2015年09月10日

格差は存在し続ける

人生の幸不幸が、本人の努力の違いだけで決まってしまうのであれば、多少は納得するのだが、どうもそうとは限らない。

石を投げれば政治家・芸能人・文化人2世! という特集と、学生がブラックバイトの餌食にという、今月の月刊「宝島」の特集記事を読むと、どの親の許に産まれて来たかによって、人生は左右されかねない。

良く言われている「機会の不平等」が存在しているのだから、当然、結果も「不平等」になる。

ブラックバイトで疲弊している学生と、銀の匙を咥えて産まれてきた学生とでは、真逆な人生を歩みかねない。

その行き着く先が、「経済的徴兵制」だったりするかと思うとガックリする。

戦前の格差社会の方が、もっと格差があったというコトに異論はナイけれども、少なくとも何十年か前と比べると、格差は開く方向にある。

「雇用の流動化」が政府によって、より進められている現在、自力で頑張るにも限界があるだろう。

人生には、思わぬ出来事というのも存在する。

それでも、安心して生きられるという「セーフティ・ネット」が有るかどうかで、人生の安定感は違って来る。

日本は世界有数の自殺大国だが、それが何年も続くのは自殺する人々が弱いというだけでは絶対にあるまい。
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