低所得者層は野菜類や肉類、きのこ類、卵類、乳類など半数以上の項目で高所得者層より摂取量が少なく、穀物類だけ多かった。中所得者層でも肉類や野菜類の摂取量は高所得者層より少なかった。低所得者層は高所得者層より摂取カロリーが少ないが、肥満の割合は高く、一日の歩数の平均値も少なかったというけれども、低所得者ほど自分の健康状態を顧みず、仕事を頑張りすぎて重症化し、医療機関に入院する割合が高くなるとの健康格差も既に指摘されている。
加えて、経済的理由による授業料免除率が増加しているにも関わらず、国立大学の授業料引き上げについて財務省は議論が必要とし、東北大学では運営交付金が削減された場合として、毎年1.6%増にするためには、平成26年度に54万9,000円だった授業料平均単価を平成43年には125万9,000円とする必要があるという。この授業料平均単価は、参考として掲載されている私立大学の平均授業料86万72円を大きく上回っているという。
こうなると、多少頭が良くとも、大学に進学するのはより可能性が低くなり、才能が在ってもひたすら馬車馬の様に働かせられて、過労死が待っている未来を想像させられてしまう。
正に、持てる者だけが富み、持たざる者はより命をすり減らす可能性が高くなってしまうのだ。
本当に、そんな未来で良いのだろうか?
そもそも、軽減税率などと言っているが、消費税を増税して、法人税を下げるという、大企業優先の政策ばかりが続いている。
しかも、それで恩恵に与れる企業は、政権に政治献金するというのでは、利益誘導ではナイだろうか。
より多くの人々が、少しでも裕福になってお金を回してこそ、景気は回復するというのに、全く逆の政策ばかりが進められている。
もう少し、我々も未来というモノに対して鋭敏になって、どうあってこその社会なのかを考えるべき時に来ているのではないだろうか。