2018年09月02日

他人に認識されたい病

世の中には、自己愛が強いという人が居るという話を聞いたコトがあるけれど、若い時ならともかく、歳をすると無理に認識されると面倒と思ってしまったりする。
 
そもそも、自分が誰であるかというコトを多くの人が知っていたら、気楽じゃナイと思うし‥‥

それはさておき、そう見方で世の中を見れば、不可思議な事件も違った目で見えるのだなと思った本がこちら。


確かに、誰にでも他人に承認されたいという欲求は存在する。

普通は、家族間である程度認め合っていれば、充分なのではないかと思うが、世の中には家族がもっとスゴイ貴方を求めている場合も存在する。

その態度に疲弊して、自分で自分を認められナイと、誰かに認められたいという欲求が強くなるのではないかと推察される。

無論、世の中には皆に認められる存在であって、それがとても嬉しいという人も居るだろう。

ところが、逆に認められたいのに、認められナイと思う人は、他人に嫉妬しやすく、それが下手をすると犯罪的になる人も居るというコトなのだろう。

アドラー心理学の本を読んでいると、子供は誰かに良い存在として認められたいのに、それが構わないと思うと、悪い存在としてでも認められたいというコトが書かれていたけれど、そういう事なのかもしれない。

ともあれ、今は他人との距離が測り辛い時代である。

故に、他人と上手く交われず、孤独に為りがちな時代と言っても過言ではナイと思う。

自分で独りを好みつつ、他人に認められたいというのは、都合が良過ぎる部分もあるけれど、傷付きたくナイというコトなのであろう。

「傲慢になって、少々のことは許されると勝手に思い込んでいると、暴走しがちです。そういう事態を防ぐためにも自己観察と自己分析は必要」と説く著者のアドバイスは、有効だと思います。

世の中には、認められナイ人の方が絶対的に多いのですから、そんなに他人からの承認は気にしないという生き方を選んだ方が、断然楽だとは思いますけどね‥‥
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Posted by seitaisikoyuri at 22:10│Comments(0)
 
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