから可能なのかもしれず、何とも言い難い部分もあるのだが、やはり格差社会で道を踏み外してしまうと、簡単には元の場所には戻れないという状況が背景にあるのだろう。
裁判員としても、理由はさておき、三人も殺したとなれば日本には懲役300年みたいな刑は存在しないので、下手に無期懲役にして、恩赦などで社会に復帰されたら困るという心境もあるだろうから、死刑という選択をしたのだろうとは思う。
ともあれ、死刑が存在するのは先進国としては少数の国であるコトも合わせて考えると、日本の裁判所だから死刑というコトも言えるだろう。
そもそも、懲役300年で刑務所に入り絶対に一生出所出来ないのと、死刑になるのと、どちらがイイかというのは個人の価値観の違いもあるだろうから、何とも言い難いが‥‥
上記の小説は、現実では手が出せないというコトをコンコンと詳らかにした上で、せめてノンフィクションで気持ちをすっきりして貰おうとしている感じがするけれども、大半の人が今の不公平な社会の存在をチャンと知らされず、時として獲物になってしまうという現実を知るタメの小説と言った方が適切だろう。