この世には一人として同じ人はいません。どんなに自分が小さなとるに足らない存在に思えたとしても、世界はその小さなあなたがいて成り立っている。無意味な存在、無意味な人生など、ひとつもないのです。と言われて、救われる人は多いのではナイでしょうか。
上記の本からの、引用です。
著者は、物書きという職業を、二度ほど休筆したコトがあり、その時に龍谷大学で浄土真宗に触れたコトで、かなり親鸞上人の教えに教化されたと思いますが、その教えを多くの人々に伝導している部分もあるかと思います。
日本の宗教は、どちらかというと『葬式仏教』的になって、普段はあまり庶民に人生を説くコトが少なくなっています。
なので、新興宗教の勃興を招いているのではとも思いますが、仏の教えを自らの考えてして語り、世の迷える人々の救いとなろうとするコトは、とても大切ではないかと。
ともあれ、生きているコトの意味をあまり重く考えてしまうと、人生は生き辛くなるコトもあります。
誰もが、有限の死刑囚であると言われる様に、どの様な生き方をしたとしても、最後には死に捉えられてしまうのですから、せめて命ある限り、悔いの無い様に生きれれば満足かと。
どんなに世の中に、自分が生きたという足跡を残そうとしても、中々難しい。
でも、悪行を残すよりは、静かに世の中から退場する方が、余程マシではないでしょうか。
所詮、人生は『一炊の夢』という部分もあるのですから、せめて楽しく過ごすコトに邁進して行きたいですね。